月詠黒兎・一日目・01「覚醒」
目を開けると、見慣れた天井が見えた。
一年間、見続けた天井のはずなのに、今はとても懐かしいと感じる。
俺はのろのろと起き上がって、洗面所の鏡を覗き込んだ。
鏡には俺の顔が写っている。
鏡なんだから当たり前だ。
だけど、この当たり前が無くなることがあることを俺は知っている。
「やあ、久しぶりだな。柊一真。やっと戻ってこれたぜ」
俺は鏡に向かって笑いかけた。
俺の魂は長い長い旅を終えて再び自分の体に戻ってきたんだ。
俺は身支度をして学校に向かう。
自分の体に戻るという目的は果たされた。
だが、全てが解決したわけではない。
今回の事件の原因は磯谷だ。
磯谷は他人の能力を奪う能力を持っている。
それを使って桜木さんの読心、姫宮の透視、神崎の予知を奪うために画策していた。
全てを解決するためには、磯谷の企みを阻止する必要がある。
阻止しなければまた、悲劇が繰り返される。
俺は時を駆ける魂の能力でそのことを知ってしまった。
そして自分の体に戻ってきた。
遠慮をする必要はない。再現する必要もない。
──磯谷の企みを打ち砕く。
教室に入り適当にクラスメイト達にあいさつをしながら、自分の席に着席する。
しばらくすると、俺の隣に誰かが立つ気配を感じて、俺は視線を向けた。
そこに誰がいるのか俺は知っているので、昔のように驚いたりはしない。
「金曜日はごめんね。柊くん」
天音が謝りながらも満面の笑顔を見せてくる。
「俺の方こそごめん、それで俺のノートを拾わなかったかな? 黒いノートなんだけど」
黒歴史ノートを天音が持っていることを俺はすでに知っている。
そして先手を打って会話の主導権を握る。
「え、あ、うん。はい、これ」
天音は驚きながらも後ろ手に持っていた黒い表紙のノートを取り出す。
「ありがとう。これ、面白かったでしょ?」
俺は天音からノートを受け取りながら、そう訊いた。
「あ、……うん、あの勝手に中身を見てごめんなさい」
「別に構わないさ。君が読んでいることは分かっていたから。それよりさ。良かったら、一緒にお昼でも食べないかい? なんだか俺の分のお弁当を作って来てくれてる気がするんだよね」
「え……な、なんで、知ってるの?」
天音は目を丸くして驚いている。
「なぜ知っているのか、それは簡単。俺が能力者だからだよ」
「時を駆ける魂?」
「そうだよ。詳しいことは昼休みに話そう。そうだな、三階の元文芸部部室はどうかな?」
「……すごい」
天音の俺を見るはキラキラと輝いていた。
休み時間、俺はある異変に気付いた。
本当ならもっと早く気付くべきだったのだが、桜木さんが学校を休んでいる。
俺はなんとなく嫌な予感を感じた。
「柊、正解だ」
唐突に後ろの磯谷が話しかけてきた。
まるで、俺の心が読めているような感じだ。
「…………」
俺はゆっくりと後ろを振り返った。
「朝、起きたらいきなり能力が使えるようになって驚いたが、そういうことだったんだな。柊、お前の心を読んでやっと理解したよ」
磯谷はにやりと笑って話を続ける。
「柊、お前は俺の作戦を邪魔しようと考えているようだが、それは無意味。なぜなら、俺はすでに三人の魂を持っているからだ。朝、起きたらすでに俺は三人の魂を捕まえていた。俺自身なんでそんなことになっているのか、今まで理解出来なかった。だがやっと理由が分かったよ。
俺は別の時間軸で、三人の魂を捕まえた。その後、柊の能力によって時間が巻き戻された。だから、俺はすでに三人の魂を持っているんだ。手間が省けて助かった。って言っても別の時間軸の俺が成功させたんだから、本当は手間が省けたわけじゃないが、今の俺が何も苦労しないで済んで良かった。ありがとな黒兎」
磯谷が長々と説明を終えた。
「なぜ、桜木さんは休んでいるんだ?」
「なぜって、桜木の魂は俺が持っているんだから当たり前だろ? 魂がない空っぽの肉体は動かないからな」
「桜木さんは、ずっと眠っているってことなのか?」
「そういうこと。俺が魂を返さない限りずっと目を覚まさない」
「…………」
どうにかして磯谷から、三人の魂を取り返さないと。
「くくく、もう知ってると思うが、俺は読心、透視、予知が使える。お前の考えは俺に筒抜けだ。作戦を考えるなら俺のいないところでやったほうがいいぞ」
磯谷は余裕の笑顔で俺を見下してくる。
「そうそう、黒兎、お前自分の能力のこと良くわかってないみたいだな。三人の体に次々乗り移って頑張ったみたいだし、なんでそんなことになったのか説明してやるよ。知りたいだろ?
お前の能力、時を駆ける魂は時間を遡る能力だ。現在の肉体を放棄して、過去の肉体に魂を上書きする。普通なら自分以外の肉体に魂が入ることはないが、今回は俺が三人の魂を捕獲して空っぽの肉体があったから、その空っぽの肉体に引き寄せられて、入っちまったんだろう。
それと本来、時を駆ける魂は、俺の魂捕縛とセットで使う能力だ。時間遡行時に座標がズレて他の人間の魂をはじき出してしまうことがある。そんな時、はじき出してしまった魂を魂捕縛で捕まえ元の体に戻して、過去の自分の魂に上書きする」
「セットで使う能力?」
磯谷の言葉を信じるならば、俺には時を駆ける魂と魂捕縛の二つの能力を持っていたことになる。
「そうだ黒兎。お前は忘れているようだが、俺とお前は本来、一つの魂なんだよ。……黒兎、灰兎、白兎の三つで一つだ。黒兎は時を駆ける魂、灰兎は魂捕縛、白兎は未来螺旋流の能力をそれぞれ保有している」
「…………」
俺の頭は真っ白になった。
黒兎、灰兎、白兎は、中二病の俺が考えた単なる妄想。
存在するはずない。
「黒兎、覚えているか? 中学の時、クラス委員長に告白したことを」
「…………」
「あの時、最初に白兎が未来に飛んでいった。それからしばらくは俺と黒兎の二人で過ごした。だけど、先週の金曜日。天音嬢とぶつかった衝撃で、俺は磯谷の体に入ってしまった。それからは磯谷の魂と一緒に暮らしている。磯谷はとても心配性だから、その不安を取り除くために提案したんだ。すべてを知る能力を手に入れれば良いって、それで三人の能力を手に入れたんだ。黒兎、これがお前の知りたがっていた真相だ」
磯谷の言葉を聞いて、俺は放心状態になってしまった。
話がぶっとび過ぎている。
だが、その言葉を否定することは出来なかった。
俺が今まで体験した不思議なことは、磯谷の言葉で全て説明がつくからだ。
「黒兎、お前が俺になにもしなければ、俺はお前に手出しをしないと約束する。お互い平和な高校生活を送ろうじゃないか。お前もそれを望んでいるんだろ?」
「…………」
磯谷のその言葉に俺は何も言葉を返すことが出来なかった。




