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忘却の治癒師 ~娘に忘れられても、俺は何度でも父親になる~  作者: レモンティー


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第二十四話 治すために、治癒を使わない日

オルドはミウの治療方針を説明した。

「まず粉への再接触を断つ。体内に残った魔力の動きを調べる。強い治癒は当面使わない」

オズマは同意した。

父親としては今すぐ治したい。

治癒師としては、根拠のない魔法で娘を危険にさらしたくない。

その二つが胸の中で争った。

王都の北門では、青晶を含む石材の撤去が始まった。

フェルは作業員に覆い布と洗浄場所を用意し、粉が舞わない手順を定めた。

オズマも現場に立ったが、娘を一人にしないため夕刻には帰ると約束した。

かつての彼なら、誰かが困っている限り帰らなかっただろう。

今は帰ることも責任だった。

ミウは学校を休み、サーラの店で帳簿の数字を数えた。

途中で指が震え、豆の袋を落とした。

サーラはすぐ拾い集め、「袋が古かったね」とだけ言った。

ミウはしばらく黙っていたが、やがて「私の手が悪いの」と打ち明けた。

サーラは袋を置き、隣に座った。

「悪い手なんてないよ。今日は少し休みたい手なんだろう」

ミウはその言葉を帰宅して父に伝えた。


午後、王立施療院から負傷した作業員が運ばれてきた。

大きな裂傷だった。

オズマは治癒の準備をしたが、本人は忘却の代償を聞いて躊躇した。

「妻との思い出まで消えるんですか」

オズマは首を振った。

「消えるのは私に関する記憶です。ただし、それでも怖いでしょう」

作業員は通常の処置を選び、オルドが傷を縫った。

オズマは横で道具を渡した。

魔法を使わずに命を守れたことが、静かな誇りになった。

帰宅後、ミウは父の手を見た。

「今日は魔法を使った?」「使わなかったよ」「誰も助けなかったの?」「そんなことはない」

オズマは縫合の手伝いをしたこと、作業員が自分で治療法を選べたことを話した。

ミウは満足そうに頷いた。

「お父さんの手は、光らなくても役に立つんだね」

その言葉が胸に残った。

夜、父娘は小さな木箱を作った。

日記、写真の代わりの肖像画、誕生日に使ったろうそく、マリアの手紙を入れる箱だ。

ミウは蓋に『思い出をしまう箱』と書いた。

「もし私が忘れたら、ここから一つずつ教えてね」

オズマは約束した。

けれど、教えるときには無理に信じさせないとも決めた。

娘の心は、父親の寂しさを埋めるためにあるのではない。

サーラの店では、ミウのために高さの低い椅子が用意された。

手が震える日は座って仕事をすればいい。

店の客が「病気なら家で休ませたらどうだ」と言うと、サーラは静かに答えた。

「本人がここにいたいと言う日は、ここにいるんだよ」

ミウは大きな声で礼を言った。

オズマはそれを聞き、娘の世界を治療院と病床だけに狭めてはいけないと思った。

帰宅後、彼は一日の予定を娘と一緒に決めた。

検査の時間、休む時間、遊ぶ時間。

ミウは最後に『お父さんが休む時間』も書き足した。

「お父さんも患者さんみたいな顔してるよ」

オズマは苦笑した。

娘を守るためには、父自身が倒れないことも大切だった。


翌日へ向けて、オズマは思い出の木箱のことを帳面に書き残した。

何が確かで、何がまだ分からないのか。

紙に書き出すと、胸の中で絡まっていた恐怖が少しだけ形を持った。

サーラの店で交わした言葉を思い出し、彼は自分に言い聞かせた。

魔法を使わない支援を一つの答えで片づけないこと。

患者の身体だけでなく、その人がどう暮らしたいかを聞くこと。

自分の願いを、娘の願いと取り違えないこと。

オルドはミウに薬草の匂いを三つ嗅がせた。

娘は二つを言い当て、一つは「知らない」と答えた。

