神崎仁・五日目・02「保健室」
放課後、俺の気持ちはだんだんと沈んで行く。
この後、桜木さんと柊が屋上から落ちて、死ぬと思うと心が痛い。
二人が死ぬのを知っているのに、自分が手を出せないことが辛い。
本当は助けたいが、助けてしまっては次に進めない。
俺は重たい足を無理矢理に動かして、部室に入った。
部室には桜木さんと姫宮がいた。
姫宮はチラりと入ってきた俺に目を向けた。
俺は軽く頷いてそれに答えた。
桜木さんは下を向いたままで、俺にはまったく気付いていない。
俺は空いている椅子に座った。
無言の時間が過ぎて行く。
やがて柊が来る。
柊は部屋の空気がおかしいことに気付いて、何があったのかと桜木さんに訊ねる。
虚ろな目をした桜木さんに連れられて柊は出て行った。
俺は姫宮だった頃のことを思い出す。
確かこの後すぐに神崎のスマフォが鳴って誰かと話して、部室を出て行くのだ。
そんなことを思っていると俺のスマフォが着信音を鳴らした。
スマフォの画面を見るが、掛かってきた番号は電話帳に登録されていないので、誰から掛かって来たのか分からなかった。
俺は恐る恐る電話に出た。
「もしもし?」
『よお、神崎か? 俺だよ俺。誰だか分かる?』
楽しげに話しかけてきた声を聞いてすぐに誰だか分かった。
「……磯谷」
『正解! 正解した神崎には、良いことを教えてやろう。今、保健室でキャットファイトが始まりそうなんだよ。お前も見に来いよ。絶対楽しいぞ。じゃあな、待ってるぞ』
そう言い終わると、電話は一方的に切れてしまった。
「すみません。僕も用が出来たので少し席を外しますね」
そう姫宮に言い残して、俺は保健室に向かった。
扉を開けて保健室に入ると、霧野と詩季が対峙していた。
てっきり磯谷もいるものと思っていたが、保健室には霧野と詩季の二人以外は見あたらなかった。
「神崎くん?」「仁君?」
霧野と詩季が俺に気付いて、同時に視線を向けた。
「二人ともどうしたんですか? そんな怖い顔をして? せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」
俺は二人の状況が分かってない振りをして、様子を窺った。
「仁君! どうして? どうしてこんな人と恋人になったの? なんで私を見てくれないの?」
詩季が泣き叫びながら、俺に訊いてくる。
「……それは」
俺は言い淀んだ。
「詩季さん、それは簡単なことです。神崎くんが私のことを大好きだからですよ」
霧野がスマフォを取り出して、俺に分かってるなと暗に脅迫をしてくる。
「…………」
俺は何も言えなくなってしまった。
霧野の持っている写真は俺だけでなく、詩季にも被害が及んでしまうものだ。
「仁君? そのスマフォに何かあるの? もしかして弱みを握られて……それで?」
詩季が霧野と俺を見て気付いてようだ。
感心するぐらいに感が良い。
「さあ、どうでしょう? だとしたらどうなの? 無理矢理スマフォを奪うんですか?」
霧野はニヤニヤしながら、スマフォを弄んでいる。
「…………」
詩季は霧野を睨み付けると、一気に駆け寄ってスマフォを奪おうと飛びかかった。
しかし、詩季の足がもつれて霧野に届く前に転んでしまった。
「詩季さん、どうしたんですか? そんなとろころでお昼寝ですか?」
霧野はバカにしたように詩季を見下ろした。
「今の……何?」
詩季は自分の左太ももに視線を向けて、何かを確認していた。
「詩季、大丈夫か? 足を捻ったのか?」
俺は詩季に駆け寄った。
「今、太ももがいきなり痛くなったの。蜂にでも刺されたのかと思ったけど……」
詩季は自分の身に起きたことが分からず、首を捻っていた。
「怪我はしてないんだな? それじゃ立てるよな?」
「うん」
俺は詩季を起き上がらせた。
「あれ! ない! 私のスマフォが無い? あれっあれ?」
霧野が突然一人で騒ぎ始めた。
さっきまで持っていたスマフォが無くなってしまったようだ。
詩季は奪い取る前に転んでしまったし、持っていたスマフォを無くすとは考えられない。
──カツン!
詩季の足下から音が聞こえた。
そこには先程まで持っていた霧野のスマフォが転がっていた。
まるでそこにいきなり表れたよう感じた。
「これは!?」
詩季が足下のスマフォを拾った。
そしてその画面を見て、目を見開いた。
画面には俺と詩季が女子トイレから出てくるところの画像が写し出されていた。
「これで、仁君を脅してたのね」
「い、いつのまに取ったの?」
詩季の手に自分のスマフォがあることを霧野は驚いていた。
「画像消去!!」
詩季はスマフォを素早く操作して、画像を消した。
そしてスマフォを霧野に投げ返した。
「これで、仁君を脅せなくなったわね。もう仁君があなたの恋人でいる必要はなくなったってことよ」
詩季が勝利の笑顔を見せる。
霧野が歯を食いしばって悔しそうな顔をしている。
そして霧野は、叫び声をあげながら詩季に襲いかかってきた。
「やめてください、霧野さんっ。……ぐっ!?」
俺は詩季の前に出て霧野を止めようとした。
だが後ろから詩季に押されて、俺は霧野と一緒に吹っ飛ばされた。
開いた窓から外の地面に投げ出される。
普通ならこんなに飛ばされることはない。
だが、詩季の能力、無重力で、重力から解放された俺と霧野は何メートルも飛ばされてしまった。
「仁君。違うの私は、その人だけを……」
詩季は俺が割って入ったことに驚いてしまっている。
本当は霧野だけを吹き飛ばそうとしたことを必至に言い訳をしている。
とぼとぼと力ない足取りで、ごめんね、ごめんねと謝りながら近づいてくる。
俺は自分の体を下にして、霧野の身を守った。
だが俺の体は地面に擦りつけられたので、制服がボロボロになってしまっていた。
「大丈夫ですか? 霧野さん?」
俺の胸に顔を埋めている霧野に声を掛ける。
「はい、私は大丈夫です。でも、なんで? どうして、助けてくれたんですか?」
不思議そうな顔で俺を見つめてくる。
「それは──」
口を開きかけた時、目の隅に緑色の物体が飛び込んで来た。
それは屋上のフェンスだ。
格子状をした鉄の塊が空から降って来た。




