1.賀東の高校で。
第3章です。
賀東の通う高校は、二駅ほど離れた場所にあった。
スポーツに力を入れている私立の強豪校。日曜日だというのに、至るところから学生の声が聞こえてきた。校門の前で待っていた賀東に連れられて、やってきたのはグラウンド。どうやら三つあるらしいそれのうち一つで、ここはソフト部の練習場所だった。
「いまは昼休憩になってるみたいだな。一応、見学の件は先生方にも伝えてあるから、その辺りは心配するなよ」
「あぁ、ありがとう。なにから、なにまで……」
「バーカ。今回、頼んだのは俺の方だっての」
彼はそう言うと、駆け足にどこかへ行ってしまう。
おそらくは自分の野球部の練習場だ。
「それにしても、私立の強豪校だとこんな感じなのか……」
俺は周囲を見渡して、改めてため息をつく。
設備から道具まで、何もかもが公立校であるうちとは違った。そりゃ、賀東もあんなガタイになる、って話だろう。
――と、そんなことを考えていると。
「う……。トイレ行きたいな」
唐突に尿意を催した。
仕方ない。ここは恥ずかしながら、誰かに訊かなければ。
「あ、ちょうど良いところに――すみません!」
「えっ!? あ、はい!」
俺は苦笑いをしながら、一人の女子生徒に声をかけた。
とても華奢で、人形のような姿をした子だ。学年は俺と同じ、だろうか。それでも若干幼い、そんな印象を受けた。――などと、観察している場合ではない。
いまは有事だ。
可及的速やかに、トイレの場所を聞き出さねば。
「あの、トイレってどこですか?」
「お手洗い、ですか……?」
あまりに想定外の質問だったのか、相手の女の子も困惑する。
そして、少し考えてからこう言うのだった。
「わ、わたしに任せてくださいっ! ご案内します!」――と。
◆
「あ、あれ? 前までここに、カラーコーンがあったはずなのに……」
「………………あ、あの?」
「大丈夫です! たぶん、ここを曲がれば――」
「すみません、話を聞いて?」
「え……?」
――数十分後。
俺と女の子は、二人で迷子になっていた。
というのも、この少女があまりに方向音痴だったからだ。先ほどの言葉にもあるように、いつ位置が変わってもおかしくないものを目印に移動する。
最初は何かの聞き間違いだと思ったが、いまはハッキリと聞こえた。
「あの、いいです。自分で探しますから……」
「ダメです! あなた、他校の生徒さんですよね! 迷子になりますよ!?」
――すでに、なってるんだよなぁ!?
俺は思わず声を荒らげそうになったのを、ぐっと堪える。
そして、脂汗をかきながらこう言った。
「い、いや。大丈夫……です」
ヤバい、限界が近い。
そう思って、俺は周囲を確認した。
「場所は人気のない校舎裏――って、あれは!」
すると、神の救いがそこにあった。
ひっそりとした佇まいのそれは、まさしくトイレ。誰にも使われない場所にあるせいか、少々手入れが行き届いていない。だが、背に腹は代えられなかった。
俺は大きく息を吐きながら、一歩を踏み出そうと――。
「アンタら、いい加減にしなさいよねぇ!?」
した、その時だ。
そんな声が、校舎裏に響き渡ったのは。
びっくりして俺と、一緒にきた女の子は物陰に隠れた。そして、そこからそっと声のした方を覗き込む。すると、そこにいたのは体操服を着た女子生徒たち。
その集団は、二手に分かれている。
見るからに狂暴そうな外見をした女生徒たちと、そうではない方だ。状況から察するに、前者が上級生なのだろうか?
「ほんっとに、中学時代から使えない後輩たちだよね」
「プレーも下手で、試合でもエラーばっかり!」
「打席では常に縮こまってさー」
数名の後輩に、先輩と思しき三人が罵声を浴びせていた。
これは分かりやすい。まさしく、イジメだった。
「あれは、ソフト部のみなさん……?」
「え、あれが……?」
そこで不意に、背後に隠れていた女の子がそう口にする。
俺はそれを聞いて、一団を見た。
「って、ことは。いまの話は――う!?」
そして、思考を巡らせようとした。時だった。
またしても強烈な尿意が、俺に襲い掛かってきたのは!
どうする。
あの集団を無視して、トイレに行くことは不可能だ。
かといって、待っていてはとんでもない醜態をさらしてしまう。そうなってくると、俺にできる行動はたった一つだった。
だから――。
「あ、あの!?」
俺は思い切って、物陰から飛び出す。
そして――。
「どいてくださああああああああああああああああああああい!?」
絶叫した。
鬼の形相だったのだろうか。
ソフト部の上級生たちは、ひどく驚いてその場を去っていった。そのことを確認してから、俺は古ぼけたトイレに駆け込む!
そして、思った。
――間に合って、よかった。
面白かった
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