2-対等
「おい、ちょっと面貸せよ」
夜。シエルが深い眠りに落ちてしまった頃。
背中の銀剣に手を添えたベルが、木の上に立って遠くを眺めるリチャードに、声をかけた。
返事はない。視線も向けられない。
興味がないのか、意識に入っていないだけなのか、彼は完全に無視されている。
「顔見えなくても、声は聞こえんだろうが!」
意図はどうあれ、明らかに取り合う気がない。
ベルは舌打ちをすると、抜いた銀剣を振り切った。
澄んだ音が響く。切れ込みは大きくないが、傷口からは樹液のように光沢を広がっていた。上にも広がるそれは銀。静かに佇んでいた木は、瞬く間に銀の結晶へと変貌してしまう。
とはいえ、こんなものはただの挑発だ。
広範囲に鋭利なトゲを放つ訳でもなく、付近を結晶化させるだけなのだから。触れていなければ、伸びる結晶に体が裂けることも、中に取り込まれることもない。
触れていても、離せば終わりだ。リチャードも例に漏れず、当たり前のように木から飛び降り、無感情な目を向けていた。
「……?」
反撃もない。非難もない。
リチャードはただ立っているだけだ。
自然のままに立ち、ベルを眺めている。
攻撃されたのに、それ以上は何もしない。
「自己防衛なら相手してくれんのか? なら、それでいい。
どうせ死ぬまでやる気はねぇからよ」
それを驕りと取るか、侮りと取るか。
ベルは無視を続けず避けたことを、対応と取った。
「ちょっと相手してくれや!!」
爆炎と共に距離が縮まり、剣がぶつかり合う。
否。それは指だ。リチャードは剣を抜くまでもなく、2本の指で挟み込むようにして、刃を止めている。
彼の顔は、依然としてぼんやりとしたままだった。
「……お前、誰だ?」
「あ?」
苛立つベルが、蹴りや魔術を放つ中。すべての魔術を反対の手で消し飛ばしながら、リチャードがつぶやく。蹴りも靴のおかげで重力をまとっているはずだが、防ぎもしない。手も足も出ない状況も相まって、ベルの勢いは噛み付かんばかりだ。
「今のオレは同一人物と認識できねぇってか?
ここ最近、一緒に旅してたベルだよ」
「……あのガキ? こんな人間だったか?」
「うッるせぇな!!」
剣に刻まれた陣が書き換わり、表面から棘が伸びる。
これもまた、予備動作のない一撃だ。普通なら反応できるものではない。だが、やはりリチャードは体を少し傾けるだけで軽く躱し、追加の棘もゆるりと避けて距離をとった。
「交代したのかと思っていた」
「興味ないにも程があるなァ、おい!!
敵宣言にも何も思わなかったかァ!?」
過剰な棘は静まり、銀剣は再び剣に戻る。
先端など、一部に殺意の高い棘が残るのみだ。その横向きの刃をとっかかりに、ベルは左右の地面をえぐる。
今度は地面から、リチャードの逃げ場を奪う形で銀の鉱脈は伸びた。囲まれる彼は、なおも余裕だ。
「敵、敵。あぁ、そんな事もあったか」
「聞いてもねぇ……いや、笑ってたなテメェは。
もう忘れてたのか。その在り方が、許せねぇ!!」
鉱脈に追い付く速度で、火花がリチャードの眼前に迫る。
火力はない。単に速いだけで、火花は彼の胸で弾けるだけだ。しかし、それは導線。炎の道を伝って、正確無比な一撃が最速で繰り出される。
「吹っ飛べ!! "ブラスト"」
炎に殴られたリチャードは、鉱脈に叩きつけられた。
自然の刃物も、全身を受け止める鈍器も、爆炎の勢いが加わって、どれだけ丈夫でも馬鹿にならない威力だ。
流石のリチャードも、背中一面がズタズタになり、血肉を滴らせている。すぐに体勢を立て直すが、今のベルに対してその隙はあまりにも大きい。
「星の軌道がお前に見えるか?」
指で作ったキャンバスに、星を当てはめ居場所を移す。
身体能力にどれほど差があろうと、関係ない。
星の光は、遥かな大空にあるから見えるのだ。
地上において、それはワープ。
背後に着地したベルを、リチャードは即座に視界に収められずにいる。隙は、決定的に大きくなった。
「見えねぇよなァ!? お前が星なんだから!!」
重力を帯びた蹴りが、クリーンヒットした。
負傷はなくとも、踏みとどまれない。蹴り上げられたリチャードは、無抵抗に空高くまで飛び上がっていく。
逃げられない。防げない。邪魔もできない。
これから行われるすべてのことは、完璧な形で実現される。
「星なら輝け!! 自らの意思で!!
