9 甘味でバズりたいので白玉トースト(カロリーマシマシ)を作る
「甘味でバスりたいなぁ」
放課後、伊月さんは不満そうにごちる。
まめ吉のアカウントを開いて、何度も何度も画面を更新をしていた。しかし更新も虚しく、フォロワーはひとりも増えない。
「つい最近アサイーボウルの作り方アップしてたじゃん」
「流行に乗り遅れちゃったせいで、バズとまではいかなかったんだよね」
「いやいや。そうはいっても最近ショート動画バズってたから、一旦はそれで満足できるんじゃない?」
「でもそれは塩味だし……三ツ星料理インフルエンサーを目指すものとして甘味も胸を張っていきたいところ」
「インフルエンサーにミシュランガイドはないんだから、同じ星なら目指すは一等星だと思うんだけど」
「じゃあ百名店」
「実店舗ないじゃん」
「目指せ大人気ゴーストレストラン」
「ウーバーイーツの高評価狙ってるの?」
伊月さんは時計を見る。時刻は17時過ぎ。
「ハルノくん、着いてきて。急がないと閉まっちゃう」
「え、17時付近で閉まる店とかあるの?」
しかし伊月さんは「急いで急いで」と俺のことを急かすばかりで何も答えてくれない。
まぁ行けばわかるか、と思い、俺は大人しく荷物をまとめて教室をあとにする。
「ほら、はやく」
俺がスクールバックを肩にかけたと同時に、伊月さんは俺の手首を握った。
「えっ」
伊月さんは俺のことを引っ張って、先に進む。
「い、伊月さん。みんなに見られちゃうかもよ」
しかし伊月さんは何も返してくれない。その代わりに彼女は振り返って、俺の顔を見て「ふへ」と笑う。俺はこれ以上言葉が出てこなかった。
放課後の構内をほとんど手をつないでいるみたいな状態で走る。
心臓がドキドキしているのがわかった。誰かに見られたらどうしようという緊張か、それとも走ってちょっと息が切れてきたからなのか、それとも……。
ぐるぐると考えていると、いつの間にか下駄箱についていた。靴を変えて再び外へ駆け出す。手首には温かい感触が残っていた。もう握ってくれないのか、とほんの一瞬思ってしまった自分に驚く。
そして5分ほど走ったところで、伊月さんは止まった。
「目的地に到着しました。お疲れさまでした」
「カーナビ?」
俺は建物を見る。お店らしいそこはオシャレな立て看板に『OPEN』と記されてある。
中をのぞくと、そこにはパンがお行儀よく陳列されていた。
「パン屋さん……?」
伊月さんは頷く。
「パン屋さんは開店が早いけど、その代わり閉店も早いからね」
「あー。確かに、朝ごはんにはパンが食べたくなるけど、夜ご飯にパンが食べたいときってあんまりないな」
「パンはラーメンと対をなす存在として有名だからね」
「初めて聞いたし」
「月曜の朝に食べたくなるものと金曜の夜に食べたくなるもの」
「深夜営業があるものとないもの」
「コーヒーが欲しくなるものお酒が欲しくなるもの」
「質の良い一日にしたいときと一日を背徳で〆たいとき」
「掴んできたね、ハルノくん」
「そりゃあ、どうも」
こうして俺たちはパン屋さんに入る。
ガラスのスライドドアを開けると、無機質寄りでアクセントに木目が使われたオシャレな内装が出迎えてくれた。
そして身を寄せ合って並ぶパンたち。どれも美味しそうで見た目も良い。
俺たちがパンを物色していると、視線に気づいた店員さんが反応してくる。
「いらっしゃいませ~って、アズキちゃんじゃない!」
俺たちよりも少し年上だろうか。お団子に纏めた快活そうな女性店員さんは伊月さんのことを見て、声を弾ませる。それに対して、伊月さんはピースで応対した。
「店員さんと仲良しじゃん」
「私、常連だから」
すると店員さんの視線は俺に移る。かと思えば、再び伊月さんの方へ戻った。かとかと思えば、また視線は俺の方へくる。それを何度か繰り返した後、店員さんは何かを察したのか表情が野次馬のソレになっていた。
「え、え、えっ~!? アズキちゃんひょっとして彼氏!?」
「まあまあまあ」
俺は伊月さんの方を振り向く。「否定しないの!?」と空気で訴えたが、伊月さんは知らん顔をして店員さんと会話を続ける。
「甘栗さん、食パン6枚切りちょうだい」
「おっけー! すぐ出せるよ」
そう言って甘栗さんは言葉通りすぐに食パン1斤を6枚に切り分け始める。その最中、口が暇なのか伊月さんに話しかけた。
「最近インスタ調子良いね~。この食パンもインスタ用?」
「そんな感じ。でも、まずは試作をハルノくんに食べて欲しくて」
「ほ〜ん。いいねぇ、青春だねぇ」
そして次の瞬間には6枚切りの食パンが完成されていた。
お会計に入る前に、俺はちょいちょいと伊月さんに疑問を投げかける。
「甘栗さんは伊月さんがインスタ運営しているの知ってるの?」
「前に甘栗さんがインスタで『私のお店PRしてください』ってお願いされて来店したの。だから出会いはインスタ」
俺は納得する。なるほど、そういう出会い方もあるのか。
伊月さんがバーコードを出す。その間、甘栗さんは俺に向かって口を開いた。
「こんな可愛い子に料理作ってもらえるなんて、幸せだね、彼氏くんは」
「あ……はい」
彼氏じゃないのに、俺は否定せずに頷いてしまった。
彼氏、という部分を除けば嘘ではないからだ。
