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4.無防備な佐那。









 日も落ちて、外もすっかり暗くなった頃。

 俺はようやく家の中に入れてもらえた。いったいどのような話し合いが行われたのか、三人は何故かにこやかに俺のことを見る。

 そして、陽子先輩がおもむろに立ち上がってこう言うのだった。



「さて、それじゃあ。私と凪咲ちゃんは、先に帰るね?」

「あれ……。そうなんですか?」



 俺がそう答えると、彼女たちはうんうんと頷く。



「早く帰らないと、家族も心配するから。それに――」

「それに……?」

「ううん、なんでもない。ここから先は、本人から聞いてね?」



 先輩はそんな意味深なセリフを残していった。

 凪咲は少しだけ暗い表情をしていたが、なにかを言おうとして我慢したらしい。なにも言わずに踵を返すと、先輩の後を追いかけた。

 結果として残されたのは、俺と佐那のふたり。



「ふたりっきり、ですね……っ!」

「その言い方はやめなさい」



 するとすぐに、佐那がにっこりとしながらそう言った。

 俺は即座にツッコミを入れて、ふと思い出す。



「そういえば、佐那のお父さんは? 帰りが遅いな」



 工場で働いているという佐那の父のことだった。

 俺のことを伝えてあるとはいえ、男と二人きりというのも色々とよろしくないだろう。彼が帰ってきたら、挨拶をして自分も帰ろうと考えていたのだが……。



「あ、父からは先ほどメールがありました!」

「そうなんだ。それじゃ、もうすぐ――」

「今日は職場に泊まるそうです!」

「…………はい?」





 …………は?





 俺の思考は一瞬、停止した。

 父親が帰ってこない。それとなると、体調を崩した佐那は家で一人きりということになる。状況的に考えれば、ということも思った。

 だが、それはいささかよろしくない。

 そうだ。よろしくないのだ。



「えっと、佐那。一人で料理できる?」

「自慢ではありませんが、家庭科の成績は1です!」

「1……!?」



 そう思って、彼女に訊ねると返ってきたのはそんな言葉。

 胸を張っている姿は誇らしげだが、決して誇れることではないのはたしかだった。――というのはどうでも良くて、問題は他にある。


 どうするか。


 いまからでも、先輩に戻ってきてもらうか。

 そこまで考えた時だった。



「あの、拓馬さん……?」

「…………」



 俺の服の袖を掴んで、佐那がこちらを上目遣いに見てきたのは。




「わたし、一人だと不安です」

「………………」

「拓馬さんなら、安心できますから」

「………………」

「お願い、できますか……?」




 潤んだ瞳でこちらを見る、愛らしい少女。

 そうなっては、もう降参だった。









「とりあえず、有り合わせの食材で何か作るか……」



 台所に立って、俺は袖を捲った。

 冷蔵庫を開くとそこには、いくつかの野菜とたまご。

 あと、鮭の切り身があった。これだったら、雑炊とサラダを簡単に作れそうだ。そう考えて調理を開始する。

 そして作業をこなしながら、ボンヤリと考えるのだった。



 ――年頃の男女が、二人きりはヤバいだろ。



 眩暈がした。

 まさか、こんなことになるとは思わなかった。

 下心はないけれど、俺だって立派に年頃の男の子である。そういう欲求だってもちろんあるし、佐那は確実に美少女の部類に入っていた。

 しかも、俺に好意を持っているという前提条件まである。



 ――落ち着け、相手は親友の妹だぞ。



 そこまで思考を巡らせてから、俺は深く息をついた。

 調理の手は止めない。だが頭の中の考えも、止まることはなかった。





「煩悩よ、死ね……!」





 なので、最終手段。

 俺は煩悩という煩悩をいまこの時、殺すことにした。

 悟りを開け。今からでも、ブッダの領域に達するのだ。でなければ、社会的な死が俺を待っているに違いない。だからすぐに、俺は悟りを開く必要があった。



 なにを言っているか分からないと思う。

 俺も、なにを言っているか分からない。



「さて、ふざけてるうちに完成しちまったよ」



 というところで、調理終了。

 結局、なんの解決策も見出せないままだった。



「まぁ、滅多なことなんてないさ。相手は病人だしな」



 そう考え直して、俺はできた料理を運ぶ。

 そして――。



「佐那? 簡単にだけど、でき――」




 その時だった。

 視界に、綺麗な佐那の背中が飛び込んできたのは。





「…………!?」





 俺は思わずのけ反って、雑炊をこぼしそうになった。

 だが、寸でのところで堪える。



「な、ななななななな!?」



 それでも動揺は隠せない。

 だってそこには、前こそ見えないものの上半身下着姿の女の子が!?




「あ、拓馬さん? 汗拭きたいんですけど、ホック外してもらえます?」




 俺はそれを聞いて、身体から魂が抜けていくのを感じた。

 そして、無防備な少女の背中を見る。料理を床に置いてから、全力ダッシュ。




「拓馬さん!?」









 後ろから俺の名を呼ぶ佐那の声を聞きながら、俺は外へと飛び出した。








「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」










 そして、絶叫しながら走った。

 とにかく走った。





 胸の奥底から湧き上がった衝動を、ただただ殺すために。

 夜の町には、俺の声がひたすらに木霊していた。




 


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