表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/52

神崎仁・五日目・01「一等」

 昨日から詩季は俺と一切口を利かなくなってしまった。

 いつもは一緒に登校するのに、今日に限っては俺を置いてさっさと行ってしまった。

 かなりご機嫌ななめのようだ。

 詩季の機嫌を直すのも重要なことだが、それよりも今日はもっと重要なことがある。


 ──桜木さんと柊の落下だ。


 詩季の機嫌を直す前に、俺は神崎ではなくなるだろう。

 桜木さんと柊の落下によって、俺は柊に戻るか、それともまた別の人間に乗り移るかする。

 どうなるかは俺にも分からない。


 昼休み俺は裏庭の見える階段の踊り場にやってきていた。

 これから磯谷と姫宮が対峙するので、俺はそれを確認しに来ていた。

 やがて磯谷がやって来て、木に寄りかかりる。

 そしてスマフォを弄り始める。

 もうすぐ姫宮もやってくるだろう。


「神崎先輩、こんなところで何してるんですか?」


 ふいに背中に声を掛けられた。俺はゆっくりと振り返った。


「……支倉さん」


 ついさっき振り返って誰もいないことを確認したはずなのに、支倉は俺のすぐ後ろに立っていた。

 俺は少しだけ背筋がぞくりとした。


「ちょっと考え事をしていただけですよ」


 俺はそう言って美咲に体を向けた。

 美咲に裏庭の様子を見られるとややこしいことになるので、これ以上近づいてこないように暗に制したのだ。

 

「考え事……ですか? それは霧野先輩のことですか?」


 美咲が探り探り訊いてきた。


「それもあるんですが、妹のことで少し……」

「妹さん?」

「ええ、昨日ケンカをしてしまって、どうやって仲直りをしようかと考えていたんです」「ケンカの原因は、霧野先輩なんですか?」


 美咲は鋭く言い当てる。

 まったく女の感は鋭い、鋭すぎてチクチクと胃が痛くなる。


「まあ、そうです。妹は霧野さんのことが気に入らないらしくて、……それで」

「だったら……。だったら、別れたらどうです?」

「……そうですね。そうすればてっとり早く仲直りは出来ると思います」

「……先輩は霧野先輩のことを好きって感じがしません。本当に付き合っているんですか?」


 美咲の言う通り、俺はそんなに霧野のことを好きではない。

 別に嫌いでもないが、弱みを握られて仕方なく付き合っているだけだ。

 どうやら、そのことを美咲に見透かされてしまったようだ。


「色々と事情がありまして」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 まさか脅されて付き合ってなんていえるはずがない。


「先輩、これを見てください」


 唐突に美咲はポケットから一枚の紙切れを取り出した。


「宝くじ?」


 美咲が取り出したのは、休みの日に買った宝くじだ。

 それも俺が買った番号のクジを美咲は手にしている。

 たぶん喫茶店を出る時の会計で落としてしまって、それを美咲が拾って持っていたのだろう。

 財布に入れた宝くじがなくなるとしたら、そのタイミングしかありえない。

 俺はなるほどと納得する。


「はい、休みの日に先輩と一緒に買った宝くじです。それで当選番号を確認したら、な、な、なんと──」

「一等だったんですか?」

「な、な、なんで分かったんですか?」


 なんでって一等になる番号を買ったんだから、知ってて当たり前。

 だが、それは内緒だから言えない。


「なんとなくです。それでその宝くじを僕に返してくれるんですか?」

「こ、こ、この宝くじは私のです! 私が買った宝くじです! だから、私のものなんです!」


 美咲は興奮のあまり声が震えている。


「僕は自分の買った番号を覚えています。支倉さんが今手にしている宝くじは、間違いなく僕の買った宝くじです」

「た、たとえ先輩が買った宝くじだろうと、今は私のものです。絶対に誰にも渡しません! ……だけど、条件次第では、当選金の半分を先輩にあげてもいいですよ?」


 探るような瞳を美咲は向けてくる。

 まるで悪魔の取引だ。


「……条件ですか?」

「はい、交換条件です。……神崎先輩が霧野先輩と別れて、私の恋人になる。そしたら当選金の半分をあげます。どうですか? 悪くない条件だと思いますけど?」


 嬉しさのあまりかニヤニヤと顔が引きつっている。

 俺が条件に必ず乗るだろうと確信している顔だ。

 そもそも当たりくじが俺のものなのに、なぜ俺が美咲の条件に乗らなければいけないのか納得出来ない。

 それに金で全てが手に入ると思っている美咲にもムカつく。


「支倉さん、悪いんですが、その条件には乗れません」

「ど、ど、どうして! 五千万円が欲しくないんですか?」


 信じられないといった様子で、支倉が問いただす。

 普通の人間なら喉から手が出るほど欲しい金額だ。

 だが、あいにく今の俺は普通じゃないのさ。


「…………」


 哀れな美咲に俺は言う言葉が思いつかない。


「わ、分かりました。先輩、もっと欲しいんですね? なら、六十パーセントでどうですか?」

「…………」

「じゃ、七十……。八十……。九十……。まさか百……ですか? ……分かりました。全部あげます。その代わり私に色々と買ってくださいね? ブランドバックとか宝石とか、そのうち車も欲しいかなぁ~」

「……はあ。その宝くじは支倉さんにあげます。その代わり、もう僕に話しかけないでください」


 大金を目の前にしたら、こうも人は汚くなるのかと思うと、俺はうんざりした。


「神崎先輩……。どうして? 私と恋人になれば一億が手に入るんですよ?」

「支倉さん、今の自分の顔を鏡で見てきたらどうです? とても醜い顔をしています。僕はあなたみたいな醜い人とは、いくらお金をもらったとしても付き合いませんから、安心してください」


 俺は笑顔で美咲に告げる。


「みに、み、醜い? 私が?」


 美咲は顔に両手を当てて、ガクガクと震えている。


「支倉さん、話はそれだけですか? なら、もう消えてください。それと二度と僕に話しかけないでくださいね」


 美咲から目をそらし裏庭に目を向けると、姫宮が一人で膝をついて倒れていた。

 どうやら美咲と話をしている間に、姫宮の方も話が終わってしまったようだ。

 視線を戻すと、美咲が何かをぶつぶつと呟きながら頭を抱えていた。

 俺は支倉の横を通り過ぎて、教室に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