姫宮衣千子・四日目・01「支倉美咲について」
朝、俺と優太は一緒にマンションを出る。
優太だけをマンションに置いておくわけにはいかない。
両親が帰ってきたら大変なことになるし、桜木さんに明日は優太を帰すと言ってしまった手前、優太には帰ってもらわないと困る。
「優太、自分の家に帰りなさい。って言っても帰りたくないよね。もし自分の家に帰りたくないなら、ここに行きなさい。街を放浪してまた不良に絡まれたら大変だし」
そう言って俺は柊のアパートの地図を優太に渡した。
「これは?」
渡されたメモを見て不思議そうな顔を浮かべる優太。
「まあ、知り合いの所。住人は良い奴だから勝手に上がっても大丈夫。保証する。鍵は電気メーターの上にあるから、それを使って部屋に入って。それと使った鍵はまた元の場所に戻して置いてね」
ここで俺が優太に柊のアパートに行くことを言わなくても、優太はなんらかのルートで柊のアパートに上がり込むかもしれない。
だが万が一があると怖いので、俺が柊の時に知り得た状況をなるべく再現する。
桜木さんが柊のアパートに迎えに来て、その帰り道に優太はおかしくなる。
それが飛び降りには必要なんだ。
「それじゃ、私は学校行くから」
時間が巻き戻ることもなく優太と分かれた。
どうやら再現は成功しているらしい。
「おはよう、美咲」
俺は美咲に挨拶をしながら自分の席に座った。
「おはよう、いっちゃん。昨日はびっくりしたよ。あんなところでいっちゃんと合うなんてさ」
あはは、と美咲は笑っていた。
「たまたま見かけたから、ついね」
本当はたまたまではなく尾行していたのだが、そんなことは言えるはずもない。
「それで優太の……」
「あの時、神崎先輩が助けに来てくれなかったら危なかったよね。それにしても神崎先輩は、ほんとにカッコイイなぁ。いっちゃんもそう思うよね?」
美咲は俺の言葉を遮って、神崎の話を始めた。
優太の話をしたくないようだ。
「……美咲」
「ああ、今日、優太休みなんだね。昨日、あんなことがあったんだから、学校に来れるわけないよね、ははは」
美咲は優太の席を軽蔑した目で見つめた。
「優太のこと許せないの?」
「私を置いて自分だけ逃げたんだよ? そんなのありえる? 最っ低だよ! 許すも何も優太とはもう別れたから、どうでもいいけどね」
優太の行動は確かに最低だ。
だけど、誰だって間違いを犯すことはある。
「優太は、きっと混乱しちゃったんだよ。楽しいデートのはずがいきなりあんなトラブルに巻き込まれちゃってさ」
俺は優太のことを擁護した。
「妙に優太の肩を持つね。もしかしていっちゃん。優太のこと好きなの?」
美咲は何を勘違いしたのか、変なことを訊いてきた。
「違うよ。そういうのじゃない。私は美咲と優太が仲直りして欲しいだけ」
本当は美咲と優太の仲が戻ってしまったら、一番困るのは俺だ。
一生姫宮の体で生きていかなければならなくなる。
だが今はそんなの関係無しに、二人には仲直りして欲しいと思う。
矛盾した願いなのは分かっている。
だけど、もし本物の姫宮だったらどうするかを考えた時、やっぱり本物の姫宮も俺と同じことをするだろうと思う。
これは確信できる。
「私と優太が元通りになると、いっちゃんに何かメリットがあるの?」
「険悪な雰囲気よりも仲が良い方がいいじゃない。また三人で仲良くやっていきたいだけだよ」
「嘘ね」
美咲が決めつけた言い方をする。
「……何が嘘なの?」
俺の矛盾した気持ちがバレたのだろうか。
「私と優太を元鞘に戻して、いっちゃんは神崎先輩を奪うつもりなんでしょ?」
「はあ? なんで私が神崎先輩を奪うって話になるの?」
美咲の言っている意味が分からなかった。
「私、神崎先輩が好きなの。だから、もう優太に戻るつもりはないよ。優太はいっちゃんにあげるから、好きにして」
美咲は優太をモノ扱いして、さらりと酷いことを言い放つ。美咲は新しく出来た好きな人に乗り換えたいのだ。
その言い訳として、優太が一人で逃げたことを責めている。
優太がフラれたのは、全部優太の責任だと思っていたがそれは違う。
美咲の方にも問題があったのだ。
優太が一人で逃げようが逃げまいが、どのみち二人は別れていただろう。
美咲は昔から流行に乗って好きな男性アイドルをコロコロと変えていた。
周りが良いと言ったモノを好きになるのだ。
自分からは好きにならず、周りの誰かが好きだと言ったモノを好きになる。
優太を好きになったのも、クラスの誰かが優太のことが好きだといった噂が流れたから好きになった。それだけなのだ。
学校内で神崎の人気は高い。美咲が好きになっても全然おかしくない。
「……分かったよ」
俺は人間の醜い部分を垣間見てウンザリした。
美咲とはもうこの話をしないと決めた。
「あれ、今、いっちゃんに似た人が廊下を歩いて行ったよ?」
美咲が廊下を指さして、驚いていた。
「……私に似てる」
私に似てる。その言葉を聞いてドキリとした。
俺以外で俺に似ている人物がいるとしたら、それは凜子だ。
まさか凜子が学校に来てるのだろうか。
廊下に出ようとしたところで、チャイムが鳴ってしまい確認しに行くことが出来なかった。




