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7.決着。










 先輩を見て、上級生たちは一瞬だけ怯む。

 しかしすぐに全員が口角を歪めた。そしてリーダー格が言うのだ。



「あぁ、もしかして。この男子はアンタの可愛い後輩くん? 先輩なんだったら、ちゃんと後輩の躾をしないとだめじゃないの」



 まさしく、挑発するように。

 くすくすという笑い声が聞こえる。だが朝倉先輩は、それをまったく無視して俺のもとへとやってきた。優しく肩に手を置いて、こう口にする。



「ありがとう、拓馬くん」

「先輩、あの――」



 片膝をついていた俺に肩を貸して、ベンチに運びながら。



「あとは、私に任せて」――と。



 俺の手からバットを取って笑った。

 そこへ、もう一人――佐那がやってくる。

 それを確認して、朝倉先輩はふっと微笑むのだった。



「あの、陽子さん……!」

「佐那ちゃん、拓馬くんの傷を看てあげて」

「は、はい!」



 先輩の指示を受けた佐那は、ポケットから絆創膏を取り出す。

 そして、俺の頭部にできた傷を看るのだった。だけど俺にはまだ、先輩が本当に大丈夫なのか、不安がある。ベンチから崩れ落ちながら、彼女の背中に叫んだ。



「先輩、本当に大丈夫なんですか!?」――と。



 すると、先輩は小さく振り返ってこう言った。



「大丈夫。だって――」



 憑き物が落ちた、明るいいつもの笑顔で。





「夢の中で、大切な誰かが言ってくれたの。私は凄い選手に、凄い人になるから、って!」――と。









「まさか、アンタと勝負することになるとはね――朝倉」

「こちらこそ。お久しぶりです、先輩」

「……ふん」



 打席に入った陽子を見て、リーダー格は眉間に皺を寄せた。

 その感情を察しているのか、陽子はあえて礼儀正しく挨拶をする。鼻を鳴らすとリーダー格は声のトーンを低くして、こう言った。



「三打席勝負。たしかに、選手の指定はなかったから良いけどね」



 ボールを握りしめながら。



「アンタが出てきた以上、こっちも本気で潰しにいかせてもらうよ?」

「………………」



 それに対して、陽子は冷静な表情と沈黙で応えた。

 互いに合図らしきものはない。



 陽子がバットを構えると、相手は投球動作に入った。

 そして、ド真ん中へ直球を投げ込む。




「――――っ!?」




 ――空振り。

 明らかな振り遅れだった。



「ふ、ふふふふふ。やっぱりね……!」



 陽子のスイングを見て、リーダー格は確信したように笑う。

 そして、ボールを受け取ってから言った。



「アンタ、ケガしてから一度もバットを振ってなかったでしょ? そりゃ、そうよね。あんな大ケガしたんだもの、元通りなんて無理に決まってるわ!」



 相手の言う通り。

 彼女のスイングは、なにもかもがバラバラだった。

 軸のブレに、肘の使い方、腰の使い方――その他にも細かく色々あるが、拓馬のような素人の目から見ても明らかなそれ。

 曲がりなりにもソフトボールを長年やっている上級生が、見抜けないはずがなかった。しかしそんな相手の言葉には耳も貸さず、陽子はまた構える。



「いいわよ、その負けん気の強い表情! ――ぶっ潰したくなる!」



 それを見てリーダー格は投球動作に。

 投じたのはまたも、ド真ん中の直球だった。

 強いスピンのかかった、素人ではまず当てることすら難しい一球。いまの陽子になら、力勝負で勝てる。そう踏んでの戦いだった。


 だが――。




「なっ!?」




 パチン!! という、高い音がした。

 そして、キャッチャーミットに収まるはずだったボールはバックネットに当たる。ファールだ。これで、陽子は追い込まれた。

 そのはずなのに、リーダー格の頬には冷や汗が伝っている。



 真後ろのバックネットにボールが飛んだ。

 これはつまり、タイミングが完璧だったということ。

 少し角度が違えば、確実に打たれていた。その証左だった。



「ありえない……!」



 にわかにざわめく、リーダー格の胸中。

 マグレに違いないと思う一方で、この女ならもしや、という思いが顔を出した。手に汗がにじんでくる。明らかな緊張が、彼女の中に生まれていた。



「負けない。アンタにだけは――!!」



 それをねじ伏せるようにして、リーダー格は三球目を投じる。

 チェンジアップ。勢いを殺した変化球。これで勝負はつくはずだと、バッテリーは確信した。しかし陽子はスイング軌道を大きく修正。

 バットの先、ギリギリに当ててファールにして見せた。



「なんなの、アンタは……!」



 ――ありえない、ありえないありえないっ!



 絶対的な勝利への手応えが、歪んでいく。

 追い込まれているのは陽子であるはずなのに、精神的に追い込まれているのは上級生たちになっていた。打席に立つ相手から、言いようのない威圧感を覚える。



「どうしたんですか、先輩?」

「……っ!?」



 黙っていると、陽子が静かにそう口にした。

 鋭い眼差しが彼女たちを射抜く。



「そろそろ、終わりにしましょう?」



 軽くボールを投げ返しながら、陽子はそう言った。

 受け取ったリーダー格は唇を噛んで、投球動作に入る。



「負けない、負けない負けないぃ……!!」



 そして、投じられたのはあまりに正直な直球。

 真ん中高めの絶好球。



 いまの流れで、陽子がそれを逃すはずがなかった。








 完璧だった。









 乾いた音が響き渡った。









 ボールは高々と、綺麗な放物線を描く。









「私たちの、勝ちですね」








 遥か彼方へと消えていった打球を見送って。

 陽子は、そう静かに告げるのだった。




 


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