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5.ここにいては、いけないかもしれない。









「ぜぇ……はぁ……」

「お、お帰りなさいです。拓馬さん」

「ただいま……」



 賀東家に戻ってくると、心配そうな顔で佐那に迎えられた。

 タオルを受け取って、大量にかいた汗を拭う。そして水をもらってから、畳にゆっくりと腰を下ろした。佐那は布団に入り、こちらを見る。



「どうされたんですか? いきなり飛び出して」

「いや、自分の情動を運動エネルギーに変換しに行ってた」

「は、はぁ……?」



 一息ついて、俺は佐那に答えた。

 彼女は相も変わらず首を傾げていたが、理解されては困ってしまう。それとして、俺は部屋に掛けられた時計を見て思った。

 時刻はもうじき夜の十時を回る。

 佐那は病人なのだから、素直に休んでもらおう。



「そろそろ、寝た方が良いな。佐那は」

「はい。それなら、こちらにどうぞ?」

「いや、どうぞってなにさ」



 なのでそう言うと、なぜか少女は布団にスペースを空けた。

 そして、ポンポンと招くように叩いてみせる。



「えー……? だって、せっかくのお泊りですよ?」

「いやいやいや。俺は畳の上で良いって」

「それだと、わたしが申し訳ないんです!」



 佐那はそう口にして、俺の腕を引いた。

 結果的に、隣り合って布団に転がる形になる。



「――だったら、俺は背中を向ける。それでいいか?」

「はい……。分かりました」



 こうなったら妥協案だ。

 俺は彼女に背を向け、目を閉じる。

 だがそこに、佐那は遠慮がちにこう声をかけてきた。



「あの、拓馬さん?」

「どうした?」



 答えると同時に、少女が俺に身を寄せてくるのが分かる。

 熱が伝わってくる。俺は、少し緊張してしまった。

 しかし、佐那はそれを気にせずに言う。



「少しだけ、お話があるんです。夢の話で……」

「夢の、話……?」



 ちらり、肩越しに振り返ると彼女が頷くのが見えた。



「先日話したじゃないですか、あの夢の話です」

「真っ暗な世界の話か。それが、どうしたんだ?」

「実はあの続きというか、女の子の正体が分かったんです」

「え、それって……?」



 俺が少し驚くと、佐那はこちらの身体に腕を回してくる。

 思わずそれを解こうとしたが、気付いた。


 震えているのだ、佐那は。



「佐那……?」

「どうしましょう、拓馬さん。わたし、もしかしたら――」



 なにかを堪えるような声で、彼女はこう言った。




「ここにいたら、ダメなのかもしれません」――と。









 ――夢を見た。



 俺は真っ暗な闇の中に、一人立っていた。

 ここがどこなのか。それを考えるよりも先に、思ったことがある。



「佐那は、どこに……?」



 佐那のことだった。

 どうしてかは分からないが、佐那を探さなければならない。

 俺はそう直感したのだ。



 でも、あまりに真っ暗な世界。

 自分の手のひらすら、まともに確認できない世界。



 光のないその場所では、他には誰も探すことができなかった。




『あぁ、これは――』




 しかし、その時だ。




『イレギュラーな存在は、やっぱり歪みを生み出すんだね』




 どこかで聞いたことのある、女の子の声が聞こえたのは。

 俺はその声に話しかけた。




「なぁ、ここはどこだ?」




 すると、女の子は答える。




『ここは、佐那という少女の夢の中。もっとも、彼女には夢を形成し得るだけの材料がないのだけれど……』

「材料がない、ってどういうことだ?」

『記憶がないのさ。だから、夢を形成できないんだ』

「記憶がないって、そんなわけ……」




 そこまで口にしたところで、どこからか光が差し込んだ。

 すると、そこにいたのは――。




「あれ、は? ――もしかして、佐那か?」

『そうだよ。幼い日の彼女さ』




 病室のベッドの上で、機械に繋がれた女の子。

 暗闇にぽっかりと浮かんだその光景は、どこか寂しく思えた。




「賀東が言ってた。佐那はずっと入退院を繰り返していた、って」

『そうだね。そういうことに、なっているんだ』

「そういうことに、なってる……?」




 声に俺は首を傾げる。

 いったい、この女の子はなにを言っているんだ。




「佐那は奇跡的に寛解して、高校に通うんだろ? だって――」

『そう。でもボクの力だけでは、その先の未来は、描けない』

「力だって? それに、未来を描けない、って……?」

『ごめん、拓馬。その先は話せないんだ』

「どうして、俺の名前を……」




 そこで、俺は声を詰まらせる。

 名前を呼ばれたことで、なにかが見えた気がした。

 しかし、分からない。首を傾げていると、女の子は言うのだ。



『さぁ、拓馬。もう一度、おやすみ――どうか、幸せに』

「え!? おい、待ってくれ!!」




 思わず声を上げる。

 しかし、声の主とのやり取りはそこで終わるのだった。









「…………ろ、相棒。おい、拓馬」

「え……?」



 身体を揺すられる。

 それで目を覚ました俺の視界に、一番に飛び込んできたのは……。




「よお、相棒。この状況を説明してもらおうか?」

「賀東……? この状況って――へ?」




 俺は相棒の言葉に、周囲を確認した。

 そして、そこで気付くのだ。




「………………」

「ふにゅぅ、拓馬さん……」



 ややはだけた服を着た佐那。

 そんな彼女と、一つの布団の中にいたことに。



「親父から佐那が熱出したって聞いてな。一日早いが俺だけ帰らせてもらうことにしたんだ。そして、この状況なわけだが――」

「待ってくれ、賀東。話せばわかる」

「問答無用だ、この野郎!?」

「ぎええええええええ!?」





 殺される。

 マジで、相棒に殺される。




 本気でそう思った。




 


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