2.商店街での遭遇。
病院の正面で佐那と別れて、俺はぶらぶらと街を歩いていた。
休日ということもあって人の動きは多い。こんな世界の裏にはナイトメアとかいう、よく分からない魔物がいるだなんて、実際に目にしないと信じられなかった。
「あー、そういえば……」
ふと思い出す。
ここから、カトレアのいる廃墟は近いのだった。
どうしようか。少し訊きたい話もあるから、足を運んでもよかった。それでも、あの場所に行くと非現実の世界に足を深く突っ込む気がして仕方ない。
加えてあの時、凪咲が口にした忠告。
それを思い出して、悶々としてしまうのだった。
「まぁ、いっか。商店街でも顔出して、それで帰ろう」
迷うのなら行かなくてもいいだろう。
俺はそう思って、足を商店街の方へと向けるのだった。
この県はそれほど都会、というわけでもない。市街地に出ればそれなりに栄えているが、俺の住むところはそこまでだ。
要約するとちょうど良い田舎、というところか。
「さ、て……。漫画の新刊でも――」
ぶらぶらと歩いて辿り着いた俺は、お目当ての店へと向かおうとした。
だが、そこでふと視界に入ったのは――。
「…………え?」
見覚えのある、黒髪の女の子。
中華まんの店の前で、ほくほく顔で肉まんを食べていた。
いやいや、待ってくれ。あまりに浮世離れした存在が、俗世に紛れていた。
「あ……」
「あ……」
じっと見ていると、少女と目が合う。
あちらも俺に気付いたのか、小さく首を傾げていた。
「…………」
「…………」
短い沈黙の後に。
少女――カトレアは、傍らの袋からもう一つの中華まんを出して言った。
「キミも、食べます?」――と。
◆
「どうですか、美味しいでしょう?」
「美味いけどさ、なんていうか……」
「え、なんですか?」
「なんでもない……」
結果的に、俺とカトレアは中華まんの店の前にあるベンチに腰掛けている。手には自分で買った肉まん。少女はそれを頬張る俺の顔を嬉しそうに覗き込んでいた。
だがこちらとしては、世界の真実云々の存在が、ここにいる違和感がひどい。
かといって、指摘するのも違うように思えた。
「よく来るのか、商店街」
だから、当たり障りのないことを訊いてみる。
「はい、きますよ。――なにか、おかしいですか?」
「少し意外だなって、それだけだ」
「ほう、意外ですか」
するとカトレアは、赤い瞳で俺をジッと見ながら考え込んだ。
うんうんと、唸っている様子は年相応以下の女の子のようでもあった。
「キミにとって、ボクはどのように映っているのですか?」
「え、どうって?」
そして不意に、カトレアは訊いてくる。
「えぇ、そうです。ボクは確かに、日夜ナイトメアと戦う存在です! しかしながら、これこのようにオフの日もあるわけですから――ズバリ! ギャップに萌えてないか、と!!」
ビシィ! ――と、人差し指を突きつけながら。
「……いや、萌えてないから。あと、人を指さすな」
「うむむ、これは想定外ですね」
「………………」
対してこちらが呆れて答えると、腕を組んで考え込んでしまった。
しかし、すぐにモゾモゾと袋をあさると、本日少なくとも四つ目の中華まんを引っ張り出して頬張る。コロコロと変わる表情は、見ていて飽きないが……。
「でもまぁ、印象は変わったかな」
とりあえず、それだけ言っておいた。
するとカトレアは嬉しそうに、かつ無邪気に笑うのだ。
「……見つけた」
――と、その時だった。
聞き慣れた声が、正面から聞こえたのは。
「あ、凪咲だ」
「明海氏、なぜここに」
「いや、偶然だけど……」
声の主――凪咲は大量の買い物袋を持っていた。
ゲッソリとした表情でカトレアを睨みつけ、深くため息をつく。
「まぁ、いいか。そろそろ帰るぞ、カトレア……」
「はーい」
そして一言口にすると、カトレアは素直な娘のように立ち上がるのだった。
大荷物でうな垂れる凪咲を尻目に、少女は俺を見て手を振る。
「それじゃ、明海拓馬くん。またね!」――と。
そう言うと、二人は去っていった。
なんとも言葉にしがたい、不思議な時間を過ごした気がする。




