4.イレギュラーな夢の話。
賀東と別れてから、俺は意味もなく商店街に足を運んだ。
少しでも遠回りして帰ることで、頭を冷やしたかった、というのもあるかもしれない。それでも考えてしまった。先ほど、彼が話していた夢のことを。
どうして俺と似たような夢を、彼が見ているのか。
その理由が分からなかった。
「いや、そもそも――」
――夢に理由なんて、ないのか。
俺はそう考え始めた。
夢は記憶の焼き直しだと、凪咲は言う。
そう考えるなら、偶然に似たような映画を見ていて、その中にトリップしたような夢を見たとするのなら。話の辻褄は合うような気がした。
普通なら、ここで無駄な思考は終わりだろう。
「なのに、なんでこんなにモヤモヤするんだ」
だけど、俺にはいくつか腑に落ちない感覚があって――。
「いた!? あ、すみません!」
「……………………」
「あ、あの?」
その時だった。
灰色の長い髪をした、赤い瞳の男性と肩がぶつかったのは。
完全に俺が悪いので謝罪したが、まったくの無反応に不気味さを抱いた。さらには、こちらを値踏みするように見てくる。
闇に紛れるような黒のコート姿の男性は、こう口にした。
「ふん……。ここにも、イレギュラーか」――と。
そして、あっさり背を向けて去っていく。
俺は思わず首を傾げた。イレギュラーとは、どういう意味だろう。
そう考えていると、背後から知った声が聞こえてきた。
「おや、キミは拓馬じゃないか」
「…………カトレア?」
振り返ると、そこには黒髪に赤い瞳の少女の姿。
その腕の中には――。
「………………」
またもや、大量の中華まんが入った袋があった。
◆
「同じような夢を見ている……?」
「あぁ、そうなんだ」
「ふむ」
近くの公園まで移動して。
ブランコに座りながら、俺は彼女に賀東の夢の話をした。
話すかどうかは少し迷いはしたが、それでもカトレアになら話しても良いような気がしたのだ。なにせ、この少女は俺の夢の中に出てきている人物でもある。
もしかしたら、解決の糸口があるかも分からなかった。
「なるほど、同じ夢か」
「なにか分かるか?」
俺が訊ねると、カトレアはふふんと鼻を鳴らして言う。
「もちろんだよ。ボクはこれでも、夢については一家言あるんだ」
そして、こう語り始めた。
「まず、夢というのは記憶の焼き直し、というのは分かるだろう? その日に経験したことを、脳のメモリに読み込んでいる作業、と言ってもいいかもしれない」
「あぁ、そこまでは分かる」
「しかし、これはあくまでも学術的な部分だ」
「学術的……?」
俺が首を傾げると、カトレアは頷く。
「そう、科学の分野において判明している脳の機能、という意味さ。しかし夢というのは、それだけでは説明しきれない部分が大きく存在している」
「例えば……?」
「大昔の逸話に、夢の中に出てきた女性に恋をした男の話がある。今回は、これを例に挙げてみるとしよう」
そう言って、少女は話し始めた。
それは一つの恋物語。
昔あるところに、一人の男がいた。
その男は夢の中に出てくる女性に恋をしたのだ。しかし、所詮は夢の中の人物――その恋が実るとは思わず諦めた男は、他の女性と婚姻を結んでしまう。
だが、その後に彼は出会うのだ。
夢の中に出てきた女性と、瓜二つの人物に。
慌てて話を聞いてみると彼女もまた、同じように男の夢を見ていた。
しかし男はすでに婚姻を結んでいるために、その女性とは結ばれなかった。
「――以上。歴史物語の中にも、このような話が出てくる」
「それってつまり、俺と賀東が見ている夢も……?」
「それは断言できないよ。ただ、物事には常にイレギュラーが存在する」
「イレギュラー……?」
その言葉に、また首を傾げてしまった。
そういえばついさっきも、同じ言葉を聞いたような……。
「なにかの間違い一つで、結果に大きな変動を及ぼす。良くも悪くも、ね」
「ふむ……?」
「まぁ、要するに――」
カトレアは、最後の一口を頬張って立ち上がった。
そして、こう言うのだ。
「どうなるかは、ボクにも分からない!」――と。
ガクッと、肩の力が抜けた。
俺は思わず苦笑いをして、彼女を見る。
「……分かった。そこまで、深く考えないようにするさ」
「そう、それでいいよ」
そしてそう言ってから、ふと思い出すことがあった。
そうだ。彼女に訊いておきたい言葉がある。
「なぁ、カトレア? ――【眷属】って、言葉を知ってるか?」
それは、夢の中での俺と彼女を結ぶ関係の言葉。
もしかしたら、いまの話からしてカトレアがこれを知っている可能性もあった。そう思って聞いたのだが――。
「拓馬、それをどこで……?」
少女は、真剣な表情になってそう言った。
俺は赤い眼差しに射竦められ、思わず声を詰まらせる。すると――。
「まぁ、いいか。それについては、またの機会に教えよう」
スッと、表情を緩めるカトレア。
「ただ、一つ忠告しておくよ。明海拓馬」
「忠告……?」
だが、彼女は声を落ち着けてこう言い残すのだった。
「キミはあまり、迂闊に夢の話をしない方が良いのかもしれない」――と。




