2.互いを想うからこそ。
トイレから出ると、ソフト部の女子たちが並んでいた。
「あの、ありがとうございました!」
「助けてくださって、感謝です!!」
いや、単純にトイレに行きたかっただけとは言えない。
少しばかり苦笑いをしながら頬を掻いた。しかしちょうど良いので、要件を済ませようと思う。俺はその女子たちに訊ねた。
「訊きたいことがあるんですけど。あの、朝倉って人知ってますか?」
「え……!」
すると彼女たちは、一様に困惑したような表情を浮かべる。
こちらから視線をそらして、どこか宙を見ていた。
そして、沈黙が続いて……。
「あ、すみませんっ! 部活の練習が始まるので!」
「ちょっと、待って!!」
そう、一人が言うと足早に去って行ってしまった。
ぽつんと取り残される。俺は唖然としたまま、彼女たちの消えていった方を見つめるだけ。いったい、どうしたというのだろうか。
しかし、たしかなのは手掛かりがなくなってしまったこと。
俺はどうしたものかと、腕を組んだ。
「あの、それって陽子さんのこと、ですよね……?」
「ん? あ、キミは――案内してくれた女の子」
すると、そんな俺に声をかけてきたのは道案内人の少女。
彼女は緊張した面持ちで、こう名乗った。
「あの、わたし佐那、っていいます。実は陽子さんとは知り合いで……」
少女――佐那は、意を決したように言う。
「陽子さんのお話、聞かせてください!」
◆
「そう、ですか。陽子さんはいま、文芸部に……」
一通りの話を終えて、佐那は少し寂し気にそう口にした。
その様子を見て、俺は自分の疑問について訊ねる。
「なぁ、佐那? さっきのソフト部の女子たちは――」
「イジメられているんです。上級生のみなさんに」
「え、どうして……?」
すると、返ってきたのはそんな言葉。
こちらの反応に、佐那は少し困ったように説明した。
「さっきのソフト部の人たちは、全員同じ――陽子さんと一緒の中学だったんです。つまり、陽子さんのことをイジメてた上級生と、チームメイトさん」
「………………」
彼女の言葉を聞いて、絶句する。
それって、要するに――。
「イジメの標的が、変わっただけ、ってことか?」
「…………はい」
俺の導き出した答えに佐那は頷いた。
改めて状況を整理する。
過去に朝倉先輩をイジメていた上級生は、卒業後にこの私立に入学した。そして、あとから入ってきた中学の後輩にイジメを行っている。
そんな奴ら、どうしようもなく……。
「クズじゃねぇか……!」
思わずそう口にしてしまった。
要するに賀東が話していたような、才能への嫉妬だとか、そんなのは関係ない。あの上級生たちはとにかく、自分より弱い立場の人間を攻撃するんだ。
そんなの、本当にどうしようもない。
朝倉先輩だとか、関係なくて――。
「あ、れ? でも、どうして――」
そこで、俺の思考は少し立ち止まった。
そういえばさっき、先輩のチームメイトたちは、怯えたように逃げていった。それはいったい、どういうことなのだろう。
そう考えていると、佐那が静かな声でこう言った。
「みなさん、陽子さんに迷惑をかけたくないんです」
「迷惑を、かけたくない……?」
俺が繰り返すと、少女は頷く。
「中学時代のイジメも、事の発端は部員のみなさんへのイジメからでした。陽子さんはそれに抵抗して、それで――」
佐那は困ったような顔で、髪を撫でる。
一度言葉を切ってから、こう言うのだった。
「ソフト部のみなさんはきっと、いまの状況を陽子さんが知れば同じになると考えているんです。だから自分たちが耐えれば、と。そう考えています」
「………………」
「みなさん、陽子さんのことが大好きなんですよ。ほんとに、心の底から」
――でも、だからこそ心配をかけたくないんです。
俺はその言葉を聞いて、言いようのない気持ちになった。
どうしようも、ないのかと。こんなこと、見過ごしても良いのかと。そう思っていると、佐那がこう言葉を漏らすのだった。
「もし、陽子さんがいたら――」
どこか、遠くを見つめながら。
「あの日の強い陽子さんがいたら、何か変わるのかも」――と。




