8 アサイーボウルはヘルシーらしい(結局は内容物による)
俺は焦りを覚えていた。
「最近太ってきたんだよ……」
休み時間。俺の席の前に座る倫太郎。
パック牛乳を飲みながら、鬼気迫る俺の話を呑気に聞いている。
「女子みたいな悩みだな」
倫太郎は牛乳をストローで吸う。顔には「早くこの話終わらねえかな」と書いてある。
「いや、ほんとに太ったんだって! 3キロ! 3キロだぞ!」
「えー。そんなん誤差じゃねえの? 気になるなら俺と一緒に陸上部やろうぜ」
「やだよ~。だって俺運動苦手だも~ん」
「ねー、伊月さん。ハルノがだるいからパスしていい?」
倫太郎は隣の席の伊月さんに会話を投げる。
そして伊月さんが何かを答える前に、倫太郎は席から立ち上がる。
「じゃ、あとは彼女とごゆっくりぃ~」
そう言い残して、倫太郎は自分の席へ戻っていく。
彼女じゃないから、と反論することもできなかった。
伊月さんは倫太郎の背中を見送ったあと、俺にニヨニヨと話しかけてくる。
「太ったの? ハルノくん」
「太っちゃったよ~……ほら見て。腹回り。こんなにガッツリつまめる……」
言いながら、俺は腹を両手で掴んでみせる。ブラウスがでん、と張って鏡餅の弧の部分に見えた。
伊月さんはまじまじと俺の腹を眺める。そして、おもむろに手を伸ばして人差し指で俺の腹をつついた。
「トランポリン」
伊月さんは「ぽよんぽよん」と言いながら、俺の腹の上で人差し指をバウンドさせる。
「ちょちょちょちょ!」
突然の奇行に驚いた俺は、自分のお腹を庇ってそっぽを向いた。
伊月さんはキョトンとした顔をする。
「え、なんで隠すの」
「隠すよ!」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「減らしたいの!」
俺は顔に熱を帯びていっているのがわかった。
なんとなく、伊月さんにだらしない男だと思われるのは嫌だと思っている。
「でも運動はしたくないんでしょ」
「そうなんだよなぁ。てなると、やっぱ食生活を見直すしかないかぁ……」
俺はスマホを開いてインスタのアイコンをタップする。
「ダイエット……食事記録……」
すると画面には一気にダイエット関連の投稿で溢れた。ダイエットレシピは困らないぐらいに上がっている。
どれを参考にしようか探そうとすると、スマホは取り上げられてしまう。
「ちょっとちょっと。ハルノくん。ライバルを見るなら私に聞けばいいじゃん」
伊月さんは俺のスマホを口元に当てる。華麗な視線誘導だと思った。俺の目は伊月さんの端麗なお顔を捉えている。それを知ってか知らずか、伊月さんは俺が見とれている間に次の言葉を話す。
「私を誰だと思ってるの。料理インフルエンサーを目指すまめ吉だよ」
ふへ、といつものように笑う伊月さん。
そしてこんな提案をし始めた。
「今日は私の家においでよ」
俺が四の五の言う前に、それは決定事項となってしまう。
☆
一等地のタワーマンションだった。
「い、伊月さんこんな場所に住んでるの……?」
俺は恐慄きながら尋ねた。
「そうだよ」
対する伊月さんはなんてことのないように答える。
「着いてきて」
彼女は慣れた手つきでオートロックを開けて、広いマンション内を案内してくれた。
そして伊月さんの家であろうドアの前に立ち指紋認証の鍵を開けて俺を誘導する。
「入って」
「お、お邪魔します……」
恐る恐る伊月さんの家へ入った。
廊下を抜けた先に広々としたリビングが俺を迎える。景色はもちろん絶景なのだが、一番驚いたのはそこではなかった。
「キッチンでっか……」
リビングに併設されているキッチンがありえないぐらい大きかった。
伊月さんはいつもここで料理してるのか、となんだか感慨深い気持ちになる。
そこで、俺はある疑問が生じた。
「お父さんとお母さんは? 二人とも仕事?」
すると伊月さんは「ああ」と声を漏らして話し始める。
「お母さんもお父さんもそんなに帰ってこないよ」
「え」
「二人とも商社だからね。海外赴任」
「じゃあ伊月さんはほぼ一人暮らしってこと?」
「そうだね」
伊月さんは窓の外を眺めながら続けた。
「昔はヘルパーさんとかが面倒見ててくれたときもあったけど、今は一人が多いよ」
彼女のジト目はどこか遠くを見つめている。景色に見とれているようにも見えるし、憂ているようにも見えた。
そんな彼女をどうしてか包んであげたくなる。しかし俺は彼氏ではないので、安易にそんなことはできない。
代わりに言葉が口をつく。
「寂しくないの?」
すると伊月さんはごちるように答える。
「寂しいよ」
彼女はポケットから小袋を取り出す。
「だからガムを常備してる」
「口寂しいんか」
