4.あの日の彼女を、信じる。
目が覚めると、そこはもう現実の世界だった。
先輩の家からほどなくしてある公園、なのだろうか。俺はベンチに寝かされており、その傍らには凪咲の姿があった。
身を起こすと、彼女は大きなため息をついて言う。
「あれほど、夢に干渉するなと言ったのに」
「夢、って先輩の?」
俺が返答すると、凪咲は頷いた。
しかしそう言われても、俺にとっては事故でしかない。
「まぁ、いい。陽子にも悪影響は、なかったようだしな」
「――そうだ、先輩!!」
「落ち着け、これでもう悪夢は見ない」
慌てて立ち上がると、少女は呆れたように言った。
「もう、大丈夫……ってことか?」
俺は不安になりつつ訊ねる。
すると、凪咲は難しい顔をして言った。
「それは、分からない」――と。
その言葉に俺は、頭を鈍器で殴られたような気持になる。
だが、どうにか堪えてこう訊いた。
「それって、どうして……?」
「あくまで悪夢は見ない、というだけだ。一度できた心の傷は、そう易々と治るものではない。あるいは、いつまでもあの状態かもしれない……」
「そんな、ことって!」
「…………」
思わず声を荒らげる。
これで終わりだと、そう思っていた。
それなのに、まだどうなるか分からないのだ。
「おい、明海氏!?」
「いまから、先輩の部屋に行ってくる!」
「待て、そんなに――」
急くな、という凪咲の制止を振り切って。
俺は微かな記憶を頼りに、先輩の家を目指すのだった。
◆
「拓馬くん……」
「京子さん、すみません。少しだけで良いんです!」
「………………」
俺が家を訪ねると、先輩の母――京子さんが出てきた。
どうにか頼み込んで家に上がらせてもらう。そして、二階にある先輩の部屋の前までやってきた。悪夢は終わったはず。それなのに、やけに静かだ。
喉が渇く。
緊張で指先が震える。
そんな状態でも、俺はどうにかドアをノックした。
「………………だれ?」
すると聞こえたのは、あまりに弱々しい女の子の声。
俺は胸が痛むのを感じながら、声を振り絞った。
「俺です。明海拓馬、です」
「拓馬くん……?」
朝倉先輩は、少しだけ声を大きくする。
体調も以前よりいいのか、ドアの向かい側までやってきた音がした。
「先輩、話を聞いて下さい。賀東の高校の、話です」
「………………!?」
だが、そう切り出すと彼女が息を呑んだのが分かる。
怯えたような雰囲気が、伝わってきた。
「ごめん、なさい……!」
そして、出てきたのはまた謝罪。
なにに向けたものなのか、もはやハッキリしない。
それでもきっと、先輩の胸の中には深い後悔があるんだ。だから――。
「誰も、先輩のこと怒っていませんよ」
「え……?」
力強く、そう口にした。
「みんな、先輩のことが大好きなんです。チームメイトも、賀東も、佐那も。それにもちろん、俺と凪咲も!」
気持ちをすべて、ぶつける。
「先輩が誰よりも頑張ってきたのを知っています。そして、誰よりも友達のことを大切にする人だって、俺は知っていますから。だから――」
ふっと、息をついた。
感情が溢れ出そうになるのを堪えて。
俺は一言、最後にこう添えるのだった。
「待っています……!」――と。
返事はなかった。
それでもいい。いまは、少しだけで。
俺は京子さんに挨拶をして、彼女の家を後にした。
凪咲にこっ酷く怒られたが、それでもいい。
俺は信じた。
あの夢の中で見た、強い少女の笑顔を……。




