神崎仁・一日目・01「妹」
唇に暖かいものを感じて、俺は目を開いた。
すぐ目の前には誰かの顔がある。近すぎて誰だか判別がつかない。
その誰かと俺はキスをしていた。
いくら待ってもそいつが離れないので、頭を掴んで無理に引き離した。
「あーあ、もう起きちゃったのか。ざんねんっ」
そう悔しそうに呟いたのは、天音ではなかった。
確か俺は学校の屋上で天音と一緒に倒れて、その際に口と口がぶつかって、それで気を失ったはずだ。
「誰だ?」
俺は目の前の女の子に訊ねた。
どこかで見たことがあるのだが、良く思い出せなかった。
「やだ、仁君。妹のこと忘れないでよねっ」
頬を膨らまして、不満そうな顔を作る女の子。
「……詩季?」
俺の口が自然とその名前を口にした。
「そうだよ。神崎仁の妹の神崎詩季だよ。思い出してくれた?」
俺は思いだした。
俺が柊や姫宮だった時、神崎を付けましていたストーカーだ。
ただのストーカーだと思っていたが、実は妹だったのだ。
そして俺のことを仁君と言って、甘えて来ているということは……。
「私は神崎仁……なのか?」
「……仁君が私なんて、珍しい」
やばい、神崎仁の一人称は僕だった。
詩季が俺に怪しい視線を向けてくる。
桜木さん、姫宮と女体が続いたから、つい女言葉が出てしまった。
俺はやばいと思い話題をずらす。
「それより詩季。兄妹でキスするのは、まずいだろ?」
「目覚めのキッスよ。……もしかして仁君、私のこと嫌いになった?」
詩季が涙目になりながら訊いてくた。
「別に、嫌いになんかならないよ。ただキスはまずいって……」
血の繋がった実の兄妹で、そういうことをするのはよろしくない。
「良かったぁ、仁君に嫌われたと思っちゃったよ」
詩季がばさっと抱きついてきた。
詩季の奴、意識的に最後の言葉を無視しやがった。
「詩季、重いってば、抱きつくな」
「うー、なんでそんなこと言うかな? 気にしてるのに」
「あはは、ごめんごめん、嘘だよ。冗談。全然重くないよ」
また詩季の機嫌が悪くなりそうだったので、フォローを入れた。
むしろ詩季は軽い方だと思う。体も引き締まってスレンダーだ。
だけどその分、胸のボリュームが少ないのが玉に瑕。
「もう仁君のバカバカバカ。嫌い嫌い嫌い大嫌い。でも、だあぁぁぁーいすき!!」
詩季が布団をバンバンと叩いた後、急に飛びついて来て頬にキスをしてきた。
もう何がなんだか分からない。
「詩季、だから、こういうのは……」
俺は苦笑いをしつつ注意をするのだが、詩季は耳に手を当てて「あーあーきこえーなーい」とまるで子共のような方法で、誤魔化していた。
俺はため息を吐いて、布団から起き上がった。
「……はあ」
俺は自分の席に座ってため息をついた。
桜木さん、姫宮、そして神崎。まさか自分が神崎になるなんて、夢にも思っていなかった。いったいいつになったら、俺は元の柊一真の体に戻れるのだろうか。
それに磯谷のことも気になる。今回の事件の核心は間違いなく磯谷が握っている。優太をおかしくして、凜子を殺した。いったい奴の目的はなんなんだ。
それにしても意識の入れ替えが起きているのは、全員部活に入部してきた連中だ。あと残っているのは天音ぐらいなものだ。もしかしたら次は天音になるのかもしれない。
「神崎くん、ため息なんかついて、悩み事でもあるの? 私で良かったら相談に乗るよ」
自分の席で考え事をしていると隣の席の霧野楓が声を掛けてきた。
霧野はクラス委員長をしていて、面倒見が良いとクラス内の評判が良い。
困っている人は放っておけない質らしく、いつも誰かの相談に乗っている。
「すみません。ため息でちゃってましたか?」
「うん、すごく深刻そうな顔をしてるよ? 大丈夫?」
霧野が心配そうな瞳を向けてきた。
「実はかなり面倒なことに巻き込まれてまして、それでどうしたらいいのか考えていたんですよ」
「どんな面倒事なの?」
「未来に起こる不幸を知っているのに、見逃さないといけないんです。そのジレンマに悩まされてます」
「うーん、事情は良く分からないけど、神崎くんが正しいと思ったことを思い切りやった方が良いと思うな」
「正しいと思った事を、ですか?」
「そう! 正解は自分が決めるの!」
自信たっぷりに霧野は言った。
「霧野さんにそう言ってもえて、なんだか元気が出て来ました。ありがとうございます」
「そう? それなら良かった。悩み事があったらいつでも相談に乗るからね」
霧野はなんだか頬を赤くして照れている様子だった。
「僕も霧野さんの相談に乗りますよ。悩み事があったらですけど」
「え? 神崎くん、ホント?」
霧野は何故か驚いた顔を見せた。
「ええ、ホントですけど?」
「な、ならあるんだ相談事……」
「ああ、そうなんですか? なら聞きますよ」
「……えっと、みんながいるところだと言いづらいから、放課後教室に残ってくれるかな?」
もぞもぞと恥ずかしそうにお願いをしてくる霧野。
「ええ、いいですよ」
どんな相談だろうと考えつつも俺は頷いた。




