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12 カツ丼は誰でも励ませられる


「なぁ頼むよ~、ハルノってば~」


 倫太郎は「この通り!」と言って、両手を合わせて頭を下げる。


「伊月さんから料理を教わりたいんだ!」


「え~……」


 倫太郎が懇願を繰り返し、俺が煮え切らない返事をする。


 こんなやり取りをかれこれ15分ぐらい続けていた。


「なにがダメなんだよ~! やっぱり俺が彼女を奪いそうだからか!? ハルノもその場にいていいからさ~……頼むって~……俺、本当に料理を教えてもらいたいだけでその気はないからさ~……」


 じれったいと思ったのか、倫太郎はとうとう泣きついてきた。


「ちょっ、暑いから離れろって……!」


「やだ! ハルノがOKサイン出すまで離れねぇ!」


「男子高校生の駄々っ子なんて需要ねぇから! まずは落ち着けって!」


 教室の隅でぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たち。もちろん会話はそれなりの人に聞かれてたみたいで。


「呼んだ?」


 聞きつけた伊月さんがひょっこりやってきた。


「呼んだ呼んだ! なぁハルノ!」


 倫太郎は前のめりに肯定する。そして何故か俺の名前も呼んで、話に俺も巻き込んできた。そして俺を肘で小突き、説得するように促してくる。俺はため息をついて伊月さんに向かって話した。


「倫太郎が伊月さんに料理教えて欲しいって」


 すると伊月さんは俺と倫太郎の顔を交互に見て言った。


「厳しい戦いになるよ」


「突然作風違くない?」


 伊月さんは倫太郎の方を向く。


「阿久津くん」


 名前を呼ばれた倫太郎は背筋を伸ばした。


「どうして料理したいの?」


 すると倫太郎は少しこそばゆそうに話す。


「実は俺の家片親でさ。母親がいねぇんだよ。んで、来週弟が部活の大会でさ。周りの家が試合に勝つ! でカツ丼を作ってるんだと。俺と親父、男2人が揚げ物なんてできるわけねぇだろ? だから、カツ丼は諦めてもらおうと思ったんだ。けどさ……」