俺は伊月さんといると幸せだ。それは間違いない。それはわかってはいたが、改めて考えてしまうと恥ずかしくなってくる。
「じゃあまた来るね」
「いつでも待ってるよ~! また彼氏くん連れてきてねっ」
伊月さんと俺は、甘栗さんに手を振る。
店の外を出ると、すっかり夕日が沈んでいた。
「明日朝ごはん、食べてこないでね」
伊月さんは手に持った食パンを見せつけながら言う。
「伊月さんが朝ごはん持ってきてくれるの……!?」
「診断結果に問題が生じてしまうかもしれないので」
「健康診断……?」
「すきっ腹が一番のスパイスだからね」
「味が美味しいか否かってことね」
明日、この食パンはどのように化けてくるか楽しみでしょうがない。
☆
「白玉トーストだね?」
今朝、誰もいない教室で、登校してきた伊月さんに開口一番そう言った。
すると伊月さんは「大正解」と言って、
「まめ吉のショート見たよ」
「見ちゃったか〜」
「そりゃあ見るよ。まめ吉の第1ファンだもん」
「ちなみに使ってる食パンは第一パンじゃないよ」
「知ってるよ。昨日ふたりで買いに行ったじゃん」
伊月さんは「ふへへ」とジト目を細める。
そして手に持ったお弁当袋を開けた。
中からクッキングシートで包み込まれた四角い物体が出てくる。開けるとこんがり焼けたトーストが食べてほしそうに俺を待っていた。
「白玉あんこサンド。学校に持っていく用としてサンドのしてみた」
伊月さんは断面を見せてくる。6枚切りを贅沢に使ったサンドは、まずもって分厚い。
しかし、それに負けないぐらい具もたくさん入っていた。
上下たっぷりに塗られたあんこ。間にあるのはプリっとした白玉。そして、大ぶりなバターが固形で挟まれている。
「しっかり両手で持ってね」
伊月さんからそう託される。
言われた通り、片手で持つと重鎮が耐えられず崩れてしまいそうな重さだった。
朝から少々ヘビーだろうか。しかし、食べない、なんて選択肢は俺の中にない。もうすっかり捕食モードだ。
「いただきます」
俺は顎が外れそうなぐらい大きな口を開けて、サンドを向かい入れる。
――あんこの濃い甘味がバターのお陰で濃厚の頂へ一直線ッ!
しかもこれ、食パンにもバターが塗られてないか? 肉なんて一切使われてないはずなのに、肉の脂を食らったレベルでジューシーだぞ。
俺は赴くままにふたくち目に差し掛かる。すると、もっちりとした食感が主張を始めた。白玉だ。白玉とあんこが合うことはぜんざいが存在している時代から全員が知っていたことだが、バターにも食パンにも合ってしまうなんて。
ああダメだ。朝からこんなに濃厚で重いものを食べて血糖値スパイクで授業中眠くなっちゃうよ。
しかしそれが食べるのを辞める理由にはならない。俺はどんどん食べ進めていく。
胸焼けする量のあんこは、マシマシのバターとフカフカな食パンに中和されて永遠に食べてられた。あんこの存在感が強くなってきたと感じるところで、白玉とセンターが入れ替わる。魅せたいところでしっかり味して、輝きすぎてチカチカしてきたところで暗転する。白玉あんこサンドは食事界のグループアイドルだ。
「……ごちそうさまでした」
朝ごはんの量とは思えないほど食べてしまった。
しかし後悔はない。それどころか、朝から不思議な達成感に包まれる。
まぁ、カロリーのことを考えると身震いするが……。
いやいやいや、と俺は首を左右に振る。
むしろ朝ごはんを食べるのは健康志向だろ。だから朝にいくら食べても、問題ないはずだ。
俺は伊月さんの方を見る。彼女は優しい笑顔を浮かべていた。
「朝からもりもり食べるね」
「食事量だけ見たら野球部並だろ」
「運動量で図書委員がバレるね」
「スリーアウトでベンチに戻っただけだよ」
「本の貸し出しカウンター席と校庭ってだいぶ距離があるけど」
「仲間のホームランボールを狙ってるんだ」
さて、食事制限かつ運動なしで痩せる方法などないのだろうか。そんなことを検索バーに入れたのなら、怪しい広告サイトへ飛ばされるだろう。
「ちなみに、私は今ホームベーカリーを勉強中」
伊月さんは両手で生地をこねるジェスチャーをした。
「家電製品じゃなくて純粋に家でパンを作る練習をしてるってこと?」
伊月さんは「大正解」と言って続ける。
「まだまだ甘栗さんみたいに美味しいパンを焼くことはできないけど、いつかはあれぐらい美味しいパンも焼けるようになるんだ」
俺は「え」と言葉を漏らす。
「伊月さんはホットケーキだけじゃなくてパンも焼けるようになりたいの?」
「そうだよ。料理のオールマイティになりたいから」
「今だってすごく美味しいのに、これ以上料理の幅が広がったら、俺の横幅も広がっちゃうよ」
すると伊月さんの両目はパチパチと瞬いた。
「それってこれからも食べてくれるってこと?」
「伊月さんがこれからも食べさせたいって思う限り」
すると伊月さんを目を逸らす。なんとも言えない表情を浮かべたあと、すぐにいつもの調子に戻して「任せて」と言った。
「私は日々進化するもんね」
伊月さんは「ふふふ」と嬉しそうに笑う。そして俺に両指をさして言った。
「その違いはサイゼリヤの間違い探しぐらいのわかりやすさ」
「わかりにくいわ」
今回の摂取カロリー、約1000カロリー。
まめ吉のフォロワー、約4110フォロワー(前話比+10)。