伊月さんはニヤリとしながら「いる?」と聞いてきた。俺は首を左右に振る。
そして彼女は俺の顔をじっと見ながら言った。
「たまにでいいから遊びに来て」
優しい顔をしている。
かと思えば、ふと表情を変えて、
「来ないなら向かいに来るけど」
なんて企みがありそうな笑みで宣言した。
俺の返事を待たず、伊月さんは冷蔵庫へ向かう。
背が高い黒の冷蔵庫は、大きな鏡のように俺たちの姿を映し出している。
「てことで、ダイエット中のハルノくん。今回のご飯はこちらです。ばーん」
かわいいボウルを持ってきた伊月さんはその中身を見せてきた。
「これ、一昔前に流行ったアレじゃん……ええと……」
「アサイーボウル」
そう、アサイーボウルだ。
アサイーと言われるヤシ科の果実ペーストの上に、様々なトッピングが飾られている。
いちご、バナナ、ベリーミックス、グラノーラ、コムハニー、クッキー、チョコ。
見た目もかわいく、食欲もそそられる。
「食べていい?」
気づいたら懇願をしていた。伊月さんは頷く。
「もちろん」
許可を得た俺はアサイーボウルにスプーンをくぐらせる。
アサイー独特の濃い紫がオシャレかつ食欲をそそった。トッピングのベリーが光に照らされて宝石のように輝いて見える。
「いただきます」
俺はその魅惑の輝きに吸い込まれるようにアサイーを食した。
――果実のヘルシーさとはちみつの劇的な出会いッ!
グリークヨーグルトのようなもったりとしたアサイーが、はちみつと相性が合わないわけがない。
ヨーグルトとはちみつが切っても切れない関係なら、アサイーとはちみつだって同じだ。
そして何より驚いたのは、アサイーボウルは映えだけじゃなく、めちゃくちゃ美味しいところ。一時期流行って、今も延命しているだけあった。
さて、そろそろトッピングを嗜み、味変に性を出そうと思う。もちろんどれを選んでも美味しいのは確定しているが、ひときわ目を引くのは多めに盛られているグラノーラだった。
俺はコイツが今回のキーパーソンならぬキートッピングだと推測して、グラノーラをかきこむ。
すると予想通りアサイーとはちみつはグラノーラに馴染んでいった。
アサイーとはちみつのもったりとろとろコンビに、グラノーラの歯ごたえが加わる。
「歯ごたえが加わるということは、満腹中枢が刺激されるということ……! フルーツも多いし、アサイー自体も爽やかな味わい……! つまり、驚くべきヘルシー! これは女性人気も納得だ!」
クッキー(1枚約80カロリー×3)やチョコ(1枚約270カロリー)も入っているかもしれないが、トッピングの範疇だし、カロリーにしたら誤差だろう。
そしてボウルの中はあっという間に空になる。
アサイーボウルはオシャレだけでない。美味しい。
だた、ひとつ欠点を上げるとしたらヘルシーすぎて少し物足りないところだ。
「まあアサイーは低カロリーヨーグルトみたいなものだし(300グラム210カロリー)、フルーツなんてヘルシーそのものだし(合計200カロリー)、はちみつだって大層な量かかっているわけじゃないし(大さじ2で約70カロリー)、グラノーラだって健康に良いし(約200カロリー)……」
俺の物足りなさを察してか、伊月さんはもうひとつのアサイーボウルを持ってきた。
「アサイーボウルはトッピングを変えても楽しめるところも魅力のひとつだよ」
中にはバナナとブルーベリーとオートミール、そしてピーナッツバター(大さじ3で約300カロリー!)がたっぷりと塗られていた。
出されたものはもちろん食べる。アサイーとピーナッツバターを2対1の割合で口にいれる。
――の、濃厚なのに全く、くどくない!?
焼肉×サンチュのようなヘルシーとジャンキーの奏でる何にも代えがたいハーモニー。
これはヘルシーがこってりをヘルシーパワーでまろやかにしているからだ。
こんなの、ずっと食べれてしまう……!
誰も俺を止めるな……! なんてったって、アサイーはヘルシーなのだから……!
「これが俺流! 我慢しないダイエットだ……!」
伊月さんはというと、俺の食べている横で小さなボウルでアサイーを一緒に食べていた。ひとくちひとくちを味わうように食べている。
「アサイーボウルって一食の置き換えにピッタリなだけで、小腹が空いたからってバクバク食べると返ってカロリーを取ることになるのは内緒にするんだ」
伊月さんは上機嫌で何かを呟いていた。しかし、独り言らしかったので、俺は気にせずアサイーを完食に向けて食べ進める。
「ハルノくん、私の為にもっともーっとぽよぽよになってね」
ちなみに、俺は夜ご飯もしっかり食べた。
今回の摂取カロリー、約1500カロリー。
まめ吉のフォロワー、約4100フォロワー(前話比+20)。




