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忘却の治癒師 ~娘に忘れられても、俺は何度でも父親になる~  作者: レモンティー


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第四十八話 父親を知らない娘との暮らし

ミウが家に戻った日、オズマは玄関の前で立ち止まった。

いつもなら娘が駆け込む場所だ。

しかしミウは、初めて訪れる家のように周囲を見回した。

「ここ、私の家?」

オズマは「そうだよ」と答え、部屋を一つずつ案内した。

台所の棚には背丈を測った傷があり、寝台のそばには古い人形があった。

ミウは一つずつ確かめ、知らない自分の暮らしを探るように触れた。

オズマは「前はこうだった」と言いすぎないよう気をつけた。

過去を押しつけるより、娘が今どう感じるかを聞きたかった。

夕食の席で、ミウは焼いた根菜を一口食べて顔をしかめた。

「ちょっと焦げてる」

オズマは思わず笑った。

以前のミウも同じことを言ったからだ。

けれど笑いの理由を尋ねられ、彼は「料理が下手なんだ」と答えた。

二人は初めて一緒に笑った。


翌朝、ミウは自分から台所の手伝いを申し出た。

眠る前、ミウが尋ねた。

「あなたのこと、何て呼べばいい?」

オズマは少し考えた。

「好きに呼んでいいよ」

ミウは「じゃあ、オズマさん」と言った。

胸に小さな痛みが走った。

それでも彼は微笑んだ。

「おやすみ、ミウ」

新しい一日が始まったのだ。

その晩、オズマは台所の机に二枚の紙を置いた。

一枚には娘の薬と診察の日程、もう一枚には娘が好きだと言った料理や散歩道を書いた。

病気の記録だけでは、暮らしは続かない。

ミウがやって来て、二枚目を覗き込んだ。

「私、まだ好きなものを全部決めてないです」

オズマは筆を渡した。

「じゃあ、空けておこう」

娘はしばらく考え、「明日は甘いパン」と書き加えた。

紙の余白はまだ広かった。

オズマはその白さを、以前のように失われた記憶の穴とは思わなかった。

これから二人で埋めていける場所だった。

ミウは紙を机の端に置き、「忘れないように、朝見ます」と言った。

オズマは「私も見るよ」と答えた。

オズマは娘の新しい好みを日記の別頁に書き始めた。

家の中でミウが最初に決めたのは、寝室の扉を閉めることだった。

「眠るときは、一人がいい」

オズマは胸が痛んだが、扉の外から「困ったら呼んで」とだけ告げた。


しばらくして、向こうから小さな声がした。

「水差し、どこですか」

オズマは置き場所を伝え、入ってもいいか尋ねた。

許可をもらってから入る。

かつて必要のなかった一言が、今は二人の暮らしを守っていた。

サーラが訪ねてきたとき、ミウは父親の好きな食べ物を尋ねた。

「昔は何を作ってあげたの?」

サーラは答えかけ、ミウの顔を見て言い直した。

「今夜は何を食べたい?」

ミウは野菜のスープを選んだ。

オズマは鍋を用意し、三人で味を確かめた。

塩を入れすぎて水を足すと、ミウが声を立てて笑った。

その笑いを聞いて、オズマは昔の台所を思い出したが、口には出さなかった。

今夜の笑いは今夜のものだった。

台所で、ミウは二つの皿の置き場所を入れ替えた。

「こっちのほうが取りやすい」

オズマは長年の習慣で元に戻しかけ、手を止めた。

娘が帰ってきた家を、過去の形に固定する必要はない。

「そうしよう」

ミウはほっとしたように笑った。

記憶のない娘にとって、家は見知らぬ場所だった。

その家を少しずつ自分の場所に変える権利は、娘にあった。


翌朝、ミウは台所の前で、昨日より長く考え込んでいた。

「昨日の私と今日の私は、同じ私かな」

オズマは答えを急がなかった。

「違うところもある。でも、どちらも君だよ」

娘は首をかしげ、それから小さく笑った。

「じゃあ、明日の私にも教えてあげよう」

その言葉を聞いて、オズマは記録を残す理由が少し変わったことに気づいた。

失った記憶を数えるためではない。

明日の娘が、自分の好きなものを選べるようにするためだった。

寝る前、ミウは扉の隙間から顔を出した。

「あの、明日もここにいていいですか」

オズマは驚いた。

「もちろん」

すると娘は少し困ったように眉を寄せた。

「私の家なのに、変な質問ですね」

オズマは首を振った。

「変じゃない。何度でも聞いていい」

ミウは安心して扉を閉めた。

廊下に一人残ったオズマは、娘が戻ってきたのではなく、娘と新しい暮らしを始めたのだとようやく実感した。


昼過ぎ、サーラが台所を見て「ここは急がなくていい」と言った。

オズマは、急がなければ手遅れになるという恐怖にずっと追われていた。

だが、今できることを丁寧にする時間まで奪ってはいけない。

ミウはサーラの手から布を受け取り、端をきれいに折った。

失敗すると二人で笑った。

その笑い声が部屋の奥まで届き、オズマは久しぶりに深く息を吸った。

夕方、オルドは台所のそばでオズマに尋ねた。

「お前は、自分のことを責めていないか」

オズマは答えられなかった。

助けられた命の数を数えても、娘の苦しみが軽くなるわけではない。

オルドは続けた。

「責任を取ることと、すべてを一人で背負うことは違う」

オズマはその言葉を胸に留めた。

誰かに支えられるのは、弱さではない。

娘にそれを教えるためにも、まず自分が受け入れなければならなかった。


その晩、オズマは台所を見つめ、マリアに話しかけるように心の中でつぶやいた。

もし君がここにいたら、私はもっと上手に笑えただろうか。

返事はない。

それでも、亡き妻の思い出は彼を過去へ閉じ込めるものではなかった。

ミウが今夜も眠り、明日目を覚ます。

そこに手を伸ばす勇気を、かつて妻と過ごした時間が支えていた。

翌朝、ミウは台所で焦がしたパンを前に困っていた。

オズマは「昔は上手だった」と言いそうになり、口を閉じた。

「私もよく焦がす」と言って別のパンを差し出す。

ミウは笑い、半分を皿に載せた。

「じゃあ、次は一緒に焼きましょう」

過去の思い出ではない、新しい約束が一つ増えた。

次の日、ミウは台所について、自分の言葉で短い文章を書いた。

文字はところどころ傾いていたが、オズマは直さなかった。

娘が残したいと思った言葉を、父親の都合で整えたくなかったからだ。

「読みにくい?」と聞かれ、「ちゃんと読めるよ」と答えた。

ミウは満足そうに頷いた。

その表情を見て、オズマは今日という日が記録の中だけではなく、確かにここにあると感じた。


翌朝、甘いパンを買いに出る前に、ミウは玄関で靴紐を結び直した。

オズマは待った。

急がせなくても、二人の朝はちゃんと始まる。

夜、ミウは家の鍵を掌に載せて眺めた。

「私が持っていてもいい?」

「もちろん」

オズマはそう答え、予備の鍵の場所も教えた。

自分の家だと感じるには、誰かに案内されるだけでは足りない。

自分で扉を開けられることも必要なのだ。

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