11 男性人気NO,1レシピの肉じゃがで初めまして
これは高校1年生、入学したての頃。まだ、ハルノくんにちゃんと出会う前の話。
☆
私、伊月アズキには幼なじみの親友がいる。
「ねえ、アズキ~。最近狙ってる先輩いるんだけどさぁ、この人なんだけど……カッコよくない?」
そう言って本保美玖はスマホの画面を見せてきた。そこには爽やかなイケメンが友達と肩を組んで撮った写真がある。
「美玖って昔から歳上しか好きにならないよね」
「歳上しか好きにならないんじゃなくて好きになる人がたまたま歳上なの!」
「ほーん」
私はスマホから目を逸らした。美玖はミーハーなところがある。この前この人がかっこいいとか話してたのに、数日後にはあの人がかっこいいとか言って、私を振り回すのはザラだった。だから美玖が本気で相談してこない限り、美玖の恋バナは話半分で聞いている。
「ねー、アズキってば聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
マズい、話半分で聞いてるって心の中で言ってるのバレたかな。
私は少し申し訳なく思ったので手に持ってたポッキーを分け与えた。
私たちはポリポリ、と軽快な音を鳴らし校内を闊歩する。
すると美玖が図書室の前で止まった。美玖の視線の先にいるのはひとりの男子生徒。
貸出カウンターに鎮座する彼。名前は、ええと。
「青輝ハルノじゃん」
私が答えを出すより先に美玖が答えを言う。
青輝ハルノ、青輝ハルノ……。
青輝ハルノって名前どこかで聞いたことあるんだよな。
しかも1回や2回じゃなくて相当数。珍しい名前だから聞き間違いってことはないと思うんだけど、じゃあどこで? と聞かれたら思い出せない。
うーん、と頭を悩ませていると、美玖が横からカットインしてくる。
「私数日前、青輝のお昼食べてるところ見ちゃったんだけどさ……」
「見ちゃった、って言い方、まるで見ちゃいけないものを見たって言い方だね」
「いやそれがそうなんだよ」
「何が『そう』なの」
「アイツめっちゃ食べるの」
何かと思えばそんなことか。高校1年生の男子なんて食べ盛りなんだからそんなものだろう。
私は一気に興味を失った。それが伝わったのか、美玖は「ほんっとにめちゃくちゃ食べるんだって!」と話を続ける。
「野球部とかラグビー部並に食べるの。んで、聞いたら部活未所属の図書委員だって。ビックリしちゃってさ」
「ふーん」
「ねえ興味ないでしょ!」
「あるよ。キッコーマンの豆乳の新作ぐらい」
「JKなんだからせめてミスドの新作にしてよ」
「じゃあ、さくぽふんぐらい」
「もっちゅりんぐらい興味持って!」
私は最後の1本になったポッキーを口に入れた。ポリポリポリ、と跳ねるような音が小さく響く。
私は青輝ハルノのことをじっと見た。横顔だけ見たら見覚えがないが、等身大を見るとどこかで見たことあるような気がする。
彼は図書委員らしく本を読んでいた。なんの本を読んでいるのかと表紙を見てみる。
「世界の食べ物事典……」
確かに食いしん坊すぎるな、と私は少し笑ってしまう。
そういえばインスタで更新する度に『食べたいです!』ってコメントしてくれる男の子がいたっけ。
『今日もレシピの更新ありがとうございます!』
『ブリュレってバーナーで炙って作るんですね! 今度やってみます!』
『美味しすぎる卵かけご飯作ってみました! 鰹節をまぶすだけでこんなに変わるなんてびっくりです!』
目を閉じると、まぶたの裏にコメントが流れる。
ああ、そうだ思い出した。私の1番最初のファンだ。私のフォロワーの最初の1人目。
インスタも料理も簡単じゃない。
フォロワーはなかなか伸びないし、それどころか再生回数も回らない。
お父さんもお母さんも仕事がより忙しくなって、家族揃ってご飯を食べる機会なんてここ最近一層なくなっちゃったし、もう料理作るの辞めちゃおうかな、って思ったとき。
青輝ハルノくんが初めてコメントしてくれたんだ。
『このレシピ作ってみました! 簡単だし最高に美味しかったです! 素人の自分が作ってもこんなに美味しいんだから、まめ吉さんの料理はどれだけ美味しいか気になります!』
私の目に光が宿った。
嘘。私のショート動画見てくれたの? しかも見るだけじゃなくて作ってくれたんだ。ユーザーネームは青輝ハルノ。ひょっとして普通に使ってるプライベートアカウントかな。アイコンを見るに男の子な気がする。男の子が私のレシピを参考にしてくれたんだ。へぇ……嬉しいな。
気づいたら私は口角を上げていた。自分の口端を人差し指でなぞる。コメントひとつでこんなに浮かれている自分に驚く。
