神崎仁・一日目・02「入れ替わりの弊害」
休み時間になると、俺は一年生の教室がある廊下に向かった。
廊下では姫宮が磯谷にしつこく纏わり付かれていた。
「君、彼女が困ってるじゃないか」
俺は姫宮の前に立って、磯谷のカメラから見えなくした。
「お前は神崎……。俺は別に困らせてないよ、ねえ?」
磯谷は自分は悪くないと姫宮に同意をさせようとしていた。
すると、姫宮は俺の背中に身を隠した。
「こんなに怯えてるじゃないか。下級生を困らせるのは良い趣味じゃないですよ」
「ははは、ナイト気取りか? 格好付けやがって、はいはい分かったよ。悪者はさりますよ」
磯谷は開き直ると、捨て台詞を吐いて去って行った。
「大丈夫でしたか、姫宮さん?」
にっこりと微笑んで姫宮に訊ねた。
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
姫宮は素直に御礼を言うと、ぺこりと頭を下げた。
ここまでは姫宮の体の時と、同じことを再現している。
目の前にいる姫宮の中身が過去の俺なのか、オリジナルの姫宮なのか確認をする必要がある。
もし姫宮の中身が俺なら、再現からずれた言動をすれば時間が戻る。
何事も起きなければ、オリジナルの姫宮ということだ。
「俺の中身は柊一真だ。お前の中身も柊一真だろ?」
「えっ!?」
姫宮が驚きの表情を浮かべた。
次の瞬間、時間が巻き戻り、再び姫宮が御礼を言っていた。
──これで確定だ。
姫宮の中身は過去の俺。桜木さんの中身もおそらく過去の俺だろう。
「それじゃ、また明日。部室で」
「…………」
「……では、失礼します」
とりあえずの目的は果たせたので、姫宮と別れた。
昔の自分とのファーストコンタクトはいつも緊張する。
そのためかトイレに行きたくなったので、トイレに寄ってから教室に戻ることにした。
個室に入ってズボンを降ろした所で間違いに気付いた。
桜木さん、姫宮と二回連続で女体だったので、つい個室に入ってしまうクセがついていた。
今更個室を出るのも面倒なので、その場で済ませていたら、外から騒がしい女子達の声が聞こえてきた。
女子達は連れだってトイレに入ることが多いので、トイレ内は騒がしい。
ここで俺はさらなる間違いに気付いた。
──俺が今いるのは女子トイレだということに!
一度、桜木さんの時に間違えて男子トイレに入ってしまったことがある。
女子が男子トイレに入るのは許されるが、男子が女子トイレに入ることは許されない。
社会的に死ぬ。
神崎ざまぁ、と笑ってやりたいところだが、今は俺が神崎になっている。
このざまである。
このままじっとして、女子達がトイレから出て行くの待つしか方法がない。
しばらくして、女子トイレは静かになる。
全員が出て行ったようだ。俺はほっと一息を吐く。
聞き耳を立てながら、俺はそっと個室の鍵を開けて、外の様子を窺った。
──その時、誰かがトイレに入ってくる足音が聞こえた。
俺は素早く開けた扉を閉めて、個室内に避難する。
一歩一歩と近づいてくる足音が聞こえる。
そして足音が止む。
個室に入ったような気配は感じない。
俺の入っている個室の前に、そいつは立っている。
俺は息を潜めた。だが、そいつは一向に立ったままだ。
他の個室が空いているのに、俺が出るのを待っている。
もしかして、俺がいる個室がそいつの指定席なのだろうか。
他の個室では用を足せないとか、そういう変な拘りを持っている奴なのか。
だとしたら、まずい。
俺がここから出ない限り、そいつはどかないし、そいつがどかないと俺はここから出られない。
お互い一歩も引けない状態に陥ってしまっている。
デッドロック状態に!!
──コンッコンッ!!
個室の扉がノックされた。
とりあえあず無視する。
ドアが壊れてる風を装えば、中に誰もいないと勘違いして他にいくかもしれない。
俺はそれにかけた。
だが、しかし、
──コンッコンッコンッ!!
さらにそいつは扉をノックしてきた。
作戦は失敗だ。俺はしかたなくノックを返す。
万事休すっ!!
「……仁君でしょ?」
聞き覚えのある声が俺に呼びかけてきた。
「……詩季か?」
「やっぱり。それで、どうして女子トイレなんかに入ってるの?」
詩季は当然の質問をしてくる。
「考え事をしていたら、間違えて入っちゃったんだよ。それで出られなくて困ってた」
「……わかった。助けてあげる。私が廊下に出て誰もいないか確認するから、その隙に出て行って」
「ありがとう、助かるよ詩季」
俺がそう言うと詩季はトイレの出入り口に向かった。
そしてすぐに戻ってきた。
「誰も来なそうだから、出て来て」
「……わかった」
詩季に言われて俺は個室を出た。
「それじゃ、行こう」
詩季の後についてトイレの出入り口までやってくる。
詩季が顔を出して廊下に誰もいないことを確認する。
「大丈夫、誰もいない。早く出て!」
俺はそう言われて、さっと女子トイレから飛び出た。
「はあ、ホント助かったよ詩季。ありがとう」
「えへへ、仁君にありがとうって言われちゃった。……ねえ、御褒美ちょうだい?」
詩季は嬉しそうにおねだりをしてきた。
「ありがとうな」
俺は詩季の頭を撫でてやった。
「……もう仁君、そうじゃないよ。……んっ」
そう言って詩季は目を瞑って顔を俺に向けた。
どうやらキスをしろということらしい。
俺は廊下に誰もいないことを確認すると、素早く詩季のほっぺにキスをした。
「……もう仁君の照れ屋さんなんだから」
少し残念な顔をしながらも、嬉しそうに笑う詩季だった。




