4.カトレアからの申し出。
俺が名を口にすると、カトレアはスッと目を細める。
「やっぱり、ボクの名前を知っているのですね」
そして、小さくそう言うのだ。
クマのぬいぐるみをきゅっと抱きしめながら。
その様子に俺は違和感を覚える。たしかに外見は夢の中のカトレアと瓜二つだ。だけどその――醸し出す雰囲気というものが、異なっている。
夢のカトレアはどこか棘のあるような、小悪魔的な少女だった。
それに対して目の前のカトレアはなにかに怯え、自信がなさそうだ。少なくとも俺の中に出てきた彼女とは、まったくの別人。
いや、それは当たり前なんだけど……。
「カトレア、アタシはどうすればいい?」
「ひとまず席を外していただければ」
「……分かった」
短く言葉を交わすカトレアと凪咲。
少しだけ引っかかりはあったが、俺の悪友は指示に従った。
だが、こちらとすれ違う時に小さく、耳元でこう囁くのだ。
「気を付けて」――と。
俺は意味を理解できず、反応できなかった。
凪咲はそそくさと建物から出ていく。それを見送っていると、カトレアが声を軽く上ずらせながらこう言うのだった。
「あ、あの……! 明海拓馬さん、お話があります!」
「え……。あ、うん!」
彼女の声に思わず俺も背筋を伸ばす。
すると、数秒の沈黙の後に――。
「貴方にはボクたちと一緒に、ナイトメアを討伐する任に就いてほしいです」
そう、口にした。
◆
「つまりナイトメアってのは魔物の一種で、人の夢を食べて悪夢を見せる。そして最悪の場合は死に至らしめる存在、ってことか?」
「はい、です。ボクと凪咲は、この街でナイトメアを倒す任に就いています」
俺は一通りの話を聞いて、顎に手を当てて考え込んだ。
ナイトメア――夢を喰らう魔物。こんな話をされて、はいそうですかって、素直に頷けるはずがなかった。だけど俺はすでにその存在を知っている。
夢の中で、俺と賀東はその魔物らしき存在と戦っていた。
そちらではカトレアとも知り合いのようで、なんなら【眷属】とかいう、意味の分からない言葉も飛び出している。
「いくつか、訊きたいことがある」
俺は悩んだ末に、疑問をぶつけることにした。
「まず、どうして俺なんだ?」
「…………」
一つ目、どうして俺なのか。
これは本当に基本的なことで、なんの取柄もない俺に、なぜこのような話が巡ってきたのか。それが疑問で仕方がなかった。
俺の問いかけに、少し考えてからカトレアは答える。
「貴方はどうやら、少し特殊なようです。夢の中でボクと出会ったと語ったそうですね。凪咲から、少しだけ聞き及んでいます」
「それで、興味を持った――ってことか?」
「他にもありますが、省けばそういうことです」
俺が結論を先に言うと、彼女は肯定した。
たしかに、これは俺自身も不思議に思っていることだ。
もしかしたら、あの夢の正体を掴めるかもしれない。そう思った。
「じゃあ、二つ目。どうして、今なんだ?」
俺は納得したことにして、次の質問に移る。
二つ目は、どうして今このタイミングで俺を呼び出したのか、ということ。正直、いったい何の脈絡なのかが掴めない。
凪咲から話を聞いたそうだが、果たしてそれだけか?
「これはきっと、貴方にも協力してもらう必要があると思ったからです」
「俺の協力……?」
カトレアは、小さく首を縦に振った。
そして、意を決したようにこう口にする。
「いま、とても強力なナイトメアが街に出現しています。この規模の相手となると、凪咲一人では心もとない。そして、被害者は貴方も知っている――」
一度、言葉を切って。
「朝倉陽子、です」――と。
なにか、パズルのピースがはまる感覚があった。
「…………!」
カトレアの言葉に、息を呑む。
俺がこちらの世界に飛び込む理由が整った、その瞬間だった。




