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忘却の治癒師 ~娘に忘れられても、俺は何度でも父親になる~  作者: レモンティー


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第五十九話 忘れられた父親の誕生日

オズマの誕生日を知ったのは、ミウが診療所の古い登録簿を整理していたときだった。

名前の横に、小さく生年月日が書いてある。

あと三日。

「誕生日、近いんですね。今度は私が、お祝いする側ですね」

オズマは書類から顔を上げた。

「そうだったかな」

「忘れてたんですか」

「忙しくてね」

ミウは呆れた。

「自分の誕生日くらい、覚えていてください」


その夜、彼女はサーラに相談した。

「オズマさん、何が好きですか」

「甘いものは好きね。でも自分ではあまり食べないわ」

「何を贈ったら喜ぶでしょう」

「あなたが自分で選んだものなら、何でも」

「それじゃ答えになってません」

サーラは笑った。

翌日、ミウは市場で小さな蝋燭を三本買った。

大きなケーキは高い。

自分の小遣いだけで用意するには、焼き菓子を作るのが精いっぱいだった。

エマが手伝いに来た。

二人で小麦粉を量り、卵を割り、蜂蜜を混ぜる。

「砂糖は?」

「少しだけ」

「ミウの『少し』は信用できない」

「失礼ね」

笑っているうちに、最初の菓子は焦げた。

二つ目は膨らまなかった。

三つ目でようやく、小さな丸いケーキができた。

「形、歪んでる」

「でも食べられるよ」

エマは指でクリームを少しすくい、頷いた。

「それに、オズマ先生なら絶対喜ぶ」

「先生だからじゃなくて、オズマさんだから喜んでほしい」

ミウはそう言って、ケーキを箱に入れた。

誕生日の朝、オズマはいつもどおり診療所へ行こうとした。

ミウは玄関で立ちふさがった。

「今日は早く帰ってきてください」

「急患がなければね」

「急患があったら、オルド先生と相談してください」

オズマは笑った。

「分かった。約束する」


昼過ぎ、診療所に怪我をした職人が運び込まれた。

オズマは反射的に治癒の準備を始めたが、オルドが止めた。

「傷は深いが、普通の処置で間に合う。お前は記録をつけてくれ」

「しかし」

「私たちにも仕事をさせろ」

オズマは手を下ろした。

職人の傷は縫い合わされ、包帯が巻かれた。

命に別状はない。

夕方、彼は約束どおり家へ帰った。

台所は暗かった。

「ミウ?」

返事がない。

オズマが灯りをつけると、小さなケーキが机の真ん中に置かれていた。

蝋燭は三本。

横には、少し曲がった字で『誕生日おめでとう』とある。

「おかえりなさい」

ミウが物陰から現れた。

エマとサーラも後ろで笑っている。

「……私の誕生日?」

「忘れてたんでしょう。だから祝います」

オズマはケーキを見つめた。

これまでの誕生日は、誰かを治す日と変わらなかった。

マリアが生きていた頃は、毎年小さな贈り物があった。

妻を失ってからは、祝われること自体を避けていた。

「どうして泣くんですか」

ミウが困ったように尋ねる。

「嬉しいからだよ」

「まだ食べてないのに」

「食べる前から嬉しい」

蝋燭に火を灯すと、ミウが言った。

「願い事をしてください」

「もう叶っているよ」

「そういうの、ずるいです。ちゃんと考えて」

オズマは目を閉じた。

娘の病が治ることを、何度も願った。

誰にも忘れられないことを、密かに願った夜もある。

だが、今は別の願いが浮かんだ。

明日も、ここへ帰ってきたい。

火を吹き消すと、ミウが拍手した。

エマもサーラも手を叩いた。

「プレゼントはもう一つあります」

ミウは小さな紙を差し出した。

『来年も、私と一緒に誕生日を祝ってください』。

オズマは紙を受け取った。

「もちろん」

誕生日の翌日、オズマは診療所へ持っていく鞄の底に、小さな紙片を見つけた。

『帰るのを忘れないで』。

ミウの字だった。

オズマは笑い、鞄の内側に紙を留めた。


午後、急ぎの往診依頼が来たときも、その紙が目に入った。

患者の容体は重くなかった。

オルドと分担して処置を終え、オズマは夕暮れ前に帰宅できた。

「今日は早いですね」とミウが言う。

「君のおかげだよ」「私は何もしてません」「紙が役に立った」

オズマが鞄を開けると、ミウは顔を赤くした。

「見つけちゃいましたか」

二人は笑った。

その週、オズマは久しぶりにマリアの遺した小箱を開けた。

中には昔の誕生日の贈り物が入っている。

糸で縫った栞、乾燥させた花、そして『今年も無事に帰ってきて』と書かれた短い紙。

オズマは長く見つめた。

妻もまた、彼が自分の命を後回しにすることを恐れていたのだ。

ミウはその紙を読んで尋ねた。

「お母さんも、帰ってきてほしかったんですね」「ああ」「じゃあ、私のお願いと同じです」

オズマは頷いた。

マリアの言葉を、過去から届いた叱責としてではなく、今も続く願いとして受け取れた。

夕食後、ミウは残ったケーキを二つに分けた。

「お父さんの誕生日なのに、私の方がたくさん食べた気がします」「それは毎年のことになりそうだね」

ミウは笑ってから、少し真面目な顔になった。

「来年はもっと上手に作ります」「今年のもおいしかったよ」「じゃあ来年は、違う味にします」

オズマはその未来の話を聞きながら、自分の誕生日が少し楽しみになっていることに気づいた。

「私が忘れたら、教えてください」


翌週、サーラはオズマに尋ねた。

「誕生日、どうだった?」

オズマは少し照れながら、「嬉しかったよ」と答えた。

「それなら来年も、ちゃんと予定を空けなさい」

オズマは笑って頷いた。

サーラは続けた。

「あの子はあなたのために何日も準備したの。仕事が大切なのは分かるけれど、誰かがあなたを待っている時間も大切にして」

オズマは窓の外を見た。

以前の自分なら、待たせている人のことを考えると罪悪感ばかり覚えただろう。

今は、帰ることを楽しみにしていいのだと思える。

診療所に戻ると、彼は翌月の勤務表に休みの日を一つ書き入れた。

オルドが見て「ようやく覚えたか」と笑う。

オズマは頷いた。

「来月は娘と市場へ行くんだ」

休む予定を堂々と話せたのは、彼にとって小さくない変化だった。

誕生日の翌朝、オズマは机の上に小さな紙片を見つけた。

『来年は何を食べたいですか』。

ミウの字だった。

彼は長く考えた末、『君と一緒に選びたい』と返した。

帰宅したミウはそれを読み、「それは料理の名前じゃありません」と笑った。

オズマも笑い、来年の約束がすでに始まっていることを知った。

「忘れても、また一緒に決めよう」


その日の夜、ミウは余った蝋燭を箱にしまった。

「来年も使うの?」とオズマが聞くと、「来年は新しいものを買います。これは今年の記念です」と答えた。

小さな蝋燭は、父が初めて自分のために帰宅した日の印になった。

ミウは頷いた。

誕生日を祝うことは、昔の記憶を取り戻す試験ではない。

これから先、同じ日を何度でも迎えるための約束だった。

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