1-勝利の代償
草木生い茂る山に、巨大な銀剣が突き刺さる。
根本ではか細い断末魔。土煙と木の葉が舞っている。
その数メートル先で、ベルは顔をしかめて座っていた。
「……ムカムカすんな」
カルミンブルクから旅立って3日。既に吸血鬼の影はない。
それでも、繰り返された死が、いくつもの別れが、彼の心に巣食い続けていた。
「次の相手はテメェか?」
銀剣が錬成の素材にされ、くぼんだ地面を残して消えた。
底にいたのは、バチバチと帯電している虎だ。
何とわかる程度には原型を留めているが、押し潰されて四肢や首が千切れ、息絶えている。
ベルはそれを歯牙にもかけず立ち上がり、手元に浮かべた錬成陣から、刺々しい銀を生やしていた。相対するのは、双頭の大蛇だ。
「死ね」
冷たい一言と共に、槍ほどもある銀の矢は隙間なく蛇に襲いかかる。材料は既に錬成していた巨大な銀剣だ。
消耗は少ない。まったく隙を与えず連射し続け、大蛇はそれを避け切れずにズタズタになって果てた。
「ふん、しょうもな」
鼻を鳴らし、ベルはまた座る。魔王種との戦いを生き残ったのだ。並の魔獣相手では、もう手こずらない。
最初から興味もなく、彼はぼんやりと思いを馳せていた。
『住民どもがうるせぇから、これやるよ。
お前には、死んでほしくもねぇし』
街を出発する前、シエルたちと合流した時。
無事再会できたブライヤに、ベルは自作のルーン石を手渡していた。少し前の彼と同じく、彼女も魔術など知らない。
受け取りながらも、怪訝そうに首を傾げている。
『なにこれ?』
『ルーン石。砕けばルーン魔術が使える道具だ。
使い切りだけどな』
『こんなのあるんだ、ありがと』
受け取った石は3つ――それぞれC,K.、Z.、A.の文字が刻まれたものだ。
効果としては、上から炎、守護結界、連絡の力がある。
これだけで、街の安全を保障できるはずはないが、万が一の危機に生き延び、助けを求めることはできるだろう。
説明を聞いたブライヤは、それらを眺めながら微笑む。
『元気ねぇな。夢だったんじゃねぇのか?
こうして、家畜じゃなくなるのが』
『うん。そうなんだけどね』
目を伏せて口ごもる。ハッキリしない態度に、ベルは苛立ちを隠せずにいた。それでも辛抱強く待つと、数分後、彼女は迷いつつも胸の内を吐露する。
『クレアって人が、言ってたんだ。この街では、本当に人は死なななかったって。もちろん、完全な真実とは思わない。
けど、どう思っていいのか分からなくなっちゃったんだ』
『口じゃどうとでも言えんだろ。勝ったのはオレたちだ』
彼らに事実はわからない。反論に迷いは生まれない。
だが、種は確実に植えられていて。
『何かあったら連絡寄越せ。できるだけ手を尽くすからよ』
勇気付けようとするベルは、わずかに顔を逸らしていた。
そうしてその芽は、旅の中でも少しずつ開花する。
それは、不安。間違ったかもしれない、正しくなかったかもしれないという心の落ち着かなさ。現在、魔獣を屠るベルは、次第に苛立ちをぶつける相手も減ったことで、ついには山そのものに牙を向いた。
「っ、暴発する……!!」
試されたのは魔法陣だ。最も最近覚えたものの1つで、まだ他ほど手に馴染んでいない魔術。練習がてら使った魔術の陣は、地面につけた両手の先で、震えひび割れていた。
予測している通り、暴発間近である。
ベルも魔術を行使し続けたことで、魔力――体に順応させられる神秘は増えている。肉体の強度は、以前とは比べものにならない。しかしそれでも、感情任せにかました魔術を至近距離で受ければ、手痛いダメージを食らうこと必至だ。
余裕のない顔で脂汗を流す彼は、手が埋まるほど地面を押さえつけ、どうにか制御しようと足掻いている。
「かよ!!」
苦労の甲斐あって、暴発はしなかった。
代わりに山は真っ二つとなり、粉々に砕けたが……
何段も重ねられた陣が、無理矢理暴走を抑え込み、すべての力を雷の形で地面に流した。
「うおぉぉッ!?」
とはいえ、山が崩れれば上にいるベルも結局ピンチだ。
崩落する岩雪崩の中、彼は重力を軽減させる靴でバタバタと走り回って、人為災害を凌いでいた。
「……1人でやるもんじゃねぇな。
あと、得意不得意も知っとこう」
ケガを多少の出血にとどめ、ベルは自らが生み出した谷底に寝転がる。今の彼には、もはや他者を気遣う余裕はない。
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近辺で最大の脅威を撃破し、付近に敵はない。
それでも、助けるべき人はどこにでもいる。
本来ならば、リチャードはそのすべてを瞬時に察知し、駆け付けていたはずだ。
「……」
にも関わらず、自分の5倍は大きい草食動物の上で、リチャードは無表情に寝転がっていた。いつものように、先行して探そうとはしない。一度悲鳴が聞こえた時も、山が崩れた時も、動かず黄昏れていた。
移動となれば、付いてくる。だが、付いてくるだけだ。後ろからトコトコと、機械的に仲間の動きと連動するだけ。
吸血鬼との戦いを経て、勇者は完全にシャットダウンしていた。
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山と獣の群れの間に、何もできず心配そうな顔で左右を窺う少女が1人。資格や責任に捕らわれ、シエルは動くに動けないでいた。
彼女はソワソワと歩き回り、かといって彼らのどちらにも近寄れない。ぶつぶつと呟きながら、ただどうしょうもなく自分を責めている。
「いくらタイミングが悪かったからって……でも駆け付けてからも手が回らなかったし……何かできたことが……?」
他に、リチャードが動かなければならない出来事があった。
それは事実だ。しかし、同行を許可して保護者になったなら、責任がある。何があろうと、言い訳はできない。
「んんんー、何を優先すれば……事情を話せば償いになる?
でも、魔王襲来に関わらせる訳にはいかないし、過去の話はリチャードがどんな反応をするか未知数すぎる……」
少年は明確な敵を見つけた時、考えなしに突っ込んでいかないと言えるのか。それも、今の狂った状態で。
無感情な機構は、勝手に話されて本当に何も思わないのか。悪化しないのか。
ぐるぐる、グルグルと、重い責任が状況が選択が頭を巡る。
「そもそも、あたしがリチャードを救えないせい、なの?
遠ざけるのがあの子のためになったのかもわからないし、けど、あのままでいいはずはなくて……
私の立場では踏み込めないのに、他にどんな選択肢が……」
リチャードは壊れている。ベルは壊れてしまった。
リチャードに何もできない。ベルに何をしたらいい。
リチャードを取り戻したい。ベルを取り戻さなければ。
考える。考える。考え、る。
結論がない問いを、考え続ける。
「何も変えられないまま、どんどん悪くなってる気がする。
一体、どうしたらいいの……? どうすれば、よかったの……? このまま続けて、意味があるの……?」
唇を噛み、滴る血と共に吐き出す。瞼からは雫。
破綻の時は、きっと遠くない。




