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2.変わり果てた先輩。









 ――その日は突然だった。

 中学時代の先輩は、部活からの帰り道でトラックに轢かれた。

 全身を強く打ち意識不明。いたる箇所の骨折に、靭帯の断裂。脳にも深いダメージを負ったらしく、生還できても後遺症が残ると断言されるレベルだった。


 その中で、彼女が目を覚ましたのは事故の一週間後。

 生死の境を彷徨った少女が最初に口にした言葉。それは――。



『試合、どうなったの……?』



 家族は心痛な面持ちで答えた。

 すると、先輩は動けない身体を必死に動かそうとしながら泣いたのだ。

 口にしたのは謝罪の言葉。ごめんなさいと、幾度となく。喉が掻き切れるのではと思えるほどに繰り返したという。


 そして、奇跡的に後遺症もなくリハビリを終えて。

 自宅に戻った彼女は、別人のようになっていた。









「活発に笑っていたあの子が、段々とやつれていくのを私たちは見ていることしか、できませんでした。部屋に引きこもって、食事もろくに摂らない。寝ているのか、起きているのかも分からない、そんな日々でした」

「……………………」



 話しているうちに、先輩の母親――京子さんは、涙声になっていった。

 俺はそんな京子さんに、こう訊ねる。



「でも、そこから立ち直ったんですよね? 少なくとも、一度は」



 そうだった。

 先輩はこれまで、何事もなかったかのように高校に通っていたのだ。

 それは見様によっては、挫折から立ち直った、といっても良いのかもしれない。しかし京子さんは首を左右に振って、悲し気にこう言うのだった。



「……私には、そうは思えないんです」

「そうは、思えない?」



 首を傾げると、彼女は涙を拭って答える。



「時々に、あの頃みたいな悲しげな顔をするんです。でも私が見ていると気づくと、すぐに笑顔になって――無理をしているようにしか、見えなくて」

「………………」



 それは親だからこそ分かる機微、なのだろうか。

 いいや、違う。先輩は部活の最中にも、時々に悲しげな表情を浮かべていた。



「…………あの、すみません」



 自分の不甲斐なさを悔みながら、俺はこうお願いする。




「先輩と、少しだけ話をさせてください」――と。









「陽子……? 後輩の拓馬くんが、きてくれたわよ」



 京子さんが先輩の部屋のドアをノックする。

 しかし返事はない。それでも鍵は開いているようだった。

 俺と京子さんは顔を見合わせ、意を決して中に足を踏み入れる。



「これ、は……」



 するとそこにあったのは――破壊された家具や、引き裂かれたカーテン。そしてその部屋の片隅には、一人の女の子が膝を抱えて震えていた。

 眠れていないのか、目の下には大きなクマができている。

 だが、それにしては異様なまでにやつれていて……。



「本当に、貴方は――」



 ――俺の知ってる、朝倉先輩なんですか。



 思わずそう口にしようとして、思いとどまった。

 でも、そう思わざるを得ないほどの変貌ぶりだったのだ。



「拓馬、く……ん?」



 その時だった。

 先輩がおもむろに口を開いたのは。

 焦点の合ってない瞳で、必死に俺の姿を探していた。そして――。




「ごめん、なさい……」




 小さく、掠れるようなその声で。

 朝倉先輩は謝罪の言葉を口にするのだった。




「私……本当に役立たずで、何もできなくて、口ばかりで……!」




 そして、突然に目を見開いたかと思えば。




「う、うううぅぅぅぅ!?」




 隣に置いてあったゴミ箱に、嘔吐した。

 その姿を見た京子さんは、耐えられずに部屋を出る。

 残された俺は、拳を強く握りしめて唇を噛むしかなかった。




「どうすればいい、諦めるな。どうすれば……!」







 そして、自分に言い聞かせるようにして考える。

 思考を止めるな。解決策は、どこかにあるはずだ、と。




 


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