それが勇者の、希望の光のあるべき姿だろ!!」
リチャードに向かって繰り出されたのは、空を埋め尽くす程の魔術爆撃だ。投げたルーン石が一斉に砕け、ひたすら炎を吹き続ける魔導書、銀の武具を生み放つ錬金術を補い手数になる。
まだ安定しないからか、魔法陣はない。習得中のものの中では、基礎魔術だけが唯一軌道調整に風を操っていた。
「繝医Μ繧ヲ繧……!!」
草木が揺れる。幹が軋む。空が焼け焦げ、夜が飲まれる。
的が空とはいえ、直撃していない地上にまで余波で窪みが生まれる威力だ。手合わせに収まらない規模の攻撃が、辺りの景色を一変させていた。
それだけの魔術を使うのだ。当然ベルも、無傷とはいかない。魔力で作った長杖はひび割れ、添えていた手は耐えきれず弾かれ体の横でダランとぶら下がる。
汗水流して必死の形相だ。押していても、余裕など欠片もない。今にも倒れそうなほどフラフラしていながら、血を飲み口を噛み大空に吠える。
「オレを敵にしろ、リチャード!!」
使い切りのはずであるルーンは尽きない。
雑な仕上がりにはなるが、ルーン文字を彫った銀が魔力を刻み、風で操り放っているから。
もちろん、まともに刻み込めてもいない、創成した銀を弾にした粗悪品だ。それでも、火や水などの属性を放つだけの魔術なら、成立する。機械的に、ベルの魔力を吐き出し続ける。
「オレをお前の世界に、入れやがれ――ッ!!」
杖で体を支え、ベルが叫ぶ。彼が止めるまで、爆撃は止まない。あるいは、力尽きるまで。限界はとうに超えていた。
「ハァッ、ハァッ……!!」
最後の一滴まで絞り出し、ベルは崩れ落ちる。
ルーン文字が掘られた量産印の銀も、ギシギシと唸って地に帰っていた。
燃え上がっていた空も、少しずつ静まり闇が戻る。
多くが逃げ、一部は眠り、すっかり元通り以上に静かな夜だ。草木が環状に傾き、中心が窪んだ滑らかな大地だけが、激突の跡を残している。
「落ち着いたか」
数秒後。荒い息に紛れて、リチャードが気配を感じさせずにベルの隣に立っていた。地形が変わるほどの爆撃を受けて、一切の無傷だ。銀から受けた背中の傷すら、消えている。
横目で睨むベルは、驚かない。
「んなわけねーだろ、この結果で」
再び両手で星図を作ると、吐き捨てながら姿を消す。
「……!?」
直後、リチャードに襲いかかるのは、足を薙ぎ払う銀の波だ。瓦礫と化した銀のルーン石製造機、左右を囲んでいた銀脈が、一塊になって背後から彼のふくらはぎを打ち付ける。
満身創痍のベルからの、予想外の反撃。
リチャードは対応できず、宙に浮いた体が今度は地面に叩きつけられる。
「とりあえず、これで1本な」
ひっくり返ったリチャードに、ベルが拾った銀剣を突きつけた。実戦ならばいざ知らず、模擬戦ならば勝負あり、だ。
リチャードは目を見開いて、固まっていた。気は済んだのか、ベルもそれ以上は突っかからずにふらふら去っていく。
「……おい、ガキ」
「あ?」
逆に、転がったままのリチャードが呼びとめる。
頼まれ事もなく、彼の方から声をかけるのは初めてだ。
「別人になったなら、切り離すことを勧める」
「だから同一人物だって‥」
「怒りを抑えきれない自分と、悲しみを抑えきれない自分と、いつもの自分と……その他諸々の自分。そういうものを、別人だと定義する。必要な時だけ表に出せばいい。
思考や、性能……お前の場合は日常も。恐らく安定する」
起き上がり、淡々と語る。静かな圧に制されていたベルは、聞くほどに不満げな顔になっていた。黙ったリチャードに、彼は喧嘩を売った時と同じくらい苛ついた顔で聞く。
「それがテメェの無感情ってか?」
「求められた役割を、果たしやすくなる」
「死ね!!」
一度は口をつぐんだベルだったが、結局はまた爆発した。
もう魔力はないし、無理をする意味もない。
怒鳴るだけ怒鳴り、彼は去っていく。闇の中には、首を傾げるリチャードだけが残され佇んでいた。




