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忘却の治癒師 ~娘に忘れられても、俺は何度でも父親になる~  作者: レモンティー


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番外編第二話 娘は毎朝、知らない父親に感謝の手紙を書いていた

最初の手紙は、食卓の端に置かれていた。

『オズマさんへ。

昨日は部屋を案内してくれてありがとう。

台所の場所をまた忘れたら、ごめんなさい』。

オズマはその短い文字を何度も読んだ。

治癒によって娘の中から父の記憶が消えてから、家には新しい決まりが増えていた。

扉を開ける前に声をかけること。

昔の話をする前に、聞きたいか尋ねること。

そして、ミウが返事に困ったときは待つこと。

手紙はその決まりの一つではなかった。

娘が自分で始めたことだった。


翌朝、二通目が届いた。

『昨日のスープは熱かったです。

でも、おいしかったです。

あなたはどうして私の嫌いな野菜を知っているのですか』。

オズマは返事に迷った。

七年間、毎日一緒に食事をしたからだと書けば、娘はまた知らない時間の重さに押しつぶされるかもしれない。

彼は小さな紙に書いた。

『昨日、君が皿の端によけたから。

今日は別の野菜を入れてみるよ』。

本当のことだった。

過去の知識を証明に使わず、昨日の出来事から今日の食事を作る。

それが今の二人にできることだった。


三通目は封筒に入っていた。

『質問があります。

あなたは私のお父さんですか』。

オズマは椅子から立てなかった。

隠し続けるつもりはない。

だが、父だと言うことと、娘が父だと思えることは違う。

返事には、記録上も血縁上も父親であること、しかしミウがそう呼ぶ必要はないことを書いた。

自分の署名の下に、オルドやサーラにも確かめられると添えた。

返事を読んだミウは、しばらく黙っていた。

「嘘だとは思いません。でも、気持ちが追いつかないんです」

「それでいい」

オズマは、その答えを言うために何年も待っていたような気がした。


四日目、手紙は来なかった。

オズマは空いた場所を見ないようにして朝食を作った。

昼になってもミウは部屋から出てこない。

心配して扉を叩くと、「今は一人にして」と返ってきた。

夕方、ミウは食卓に座り、何も書いていない紙を差し出した。

「今日は何も言葉が浮かびませんでした」

「無理に書かなくていい」

「書かないと、昨日の私が消えちゃう気がする」

オズマは紙の隅に日付だけを書いて返した。

「言葉のない日も、君がここにいた日は消えない」

ミウはその紙を、ほかの手紙と一緒に箱へしまった。


五日目には、エマが訪ねてきた。

ミウは幼なじみだと説明されても、すぐには親しく話せなかった。

エマは昔の二人が好きだった遊びを始めようとして、途中で手を止めた。

「今日は何がしたい?」

ミウは考え、庭の花を見に行きたいと答えた。

二人は知らない花の名を調べ、泥で靴を汚して帰ってきた。

その夜の手紙には、こうあった。

『エマさんは、私が昔のことを知らなくても怒りませんでした。

あなたも怒らないのは、どうしてですか』。

オズマは『君が忘れたことは、君が選んだことではないから』と返した。

一週間ほどたった日、ミウは町で知らない女に声をかけられた。

「まあ、オズマ先生のお嬢さん。元気になってよかった」

女は親しげだったが、ミウには誰か分からない。

女が昔の話を続けるうちに、ミウは顔を伏せてしまった。

オズマが間に入って話を切り上げると、女は困ったように謝った。

帰宅後、ミウは言った。

「私のことを知っている人が、私よりたくさんいるんですね」

「そうだね」

「私は、みんなの期待する私にならなきゃいけないの?」

「ならなくていい。今日の君のことを、これから知ってもらえばいい」


その晩の手紙は、いつもより長かった。

『今日、あなたは私が困っているのに気づいてくれました。

私は自分でも、何が嫌なのか分からなかったのに。

あなたは昔の私を知っているから気づいたのですか。

それとも、今日の私を見ていたからですか』。

オズマは返事を書き直した。

最初は『父親だから』と書いた。

しかし、それでは答えにならない気がした。

『君が話すのをやめて、靴の先を見たから。

困ったときの合図は、人によって違う。

私は今日、君の合図を一つ覚えた』。


翌朝、ミウはその返事を読み、ほんの少し笑った。

「じゃあ、私もあなたの合図を覚えます」

次の手紙には、父が疲れているときの様子が並んでいた。

湯呑みを二度持ち上げて飲まないこと。

机の端を指で叩くこと。

笑う前に目を閉じること。

『これが合図なら、あなたも疲れたときは休んでください』。

オズマは思わず顔を覆った。

娘は父を覚えていない。

だが、知らない人を観察し、気遣うことはできる。

失われた記憶がなくても、優しさは新しく生まれる。

その日から彼は、夕方になると仕事を一つサーラに頼み、娘と茶を飲む時間を作った。


手紙が増えるにつれ、ミウは自分の箱に小さな仕切りを作った。

質問した日、答えをもらった日、まだ答えを聞く勇気がない日。

三つに分けると、全部を一度に理解しなくてもよい気がした。

オズマは仕切りを見て、「返事が要らない手紙もあっていい」と言った。

ミウは驚いて顔を上げた。

「返事がないと寂しくないですか」「寂しいことはある。でも、君が書きたいから書いた言葉なら、それで十分だよ」。

その日の夜、箱には封をしていない一枚の紙が増えた。

『今日は一緒に窓から雨を見ました。

返事はいりません』。

オズマはその紙を読んで、初めて何も書き足さずに眠った。

翌朝、ミウは空白の裏面を見て笑った。

返事がないことも、約束を守ってくれた証拠になるのだと分かったからだった。


十通目の手紙を前に、ミウは珍しく照れた。

「変なことを書いたから、笑わないでください」

『もし私にお父さんがいるなら、あなたみたいな人がいいです。

私が失敗しても怒らず、知らないことを教えてくれて、でも何でも知っているふりをしない人。

あなたが本当に父親なら、私は運がよかったんだと思います』。

オズマは読み終え、紙を伏せた。

涙が文字を濡らしそうだった。

「笑わないよ」

「悲しいんですか?」

「嬉しいんだ」

「でも、私はまだ、お父さんとは呼べません」

「呼ばなくていい」

オズマは、初めて心からそう言えた。


ミウは箱から白紙を一枚取り出した。

「明日も書いていいですか」

「もちろん」

「明日は、今日のことを忘れているかもしれません」

「そのときは、また最初から話そう」

ミウは頷き、白紙の右上に明日の日付だけを書いた。

オズマは箱を棚にしまわず、娘の手が届く場所に置いた。

いつか手紙が途切れても、何も失敗ではない。

明日また一緒に朝食を食べられるなら、それだけで十分だった。


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