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忘却の治癒師 ~娘に忘れられても、俺は何度でも父親になる~  作者: レモンティー


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第四十三話 治療を受けた人々の証言

グラディスの呼びかけで、かつてオズマに救われた人々が治療院を訪れた。

彼らはオズマの顔を見ても思い出せない。

だが、骨折が治った日付、家に帰れた夜、失わずに済んだ家族の姿は覚えていた。

最初に来たミーナは、母親の後ろから小さな包みを差し出した。

「先生のこと、覚えてない。でもお母さんが、私を助けた人がいるって」

包みには雨の日に焼いた固い菓子が入っていた。

オズマは受け取る手を震わせた。

次に、戦場から帰った兵士が古い靴を見せた。

娘の結婚式まで歩けたのは治療のおかげだと言う。

名前を知らない相手に礼を伝えるため、彼は何度も道を尋ねて来たのだった。

記憶がなくても、感謝は新しく生まれるのだとオズマは知った。

ミーナの母親は、娘が今では雨の日にも外へ出られると話した。

証言会の終わり、片脚に古傷のある男が一枚の紙を差し出した。

「俺は先生を覚えていない。でも、娘は俺が帰った日を覚えている」

紙には子供の字で、父親が帰ってきた日の献立が書かれていた。

オズマは礼を言い、紙を返した。

「それはあなたの家の宝物です」

男は驚き、やがて笑った。

オズマが欲しかったのは感謝の証拠ではない。

帰れた人が、自分の暮らしを取り戻したという事実だった。

ミウは一人ずつの話を日記に書き写した。

「お父さんが忘れられても、助かった人は消えない」


その夜、オズマは治療記録の患者数を数えるのをやめた。

数字の向こうに、帰る場所を持った人々がいた。

最後の患者が帰ったあと、オズマは空になった椅子を見つめた。

誰かが自分を覚えていてくれれば救われると思っていた。

しかし訪れた人々は、彼の顔を覚えていないまま、それぞれの人生を生きていた。

ミーナは母親と菓子を焼き、兵士は靴を直し、ほかの患者は家族の世話をしている。

彼らが持ち帰ったのはオズマの名前ではなく、自分の暮らしだった。

グラディスが椅子を片づけながら言った。

「先生、今日はよく笑いましたね」

オズマは驚いた。

泣きそうになった瞬間ばかり覚えていたからだ。

「そうかもしれない」

彼は残った菓子を一つ手に取り、ミウへの土産にした。

集まった人々の一人が、オズマに礼を言うため、ほかの患者の病名を読み上げようとした。

グラディスが静かに止めた。

「ここにいる人にも、知られたくない過去があります」

会場は一瞬沈黙した。

オズマは頷き、証言は本人が望む範囲だけ記録することにした。

感謝のためなら何を明かしてもよいわけではない。

兵士は靴を机に置き、片方の踵に残る補修跡を示した。

「歩けるようになったあと、自分で直したんです」

彼はオズマの顔を見つめたが、何も思い出さなかった。

「それでも、あの治療がなければ直すこともできなかった」

オズマは返す言葉を探した。

兵士は笑って靴を履き直した。

「礼を言いに来たのは、思い出したからじゃない。今日、自分の足でここまで来られたからです」

治療の価値は、治療した瞬間だけで決まらないのだと、その歩き方が語っていた。

兵士は帰り際、診療院の壊れた戸口を直していった。


翌朝、ミウは訪問者の手紙の前で、昨日より長く考え込んでいた。

「昨日の私と今日の私は、同じ私かな」

オズマは答えを急がなかった。

「違うところもある。でも、どちらも君だよ」

娘は首をかしげ、それから小さく笑った。

「じゃあ、明日の私にも教えてあげよう」

その言葉を聞いて、オズマは記録を残す理由が少し変わったことに気づいた。

失った記憶を数えるためではない。

明日の娘が、自分の好きなものを選べるようにするためだった。

昼過ぎ、サーラが訪問者の手紙を見て「ここは急がなくていい」と言った。

オズマは、急がなければ手遅れになるという恐怖にずっと追われていた。

だが、今できることを丁寧にする時間まで奪ってはいけない。

ミウはサーラの手から布を受け取り、端をきれいに折った。

失敗すると二人で笑った。

その笑い声が部屋の奥まで届き、オズマは久しぶりに深く息を吸った。

証言会の終わり、グラディスは記録用紙を一枚ずつ本人に見せた。

名前を伏せたい人、家族にだけ知らせたい人、将来の患者のために公開したい人。

希望はそれぞれ違った。

オズマは全員に同じ感謝の言葉を返さなかった。

菓子をくれた子には菓子の味を、兵士には歩いてきた道の長さを尋ねた。

帰り際、ミーナが振り返った。

「先生、次に会っても忘れてるかもしれないね」

オズマは頷いた。

「それなら、また初めましてから話そう」

少女は安心したように手を振った。

夕方、オルドは訪問者の手紙のそばでオズマに尋ねた。

「お前は、自分のことを責めていないか」

オズマは答えられなかった。

助けられた命の数を数えても、娘の苦しみが軽くなるわけではない。

オルドは続けた。

「責任を取ることと、すべてを一人で背負うことは違う」

オズマはその言葉を胸に留めた。

誰かに支えられるのは、弱さではない。

娘にそれを教えるためにも、まず自分が受け入れなければならなかった。


その晩、オズマは訪問者の手紙を見つめ、マリアに話しかけるように心の中でつぶやいた。

もし君がここにいたら、私はもっと上手に笑えただろうか。

返事はない。

それでも、亡き妻の思い出は彼を過去へ閉じ込めるものではなかった。

ミウが今夜も眠り、明日目を覚ます。

そこに手を伸ばす勇気を、かつて妻と過ごした時間が支えていた。

ミーナは菓子を一つ自分で割り、オズマに半分を渡した。

「お礼は、お母さんに言われたからじゃないの。今日、先生が泣きそうだったから」

オズマは何度も礼を言いかけ、結局「おいしいね」とだけ答えた。

誰かの記憶に残るためではなく、今この場で一緒に食べるために差し出された半分だった。

次の日、ミウは訪問者の手紙について、自分の言葉で短い文章を書いた。

文字はところどころ傾いていたが、オズマは直さなかった。

娘が残したいと思った言葉を、父親の都合で整えたくなかったからだ。

「読みにくい?」と聞かれ、「ちゃんと読めるよ」と答えた。

ミウは満足そうに頷いた。

その表情を見て、オズマは今日という日が記録の中だけではなく、確かにここにあると感じた。

オズマは帰宅して、ミーナからもらった菓子をミウと分けた。

娘は「少し硬いね」と笑った。

「そうだね」と返すと、二人の間に静かな時間が流れた。

父親は帰宅して、ミーナからもらった菓子を娘と分けた。

娘は「少し硬いね」と笑った。

「そうだね」と返すと、二人の間に静かな時間が流れた。


翌朝、治療院の扉を開けると、昨日の証言会で使った椅子がきれいに並んでいた。

オズマはその一脚に腰を下ろし、今日訪れる患者の話を聞く準備をした。

昨日の感謝に甘えるのではなく、今日の人に向き合うためだった。

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