7.決着。
先輩を見て、上級生たちは一瞬だけ怯む。
しかしすぐに全員が口角を歪めた。そしてリーダー格が言うのだ。
「あぁ、もしかして。この男子はアンタの可愛い後輩くん? 先輩なんだったら、ちゃんと後輩の躾をしないとだめじゃないの」
まさしく、挑発するように。
くすくすという笑い声が聞こえる。だが朝倉先輩は、それをまったく無視して俺のもとへとやってきた。優しく肩に手を置いて、こう口にする。
「ありがとう、拓馬くん」
「先輩、あの――」
片膝をついていた俺に肩を貸して、ベンチに運びながら。
「あとは、私に任せて」――と。
俺の手からバットを取って笑った。
そこへ、もう一人――佐那がやってくる。
それを確認して、朝倉先輩はふっと微笑むのだった。
「あの、陽子さん……!」
「佐那ちゃん、拓馬くんの傷を看てあげて」
「は、はい!」
先輩の指示を受けた佐那は、ポケットから絆創膏を取り出す。
そして、俺の頭部にできた傷を看るのだった。だけど俺にはまだ、先輩が本当に大丈夫なのか、不安がある。ベンチから崩れ落ちながら、彼女の背中に叫んだ。
「先輩、本当に大丈夫なんですか!?」――と。
すると、先輩は小さく振り返ってこう言った。
「大丈夫。だって――」
憑き物が落ちた、明るいいつもの笑顔で。
「夢の中で、大切な誰かが言ってくれたの。私は凄い選手に、凄い人になるから、って!」――と。
◆
「まさか、アンタと勝負することになるとはね――朝倉」
「こちらこそ。お久しぶりです、先輩」
「……ふん」
打席に入った陽子を見て、リーダー格は眉間に皺を寄せた。
その感情を察しているのか、陽子はあえて礼儀正しく挨拶をする。鼻を鳴らすとリーダー格は声のトーンを低くして、こう言った。
「三打席勝負。たしかに、選手の指定はなかったから良いけどね」
ボールを握りしめながら。
「アンタが出てきた以上、こっちも本気で潰しにいかせてもらうよ?」
「………………」
それに対して、陽子は冷静な表情と沈黙で応えた。
互いに合図らしきものはない。
陽子がバットを構えると、相手は投球動作に入った。
そして、ド真ん中へ直球を投げ込む。
「――――っ!?」
――空振り。
明らかな振り遅れだった。
「ふ、ふふふふふ。やっぱりね……!」
陽子のスイングを見て、リーダー格は確信したように笑う。
そして、ボールを受け取ってから言った。
「アンタ、ケガしてから一度もバットを振ってなかったでしょ? そりゃ、そうよね。あんな大ケガしたんだもの、元通りなんて無理に決まってるわ!」
相手の言う通り。
彼女のスイングは、なにもかもがバラバラだった。
軸のブレに、肘の使い方、腰の使い方――その他にも細かく色々あるが、拓馬のような素人の目から見ても明らかなそれ。
曲がりなりにもソフトボールを長年やっている上級生が、見抜けないはずがなかった。しかしそんな相手の言葉には耳も貸さず、陽子はまた構える。
「いいわよ、その負けん気の強い表情! ――ぶっ潰したくなる!」
それを見てリーダー格は投球動作に。
投じたのはまたも、ド真ん中の直球だった。
強いスピンのかかった、素人ではまず当てることすら難しい一球。いまの陽子になら、力勝負で勝てる。そう踏んでの戦いだった。
だが――。
「なっ!?」
パチン!! という、高い音がした。
そして、キャッチャーミットに収まるはずだったボールはバックネットに当たる。ファールだ。これで、陽子は追い込まれた。
そのはずなのに、リーダー格の頬には冷や汗が伝っている。
真後ろのバックネットにボールが飛んだ。
これはつまり、タイミングが完璧だったということ。
少し角度が違えば、確実に打たれていた。その証左だった。
「ありえない……!」
にわかにざわめく、リーダー格の胸中。
マグレに違いないと思う一方で、この女ならもしや、という思いが顔を出した。手に汗がにじんでくる。明らかな緊張が、彼女の中に生まれていた。
「負けない。アンタにだけは――!!」
それをねじ伏せるようにして、リーダー格は三球目を投じる。
チェンジアップ。勢いを殺した変化球。これで勝負はつくはずだと、バッテリーは確信した。しかし陽子はスイング軌道を大きく修正。
バットの先、ギリギリに当ててファールにして見せた。
「なんなの、アンタは……!」
――ありえない、ありえないありえないっ!
絶対的な勝利への手応えが、歪んでいく。
追い込まれているのは陽子であるはずなのに、精神的に追い込まれているのは上級生たちになっていた。打席に立つ相手から、言いようのない威圧感を覚える。
「どうしたんですか、先輩?」
「……っ!?」
黙っていると、陽子が静かにそう口にした。
鋭い眼差しが彼女たちを射抜く。
「そろそろ、終わりにしましょう?」
軽くボールを投げ返しながら、陽子はそう言った。
受け取ったリーダー格は唇を噛んで、投球動作に入る。
「負けない、負けない負けないぃ……!!」
そして、投じられたのはあまりに正直な直球。
真ん中高めの絶好球。
いまの流れで、陽子がそれを逃すはずがなかった。
完璧だった。
乾いた音が響き渡った。
ボールは高々と、綺麗な放物線を描く。
「私たちの、勝ちですね」
遥か彼方へと消えていった打球を見送って。
陽子は、そう静かに告げるのだった。




