3.過去の出来事。
日が沈みかけている。
場所を変えようということで、俺と賀東はファミレスへ移動した。
「いらっしゃ――」
「よう、凪咲。ふたりで」
「知り合いなのか? この女の子と」
入店すると、笑顔の硬直した凪咲に出迎えられる。
賀東は俺と彼女のやり取りを見て、なにやら不思議そうな表情を浮かべていた。しかしとりあえず、席に案内してもらって、話の続きを始めることとする。
「それで、どうして賀東は朝倉先輩のことを?」
「同じ中学だったんだ。学年は一つ違ったけどな」
運ばれてきた水を口に含みながら、彼は俺の質問に答えた。
なるほど。たしかに、県内生なら同じ中学ということもあり得るか。
「俺は野球部のキャプテンで、アイツは二年生の頃からエースで四番。意見の交換だったりで、それなりに言葉を交わすことはあったんだ」
「ふむふむ」
少しだけ懐かしそうな表情を浮かべる賀東。
しかし話が進むうち、段々とそれが曇っていった。
「ただ――な。俺の学年のソフト部の女子は、快く思っていなかったらしい」
「快く思っていなかった……?」
「よくある僻み、嫉妬ってやつさ」
「それは、二年生に主役を取られたから、ってことか?」
「まぁ、簡単に言えばそういうことだ」
「………………」
緊張に、喉が渇くのを感じた。
俺は少しだけ慌てて、水を口から流し込む。
「朝倉の実力は申し分なかった。むしろ、一人ずば抜けていた。それなのに、校内ではあらぬ噂が広まったりしてな。あいつは、段々と孤立していった」
それでも、ソフト部はやめなかった。
何か理由はあるのだろうけど、俺はどこか背筋が凍る思いに駆られる。
「でも、俺の代が卒業して。やっとアイツが解放される時間がやってきたんだ。誤解も徐々に解けてきて、それなのに――」
「ケガ、か……」
「あぁ、そうだ」
俺の言葉に、賀東は一つ頷いた。
その表情にはもう明るさなどなく、眉間には深いしわが寄っている。
「最後の大会、その直前だった。事故に遭ったんだ」
「…………事故?」
首を傾げると、彼はふっと息をついた。
そして、意を決したようにその時のことを語る。
「命が助かったのが、奇跡だって言われるような事故だった。複数個所の骨折に、靭帯の断裂、意識不明の時期もあったんだ」――と。
言葉を失った。
朝倉先輩は、そんなことは言っていなかったから。
ただケガをして、それで最後の大会に間に合わなくなったのだ、と。そう語っていた。それなのに、実際はより悲惨で――。
「アイツはそれ以降しばらく、不登校になった。ケガが治っても、家から出ることはなかった。ただ元々勉強はできたから、お前の通う高校には入学できたんだ」
「…………」
「俺が最後に朝倉を見たのは、大会前――明るい表情のアイツだけだ。なぁ、拓馬……いま、朝倉は笑っているのか?」
黙っていると、そんな問いを投げられた。
俺は唇を噛んで、少しの間を開けてから答える。
「笑ってるよ、いまは……」
「そう、か」
しかし、賀東は何かを察したらしい。
短くそう言うと、水のお代わりを取りに向かった。
「………………」
俺は一人で、いま聞いた話を反芻する。
そして、拳を握りしめた。
なにが、もし変えられるなら、だ……!
俺はあの時の自分を殴りたくて、仕方がなかった。
でも、時は戻せなくて。口にした言葉は、取り消すことができない。
「はぁ……」
一つ、ため息をつく。
そして、窓の外の景色を見た。
「あ、雨か……」
にわかに降り始めた雨。
その音に、俺はただじっと耳を澄ませていた。




