10 愛とはつまり角煮である
「なぁハルノ、愛ってなんだと思う」
休み時間。倫太郎は突然そんなことを聞いてくる。
「考えたこともないからわかんないよ」
「考えてみてよ」
「え~……」
俺は渋々考えてみる。真剣に考えようなんて毛ほども思ってないので、とりあえずパッと思いついたことを言ってみた。
「時間をいかにかけたか、かなぁ」
「なんでそう思うんだ?」
「愛って抽象的なものじゃん。量るのが難しいから無理矢理数字にしてみようってなると、対象の者にどれだけの時間を費やしてきたかになるかなって」
「おー、なるほどな」
聞いといて本当にわかってるのか? と聞きたくなってしまうような返事だったが、生返事の正体がすぐに判明する。
「実は英語の追試をくらっちゃってさ」
「はあ」
「追試用の課題も出されたわけよ」
「そうか」
「長文読解問題の内容がおそらく愛についてでさ~」
「英語のことをこれ以上考えたくなくてこれを機に雑談に逃げようとしたってこと?」
図星のようで倫太郎は俺の推測を無視して続ける。
「俺も愛を持って英語と接してやれれば良かったのかな……」
「勉強時間が足りてなかったって言いたいの?」
「つまり俺はワンナイトの関係だったからダメだったってことか……」
「普通に一夜漬けって言えよ」
俺は呆れてこれ以上の会話は控えた。
☆
「ハルノくんってマルちゃんのカレーうどんとうまかっちゃんだったらどっちが好き?」
「どうして出身地あぶりだそうとしてるの?」
ここは東京だからうまかっちゃんを食べたことある人少ないんじゃないかな、と思う。
伊月さんはいつも通り「ふへへ」と笑う。そして俺の顔を覗き込んで不思議そうな顔をした。
「ハルノくん、何か悩んでる?」
俺は少し驚く。悩んでるというほどのことではなかったが、倫太郎とした会話が小骨のように引っかかっている感じがしたからだ。
だから、俺は倫太郎にされた質問と全く同じ質問を伊月さんにしてみる。
「ねえ伊月さん、愛ってなんだと思う」
「なくなるとお金になるもの」
「アイドル($)でもなければあいさつ(札)でもないからね」
伊月さんは指でお金のポーズをとった。俺は「違う違う」と言って、両手でハートを作る。すると伊月さんはそれに乗っかって、彼女もハートを作って言った。
「ハルノくんにとって愛はなんだと思うの?」
「いかに対象者に時間をかけられたか、がひとつの指標かな」
「じゃあ私にとっての愛は角煮だ」
「角煮?」
「そう、ステーキでも鰻でもお寿司でもないよ」
俺は眉間にシワを寄せてみる。すると、伊月さんは自身の左腕をトントンと軽く叩いて言った。
「角煮ってほかの料理に比べてすごく時間がかかるからね」
「煮込み料理だからってこと? じゃあ牛すじ煮込みも煮込みハンバーグもチキンのトマト煮も伊月さんにとっての愛ってわけ?」
すると伊月さんは首を左右に振る。「もちろん、それらも時間がかかるけど、やっぱり角煮だね」
「読んで字のごとく、角張ったものを煮込むんだよ。角のあるものを丸くするにはそれなりに時間がかかるじゃん」
「おお、確かに」
「あとは純粋に煮込み時間が長いね。私の場合、塩湯で1時間、調味料を入れて煮込んで1時間、計2時間煮込んでる」
「実際の煮込み時間も長いんだ」
「そして煮込んだものがここにあります」
「3分クッキング?」
しかし冗談ではなく伊月さんは弁当袋を取り出した。今回はスープジャーだった。煮汁があるから普通の弁当箱では漏れ出てしまうのだろう。
「オープン」
伊月さんは蓋を捻って開けた。瞬間、醤油と砂糖の匂いが鼻を掠める。
「え、ほんとに角煮作ってきたの?」
伊月さんの返事を待たずに中を覗き込む。ごろごろとした角煮がいた。
「う、うまそう……」
嗅覚と視覚を角煮に奪われた俺の胃が大きく音を立てた。
「食べていいよ」
伊月さんは笑みを浮かべながら、俺に箸を差し出す。俺は一切の躊躇いなく受け取った。
「いただきます」
いつの間にか左手には弁当箱が添えられている。中はこんもりと入った白米だった。
角煮を持ち上げる。脂が滴っていた。今すぐ口に入れたい気持ちを寸前で抑えて、白米に一度バウンドさせる。角煮の脂を白米に染み込ませることで、白米の旨みが増すのだ。
では、いざ食す。俺は大きなひとくちで角煮を食らう。
――豚バラが口の中でほろけたッ!?
歯がいらないんじゃないかと思ってしまうぐらい簡単に肉塊が崩れる。
もしや、と思い箸を角煮に差し込んでみる。すると思った通りで、大した力を入れなくとも角煮はほどけた。
これにより全てを理解してしまった俺は、今度は食べやすいサイズにして、白米にバウンドさせる。そして白米と角煮を一対一の割合で放り込む。
――脂と白米のマリアージュが脳天を突き刺すッ!
白米に脂ってどうしてこうも合うのだろうか。米の一粒一粒に命が宿ったように生き生きしている。
次は白米と角煮を二対一の割合で食べた。角煮のあまじょっぱが白米欲を掻き立てる。そのまま白米を追加する。白米があまりにも角煮と合ってしまうせいで、白米と角煮の無限往復が始まってしまった。
角煮を食べた瞬間に白米をかきこめ! 角煮がほろけるまでのスピード勝負。箸の往復に俊敏さが求められるので最早スポーツ。この箸さばきにより、現在の摂取カロリーは相殺……!
「このまま俺は白米オリンピックに出場するぞ――!」
こうして白米は綺麗さっぱりなくなった。全ては俺の胃袋の中にある。
最後のひとつとなった角煮。今日は脂で〆たい気分だった。
俺は最後の角煮にお待たせ、と思いながら箸でつかむ。
お腹がいっぱいでも食欲をそそる見た目をしているな、とまじまじと眺めてしまう。
「ん……?」
そこで俺は気づいてしまった。
「俺が作った時と違う……」
角煮の断面を見ながら言う。
すると伊月さんは意外そうな声を出した。
「え、ハルノくんも角煮作ったの?」
「うん。まめ吉のレシピ見て作ったよ。だって角煮ってまめ吉の初投稿じゃん」
「……!」
伊月さんは目を丸くして言葉を失う。
俺は角煮をまじまじと見ながら続けた。
「まめ吉の言った通りに作ったはずなんだけどなー。やっぱレシピを考案した本人が作った方が美味しいなー」
「……それは愛がこもってるからだよ」
「え」
「なんてね」
俺の胃がぐるり、と鳴った。角煮は脂がたっぷりだから、軽く胃もたれしたのだろう。いや、もしかしたらたっぷり入っているのは脂じゃなくて――。
今回の摂取カロリー、約2000カロリー。
まめ吉のフォロワー、約4120フォロワー(前話比+10)。




