2.変わり果てた先輩。
――その日は突然だった。
中学時代の先輩は、部活からの帰り道でトラックに轢かれた。
全身を強く打ち意識不明。いたる箇所の骨折に、靭帯の断裂。脳にも深いダメージを負ったらしく、生還できても後遺症が残ると断言されるレベルだった。
その中で、彼女が目を覚ましたのは事故の一週間後。
生死の境を彷徨った少女が最初に口にした言葉。それは――。
『試合、どうなったの……?』
家族は心痛な面持ちで答えた。
すると、先輩は動けない身体を必死に動かそうとしながら泣いたのだ。
口にしたのは謝罪の言葉。ごめんなさいと、幾度となく。喉が掻き切れるのではと思えるほどに繰り返したという。
そして、奇跡的に後遺症もなくリハビリを終えて。
自宅に戻った彼女は、別人のようになっていた。
◆
「活発に笑っていたあの子が、段々とやつれていくのを私たちは見ていることしか、できませんでした。部屋に引きこもって、食事もろくに摂らない。寝ているのか、起きているのかも分からない、そんな日々でした」
「……………………」
話しているうちに、先輩の母親――京子さんは、涙声になっていった。
俺はそんな京子さんに、こう訊ねる。
「でも、そこから立ち直ったんですよね? 少なくとも、一度は」
そうだった。
先輩はこれまで、何事もなかったかのように高校に通っていたのだ。
それは見様によっては、挫折から立ち直った、といっても良いのかもしれない。しかし京子さんは首を左右に振って、悲し気にこう言うのだった。
「……私には、そうは思えないんです」
「そうは、思えない?」
首を傾げると、彼女は涙を拭って答える。
「時々に、あの頃みたいな悲しげな顔をするんです。でも私が見ていると気づくと、すぐに笑顔になって――無理をしているようにしか、見えなくて」
「………………」
それは親だからこそ分かる機微、なのだろうか。
いいや、違う。先輩は部活の最中にも、時々に悲しげな表情を浮かべていた。
「…………あの、すみません」
自分の不甲斐なさを悔みながら、俺はこうお願いする。
「先輩と、少しだけ話をさせてください」――と。
◆
「陽子……? 後輩の拓馬くんが、きてくれたわよ」
京子さんが先輩の部屋のドアをノックする。
しかし返事はない。それでも鍵は開いているようだった。
俺と京子さんは顔を見合わせ、意を決して中に足を踏み入れる。
「これ、は……」
するとそこにあったのは――破壊された家具や、引き裂かれたカーテン。そしてその部屋の片隅には、一人の女の子が膝を抱えて震えていた。
眠れていないのか、目の下には大きなクマができている。
だが、それにしては異様なまでにやつれていて……。
「本当に、貴方は――」
――俺の知ってる、朝倉先輩なんですか。
思わずそう口にしようとして、思いとどまった。
でも、そう思わざるを得ないほどの変貌ぶりだったのだ。
「拓馬、く……ん?」
その時だった。
先輩がおもむろに口を開いたのは。
焦点の合ってない瞳で、必死に俺の姿を探していた。そして――。
「ごめん、なさい……」
小さく、掠れるようなその声で。
朝倉先輩は謝罪の言葉を口にするのだった。
「私……本当に役立たずで、何もできなくて、口ばかりで……!」
そして、突然に目を見開いたかと思えば。
「う、うううぅぅぅぅ!?」
隣に置いてあったゴミ箱に、嘔吐した。
その姿を見た京子さんは、耐えられずに部屋を出る。
残された俺は、拳を強く握りしめて唇を噛むしかなかった。
「どうすればいい、諦めるな。どうすれば……!」
そして、自分に言い聞かせるようにして考える。
思考を止めるな。解決策は、どこかにあるはずだ、と。




