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姫宮衣千子・三日目・03「二人の夜」

 マンションの植え込みのところに、座り込んでいる優太を見つけた。


「優太、こんなところで何してるんだよ?」


 俺はふさぎ込んでいる優太の頭に話しかけた。


「っ…………」


 優太の体がびくりと震える。

 だが、顔を上げることはなかった。


「優太、へこむなら自分の家でへこみなさい」

「…………」


 完全に無視モードのようだ。

 ここに優太を放置したら、誰かが警察に通報するかもしれない。

 そんなことになったら困るので、優太を部屋に入れることにした。


「……しょうがない。ウチに来なさい。ほらっ立って!」


 優太の手を取って無理矢理立ち上がらせようとするが、腕を振り払われてしまった。


「優太、手間掛けさせないでくれる? あんた自分が悪いと思ってるなら、さっさと立って私について来なさいよ。ついて来ないなら警察呼ぶわよ!」


 俺は少しムッとして語気を荒くした。


「……わかったよ」優太は小さく呟くとようやく立ち上がった。

「部屋には私一人だから、大丈夫」


 玄関のところで、躊躇した優太に声を掛ける。

 すると、少し安心したようで、すんなりと部屋に入ってきた。


「適当なところに座って、後、スマフォ貸して」

「どうしてスマフォを?」優太は床に座りながら、訊いてきた。

「もう遅いから今日はウチに泊まっていきなさい。家の人が心配するから連絡しておく。それとも自分で電話する?」

「……はい」


 優太にスマフォを渡されて、俺は電話を掛けた。


『もしもしお姉ちゃんです。優太、どうしたの?』


 電話の向こうから桜木さんの声が聞こえてきた。

 俺は桜木さんだった頃を思い出して泣きそうになった。


『……もしもし?』


 俺が無言だったので、桜木さんが心配そうな声になった。


「こんばんわ桜木先輩。私が誰だか分かりますか?」


 俺はワザと明るく戯けるように話しかけた。

 桜木さんに優太を一晩預かることを告げて電話を切った。


「どうして逃げたの?」俺は優太にスマフォを返しながら訊ねた。

「…………」優太は俺の質問には答えようとしない。

「自分の彼女を置いて逃げるって、どうなのよ?」

「…………」

「逃げたこと。後悔してるんでしょ?」

「…………」

「美咲に謝ろう。そうすれば許してくれるよ」

「もう駄目だよ」


 優太がぼそりと呟いた。


「どうして?」

「美咲から別れるって、メールで」

「美咲が好きなんでしょ? もっと食い下がりなさいよ。そうすれば美咲だって許してくれる」

「……っさい」

「え? なに? 声が小さくて聞こえないんだけど?」

「…………」

「声も小さいし、度胸もない。もっとしっかりしなさいよ」


 俺はため息混じりに優太に活を入れた。


「うるさいうるさいうるさい! 黙れよ!」


 優太は突然、立ち上がって叫ぶと、俺の両手を押さえて床に押し倒した。

 俺は仰向けになり、上から優太が馬乗りになってきた。


「ははは、お前こそなにも出来ないじゃないか。僕より弱いくせにえらそうなこと言うなよ」


 優太が自虐的な笑みを浮かべ、俺を見下ろしていた。


「ちょっと、なにすんの! ん、んん」


 俺は優太から逃れようと暴れるが、両手を頭の上で押さえられて逃れられない。

 優太がいくじなしだとしても、男と女では体格差がありすぎて、まったく敵わない。

 まさか優太がこんな暴挙に出ると夢にも思わず油断した。


「ははは、どうだ怖いだろ? 僕は今、姫をどうにでも出来る。服を脱がして裸にすることだって出来る。怖いだろ、恐ろしいだろ? ははは、逃げだしたいだろ?」

「…………」


 俺はただ優太を下からじっと見つめた。


「怖くて声も出せないのか? ははは、あの時の僕の気持ちが分かったか?」

「…………」

「何か言えよ? 助けてくださいって言えよ。止めてくださいって言えよ。ごめんなさいって言えよ。許してくださいって言えよ!」


 俺を組み敷いてることで、優太の態度が大きくなっていた。


「…………」


 いつもこれくらい強気なら良いのに、と俺は思った。


「い、言わないなら、言わせてやるぞ!」


 優太は両手で俺を押さえていたのを片手に持ち返ると、空いた方の手をそっと俺の胸に置いた。


「ほ、ほら、言えよ。言わないなら、も、揉むぞ? いいのか?」


 優太はどもりながら、俺に脅しを掛けてきた。


「…………」俺は何も言わずただ優太の顔を見つめた。

「……なんで何も言わないんだよ。なにか言ってくれよ」


 優太は急に弱気になってしまった。


「……やれば出来るじゃん。単なる意気地無しかと思ったけど、見直したよ」


 俺は笑顔で優太を褒めた。


「えっ?」


 優太はあっけに取られて固まった。

 一瞬だけ優太の押さえる力が緩んだ。

 俺はその隙に拘束から逃れ、そして優太の頬に平手打ちをかました。


 ──パシン! という音が部屋に響いた。


「重たいでしょ。いつまで乗ってるのよ」俺は優太を下から睨み付けた。

「ご、ごめん」平手を受けた頬を押さえながら、優太は俺の上から退いた。

「今度、こんな真似したら、警察行きだからね?」


 俺は優太にもうしないよう念を押す。


「はい、ごめんなさい。もうしません」


 優太は深々と頭を下げて素直に謝った。


「よろしい。じゃ、ご飯にしましょ。用意するから待ってて」


 俺は平然とした態度で台所に向かった。

 優太に馬乗りにされた時、本当は怖くてたまらなかった。

 けど怖がったら優太を認めることになってしまう。そう思ったので必至に耐えた。

 なんとか危機を脱することが出来たけど、結局は優太と美咲の仲を戻すことは出来ない気がした。

 むしろ戻してしまったら、再現・・が失敗することになる。

 今、時間が戻ってないということは、再現できてるということだ。


 柊と桜木さんの飛び降りが切っ掛けで、時間の遡行と意識の入れ替えが起きてるのは間違いない。

 だけど、それは柊と桜木さんの二人だけの問題じゃない。

 姫宮もそれに巻き込まれているのが、その証拠だ。

 もし柊と桜木さんの二人だけの問題なら、俺が桜木さんだった時に飛び降りたら、柊の体に戻っていたはずだ。

 しかし、そうはならないで姫宮になってしまった。


 もしこれが三人の問題だとしたら、もう一度、柊と桜木さんが飛び降りをすれば、今度こそ俺は柊の体に戻るかもしれない。

 だとしたら、優太と美咲が別れることを俺が止めたりしたら、飛び降りが行われずに一生俺は姫宮のままになってしまう。

 だから、俺は柊や桜木さんだった時に知り得たことを再現しなければならない。

 まあ普通にしれてば再現出来るのだが、無駄に知っているからといって違うことをするのは危険だ。

 絶対に、二人の飛び降りは起こさなければならないんだ。


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