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忘却の治癒師 ~娘に忘れられても、俺は何度でも父親になる~  作者: レモンティー


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第四十六話 最後の患者は娘だった

夜明け前、ミウの呼吸が乱れた。

指先が冷たくなり、名前を呼んでも目が合わない。

オルドが脈を確かめ、フェルが封印装置を支えた。

オズマは寝台の横で、娘の手を取った。

「ミウ、聞こえるか」

薄く開いた目が父を捉えた。

「お父さん……海……」

それが治療前に娘が発した最後の言葉だった。

オズマは「行こう」と答えた。

いつになるかは言えなかった。

それでも、約束を嘘にしたくなかった。

金色の光が部屋を満たした。

青い結晶の侵食が血管からほどけ、傷ついた神経がつながっていく。

オズマの頭の中では、娘との思い出が一つずつ鮮やかに浮かんだ。

初めて歩いた日。

雨の日の抱擁。

日記に書かれた曲がった文字。

彼の記憶は消えない。

消えるのは娘の中の彼だった。

フェルの指先が装置の縁で震えていた。

彼もまた怖かったのだ。

光が収まる直前、オズマは娘の額に残る汗を拭った。

幼い頃、熱を出したミウが同じように彼の袖を握ったことがあった。

今の手は握り返さない。

オルドが脈を取り、「安定している」と告げる。

オズマは安堵のあまり声を出せなかった。

命が戻ったことを喜ぶのに、娘から名前を呼ばれる必要はなかった。

だが、呼ばれない痛みも確かにそこにあった。

光が静まった。

ミウの呼吸は穏やかになり、頬に血の色が戻った。

オズマは膝をついた。

「生きてる……」

そのとき娘が目を開けた。

「……ここ、どこ?」

彼は泣きながら笑った。

「治療院だよ」

娘は彼を見つめた。

「あなたは、誰?」

治癒の最中、ミウの指が一度だけオズマの指を握り返した。

反射かもしれなかった。

彼はそれを奇跡の証拠にしなかった。

ただ、手を離さずにいた。

光が弱まり、娘の額から熱が引くと、オルドが新しい布を当てた。

フェルは装置の数値を読み上げ、治癒の結果を一つずつ確かめた。

部屋にいた誰も、娘の記憶についてはまだ何も言わなかった。

オズマはそれでよかった。

命が助かったことと、何を失ったかを知ることは別の出来事だ。

娘が目を開けたら、まず名前を告げる。

それから彼女の言葉を聞く。

父親である自分が望む答えを先回りして与えてはいけない。

彼は何度もそう心に決め、娘の呼吸に耳を澄ませた。

治癒の直前、オズマはサーラに赤い日記を預けた。

「目覚めた娘に、いきなり読ませないでくれ。まず体のことを説明して、読みたいか尋ねてほしい」

サーラは頷いた。

オズマ自身は、治癒が終わったら娘の最初の質問に正直に答えると決めた。

たとえそれが、自分を知らないという言葉でも。

オズマは掌に魔力を集める前、治療院の扉を振り返った。

そこにはサーラとフェルが立ち、オルドが娘の容体を見守っていた。

かつて彼は、治癒の代償を一人で受け止めるのが当然だと思っていた。

しかし今は、治癒のあとに娘を支える人たちがいる。

彼は「お願いします」と頭を下げた。

サーラは泣きながら頷いた。

フェルは記録板を握り直した。

誰かの助けを借りることが、最後の治癒を選ぶ条件だった。

オズマは治療の前に、娘が望んだ通り日記を枕元に置いた。


翌朝、ミウは治療の光の前で、昨日より長く考え込んでいた。

「昨日の私と今日の私は、同じ私かな」

オズマは答えを急がなかった。

「違うところもある。でも、どちらも君だよ」

娘は首をかしげ、それから小さく笑った。

「じゃあ、明日の私にも教えてあげよう」

その言葉を聞いて、オズマは記録を残す理由が少し変わったことに気づいた。

失った記憶を数えるためではない。

明日の娘が、自分の好きなものを選べるようにするためだった。

昼過ぎ、サーラが治療の光を見て「ここは急がなくていい」と言った。

オズマは、急がなければ手遅れになるという恐怖にずっと追われていた。

だが、今できることを丁寧にする時間まで奪ってはいけない。

ミウはサーラの手から布を受け取り、端をきれいに折った。

失敗すると二人で笑った。

その笑い声が部屋の奥まで届き、オズマは久しぶりに深く息を吸った。

光の中で、オズマは娘の幼い声を思い出した。

転んだ膝を治した日、ミウは泣きながら「痛くなくなった」と笑った。

あのときの小さな傷なら、父の名前は消えなかった。

今は違う。

治癒が進むにつれ、青い結晶の反応が弱まり、ミウの呼吸が安定した。

オルドの指示でオズマは術を止め、最後の脈を確かめてもらった。

父親として抱きしめたい衝動を抑え、患者としての安全を優先した。

娘が生きている。

その事実を、誰よりも先に確かめたかった。

夕方、オルドは治療の光のそばでオズマに尋ねた。

「お前は、自分のことを責めていないか」

オズマは答えられなかった。

助けられた命の数を数えても、娘の苦しみが軽くなるわけではない。

オルドは続けた。

「責任を取ることと、すべてを一人で背負うことは違う」

オズマはその言葉を胸に留めた。

誰かに支えられるのは、弱さではない。

娘にそれを教えるためにも、まず自分が受け入れなければならなかった。


その晩、オズマは治療の光を見つめ、マリアに話しかけるように心の中でつぶやいた。

もし君がここにいたら、私はもっと上手に笑えただろうか。

返事はない。

それでも、亡き妻の思い出は彼を過去へ閉じ込めるものではなかった。

ミウが今夜も眠り、明日目を覚ます。

そこに手を伸ばす勇気を、かつて妻と過ごした時間が支えていた。

光が消えると、部屋は驚くほど静かだった。

オルドが呼吸と脈を確かめ、フェルが青い結晶の反応を検査した。

「命はつながった」

その声を聞いても、オズマは喜びの声を出せなかった。

娘の手が温かい。

それだけで十分なはずなのに、次に開く瞳を恐れていた。

ミウのまつげが震えた。

オズマはその名を呼ばず、目覚めを待った。

次の日、ミウは治療の光について、自分の言葉で短い文章を書いた。

文字はところどころ傾いていたが、オズマは直さなかった。

娘が残したいと思った言葉を、父親の都合で整えたくなかったからだ。

「読みにくい?」と聞かれ、「ちゃんと読めるよ」と答えた。

ミウは満足そうに頷いた。

その表情を見て、オズマは今日という日が記録の中だけではなく、確かにここにあると感じた。

サーラは預かった赤い日記を胸に抱いた。

そこには治療前のミウの言葉が残っている。

けれど日記をいつ開くかは、目覚めたミウ自身が決めることだった。

娘の呼吸が落ち着いたあとも、オズマは寝台のそばにいた。

眠っている顔は幼い頃とよく似ていた。

しかし、目覚めたときに同じ言葉が返るとは限らない。

彼は手を伸ばすのをやめ、娘が自分から目を開けるのを待った。

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