そもそも私が料理を始めたのはお父さんとお母さんに喜んで貰いたかったからだ。
私は目をつぶってかつての自分を思い出す。
2人とも激務で帰ってこないから、せめて家族全員でご飯を食べれる時は私の手料理で家族に団欒の色を添えたかった。
「アズキの料理は世界中のどの店よりも美味しいわ」
「アズキ、お父さん以外の男に振る舞うんじゃあないぞ」
「お父さんったら何言ってるの、もう。アズキだって年頃になったら彼氏ができるんだからね」
「……じゃあ、異性でアズキの料理を食べたのはお父さんが初めてだから良いもん」
「良い大人が『良いもん』だって。ふふっ、子供みたい」
私もお母さんと一緒にクスクス笑った。
半年に1回ほどあった数少ない家族のイベント。
次3人で揃うときには、もっと2人を驚かしちゃおう。
そう意気込んでいたが。
「……今月もみんなでご飯食べれないんだ」
LINEで何度も送られる両親からの「ごめんね」のメッセージ。
私はスマホをポイと投げる。代わりに包丁を手に持った。
料理は好きだから続ける。けど、振る舞う人どころか料理を見せる人もいないのはさすがに寂しかった。
それでインスタを始めたんだっけ。
全然再生回数が回らなくても青輝ハルノくんだけは見続けてくれた。
そこからフォロワーが少しずつだけど増えていったんだよな。
私はゆっくりと目を開ける。
相変わらず、ハルノくんは世界の食べ物事典を読んでいた。
私の脳裏に彼のコメントが浮かぶ。
『まめ吉さんの料理はどれだけ美味しいか気になります!』
ポッキーの甘さが口の中に残っていた。
「ねぇ美玖」
「? どしたのアズキ。改まって」
「胃袋を掴みたいって思うのって恋かな」
美玖は目を瞬かせる。
「え、アズキってばひょっとして青輝に一目惚れでもした?」
「1コメ惚れだな。こりゃあ」
「え? どゆこと?」
美玖に聞かれても私は答えない。代わりにニヒルな笑顔を浮かべてみせた。
どこかで聞いた男子の胃袋を掴むナンバーワンレシピは確か肉じゃがだったな。
「まめ吉の料理、どれだけ美味しいか確かめさせなきゃ」
この日の夜。私は早速肉じゃがを作った。
☆
次の日の放課後。
「青輝ハルノくん」
私が初めて声をかけると、ハルノくんは動揺した顔を浮かべた。しかし、不歓迎な様子は一切ない。その証拠に私ときちんと目を合わせてくれる。
「? ……ええと、俺に何か用?」
私は「ふふ……」と笑った。
ハルノくんに用事(食べさせたいもの)ならたくさんある。けど、一度に用事を全て済ませるわけにはいかない。大食いの彼だって胃の容量は無限じゃないだろうし、私は彼をもっと知りたいと思っている。
「私の名前は伊月アズキ。突然だけどさ」
ゴトリ、と重々しい音を立てた弁当箱。
「私の肉じゃが、食べてみない?」
ハルノくんは目を見開いた。
なぜ俺に? どうして急に? 聞きたいことが山ほどありそうな顔をしている。
しかし、彼の出てきた疑問符は食欲に抗えない人のそれだった。
「……いいの?」
ほとんど初めて話すというのに、この警戒心のなさはなかなかなものだ。
私は思わず笑ってしまう。
そして持ってきた肉じゃがと白米を渡す。ハルノくんは恐る恐る受け取った。
本当にいいのかともう一度聞きたそうにしていたので、私は無言で頷く。
「いただきます」
そう言って彼は肉じゃがに箸を向ける。そこからは一切の抵抗はなかった。
「この肉じゃが、めちゃくちゃ味が染みてる……」
彼はひとくち、またひとくちと食べ進めた。
そのたびに彼は幸せそうな顔をする。玉ねぎが甘いだとか、牛肉は嗜好だとか、恐らく心の声だろうが、口に出していて全て駄々洩れだった。ひとくちも大きい。たくさんの量をあまりに豪快に、かつ綺麗に食べてくれるから、こちらもスッキリする。
そしてものの10分で完食したハルノくんは、私の存在を思い出したのか幸せそうな顔に、どこか気まずそうな色が加わった。
「えっと……伊月さん」
頬を赤らめ躊躇いがちに彼は口を開く。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかった、ありがとう」
「どれぐらい美味しかった? 感想文書けそう?」
「作文書かせようとしてる?」
私は「ふへ」と笑う。
書かせたいのは作文じゃなくてコメントだよ、とは言わなかった。コメントは書いて欲しいが自分からお願いするのはナンセンスな気がする。
まめ吉のこともしばらく内緒にしておこう。とりあえず、私の手作りをたくさん食べさせて私がいないと困る身体にしないとね。
今思えば、この時点で私はとっくにハルノくんのことが――。
当時の摂取カロリー 約1000カロリー。
当時のフォロワー 500人。