「知らないと言えたら十分だ」と老医師は言った。

オズマは自分が正答ばかり求めていたことに気づく。

ミウは失敗したのではない。

分からないことを正しく伝えたのだ。


午後、診療所に熱を出した子が来た。

オズマは反射的に手を伸ばしかけ、止めた。

オルドが脈を取り、フェルが水分を少しずつ飲ませる。

魔法を使わない治療には時間がかかったが、子は夕刻に笑った。

「先生、また来るね」

その言葉を覚えている患者がいることに、オズマは驚いた。

夕方、通常の処置を受けた子の母親が、小さな紙袋を置いていった。

「治していただいたお礼です」

中には乾いた林檎が三つ。

オズマは受け取ってから、思わず名前を尋ねた。

「また来るとき、覚えていてくださいますか」

母親は怪訝そうにしたが、「ええ、もちろん」と答えた。

オズマは袋をミウと分けた。

奇跡を使わずに患者を助けた日の林檎は、いつもより少し酸っぱかった。

ミウは「この味、覚えておきたい」と笑った。

夜、オズマは思い出の木箱を見ながら、治癒師になったばかりのころを思い出した。

師匠は「助けられなかった人の数だけで、自分を裁くな」と言っていた。

若い彼には、その意味が分からなかった。

救える力があるのに救えなければ、すべて自分の責任だと思っていたからだ。

今は違う。

患者には患者の気持ちがあり、家族には家族の暮らしがある。

医師や友人の知恵も必要だ。

自分の力がすべてではないと認めるのは、逃げることではなかった。

帰り際、オルドは「一人で抱え込むな」と言った。

オズマは診療所の鍵をもう一本作ることにした。

誰かに任せることは、患者を見捨てることではない。


翌日の記録には、魔法を使わない支援についての小さな確認事項も残した。

思い出の木箱をきっかけに、オズマは一つの出来事にも複数の見方があることを考えた。

娘にとっては怖い変化でも、誰かにとっては調査の手掛かりになる。

調査が進むのは嬉しいが、娘の不安を置き去りにはできない。

彼はミウに「今日、私にしてほしいことはある?」と尋ねた。

ミウは少し考え、「話している途中で、最後まで聞いてほしい」と言った。

オズマは頷いた。

記憶が抜けることを恐れるあまり、娘の言葉を先回りして補っていたのだ。

父はその日から、答えを急がずに待つ練習を始めた。

サーラは帰り際、オズマに小さな包みを渡した。

中には焼き菓子が二つ入っていた。

「二人で食べな。治療の相談は明日でいい」

父娘は灯りの下で菓子を分け、味の感想だけを話した。

病気を忘れたわけではない。

ただ、病気以外の話をする時間が必要だった。

夕方、熱の下がった子が窓越しに手を振った。

オズマは思わず自分の名を名乗りかけ、やめた。

今日の治療をしたのは、オルドとフェルだ。

彼らが築いた信頼を、自分の奇跡の物語に変えてはいけない。

ミウは窓辺でその子に手を振り返し、久しぶりに声を上げて笑った。

しびれを訴えた子の母親は、オズマに尋ねた。

「魔法を使わなかったせいですか」

答えを待つ目は切実だった。

オズマは経過表を開き、「今は分かりません」と告げた。

「ですが、見逃さずに診ます」

オルドが翌日の再診を約束し、フェルが家まで付き添う。

母親はようやく息を吐いた。

奇跡を見せることより、分からないことから逃げないことが、この日の治療だった。

ミウは回復した子からもらった花を水差しに挿した。

「今日は、みんなで治したね」

オズマは頷いた。

だが夜、オルドから渡された経過表には、小さな赤い印があった。

熱が下がった子のうち一人だけ、翌朝になって指先のしびれを訴えたという。

「治癒を使わなかったから安全だった、とはまだ言えん」

オルドの言葉に、オズマは表を閉じず、ミウにも見せた。

うまくいった日にも、見落としは残る。

それを確かめ続けるのが治療なのだ。

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