「けど?」


「弟、めちゃくちゃ悲しそうにわかった、って言うから、これは俺がどうにかしないとって思って……」


 だから頼む! と倫太郎は頭を下げる。そんな倫太郎に俺は耳打ちをした。


「俺にはそんなこと話してくれなかったじゃん!」


「こっぱずかして言えるわけねぇだろ……!」


 すると伊月さんは腕を組んで大きく頷いた。


「いいよ」


「……!」


 倫太郎の顔がぱあ、と明るくなる。そして「マジで!? ありがとう!」と大きな声でお礼をした。


「じゃあハルノくんの家で待ち合わせね」


「オッケー!」


 2人の顔がこちらに向く。


 俺の家なのかと思ったが、ふたりとも既にその気満々だった。


「……じゃあ放課後俺の家で」


 すると2人は拳を突き上げる。


「「やった~!」」



 ☆



「今日は家に誰もいないから好きなように使っていいぞ」


 2人を迎え入れ、早速キッチンに立つ俺たち。


「じゃあ阿久津くん、油入れてみようか」


 伊月さんは油のボトルを倫太郎に渡す。


「こ、これどれぐらい入れるんだ? こんなもん?」


「それは大さじ3ぐらい。もっとドバドバ入れちゃっていいよ。油のダムを作ってやるつもりで」


 その後も2人の料理は続く。伊月さんの会話の相槌は俺が打った。


「手は猫の手で。孫の手じゃないからね」


「初心者は痒いところに手が届かないからよく見てあげてね」


「衣は冬服ぐらいつけてね」


「夏服は素揚げだね」


「揚げるときは上からドボンはダメだよ。とんかつも打ち付けられて痛いだろうし、フライヤーもとんかつが落ちてきたってびっくりするだろうし、油跳ねも危ないし」


「最後のしか要らないでしょ。無機物に感情を持たせないで」


「むきぶチュ、して?」


「しないし、イコラブじゃないんだよ」


 とんかつが揚げ終わったあと、倫太郎が俺に訝しげな顔で言う。


「なぁ、なんでお前伊月さんの言ってることわかるんだよ」


「まぁいつもしゃべってるからな」


「老夫婦かと思ったわ」


 俺たちがちょっとした雑談をしている間に、伊月さんはキッチンでいそいそと何やら進めている。


 かと思えば、どんぶりを持ってきて俺の隣へちょこんとやってきた。


「では出来上がったものをハルノくんに食べてもらいます」


「3分クッキングじゃん」


 俺が「タレとか出汁入りたまご、いつ準備してたの」と聞いたら「ハルノくんの家に来る前に、一旦お家に帰ってパパっと」と伊月さんは答えた。


「揚げ物は大変だからね。初めて揚げ物を作る人にタレと出汁たまごまで作ろうって言うのは酷だから」


 そう言って、伊月さんはメモをひらりと倫太郎に渡す。


「これタレと出汁たまごのレシピね。ここにカツ丼のレシピもあらかた書いてある」


「! ありがとう」


 倫太郎は嬉しそうにメモを受け取った。


 俺は2人のやり取りから視線を逸らして、香しい方へ吸い寄せらせる。


 どどん、と鎮座するカツ丼。どんぶりは食べ物の中でも圧巻で映えるが、その頂ともいえるのはカツ丼だろう。綺麗なきつね色になっている衣と、その奥に肉厚な豚が隠れていると知っていると居ても立っても居られない。もう、俺の食欲は我慢できるところにいなかった。


 それを察したのか伊月さんは箸を持ってこちらに来る。


「ハルノくん、ここは日本だよ」


「手づかみで食べないよ。大丈夫」


 とか言いつつ、もうこのまま手で食べてしまおうかと思ったのは内緒にする。


 そして箸を受け取ったら「よし」の合図だった。俺は「いただきます」とカツ丼と伊月さんと倫太郎に向けて言う。そして、ひとくち。


 ――あ、揚げ物のはずなのにサクサクッと食べれちゃう!?


 もちろん、揚げ物の良さである重みも十分に感じるが、それ以上に箸が止まらない。それをより実感したのは五口ほど食べた辺りだった。こんなに油っぽいのに全く箸のペースが落ちない。俺はこの現象に既視感を覚えた。


 そう、ポテチを食べている時だ。


 サクサク、と一定のリズムを奏でて食べれてしまうのだ。


 そして、理由は伊月さんが教えてくれる。


「ヒレを使っているからね」


「ヒレ?」


 オウム返しをしたのは倫太郎だった。


「そう、ヒレ。とんかつってロースを使うことが多いと思うんだけど、ヒレを使う場合もあるの。ヒレはロースに比べて脂が少ないからね。サクサク食べれちゃうんだよ」


 なるほど、そういうことだったのか。なら、しょうがない。それどころかロースに比べて脂が少ないなら、すなわちカロリーも低いということだ。いくら食べても無問題だろう。


 つやつやな白米とヒレカツは恐ろしいほど相性がいい。この2つが手を汲めば世界征服だって出来てしまうだろう。もし、俺をカツ丼の虜にすることが世界征服の一環だったら、俺は簡単に屈する自信がある。


 聴覚の端で伊月さんと倫太郎が話しているのが聞こえた。しかし、今の俺はカツ丼と向き合っているので、それどころではない。2人の会話は昼休みの放送と同義。BGMだ。


「ほんとにハルノってよく食うよな……」


「昔からなの?」


「ああ。小学生の時からずっとこう」


「へえ」


 伊月さんは歌うように答えた。


 変わらず俺はむしゃむしゃとカツ丼を頬張っているので、ふたりの会話はあまり聞いてなかった。伊月さんがなにやら機嫌が良さそうということだけわかる。


「なぁ、伊月さんとハルノってやっぱ付き合ってんの?」


「うーん、どうだろう」


「じゃ、じゃあ、伊月さんはハルノのこと好きなの?」


「アメリカンドックの先っぽぐらい好き」


 伊月さんが何やら答えると、倫太郎は突然考える素振りを見せる。


 そして急にハッとした顔になり、口をあんぐり開けて言った。


「それ、めっちゃ好きじゃん……」


 なんの話をしているのかよくわからなかったが、めっちゃ好き、で言うと俺はカツ丼がめっちゃ好きだということが改めてわかった日になった。



 ☆



 次の週の放課後。


「この間お父さんがハルノに麻雀覚えてほしいってお願いされたんだけど、周りでやってる人いないから覚えようがないよね。伊月さんやってたりする? もしやってたら教えてほしいな」


 伊月さんは首を左右に振る。「やってない」


「ティックトックの流行ダンスなら教えられるよ。引きこもりは絶対正義の曲」


「それもう6年前だよ」


「夜に駆けるって10年前らしいよ」


「うそ!?」


「嘘」


 伊月さんは麻雀のパイを取る素振りをしながら続けた。


「そういうのっておじさんとかが詳しいんじゃない?」


「えー……俺そんなに仲良いおじさんいないよ」


「りくろーおじさんに聞いてみたら?」


「あの人はチーズケーキのことしか知らないでしょ」


 しかもりくろーおじさんって関西の人じゃん。東京だと、その辺のおじさんを捕まえる方が現実的だ。


 すると俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。


「伊月さ~ん! ハルノ~!」


 倫太郎は俺たちに向かって走ってくる。


 そして目の前まで来たら、ピースサインを見せてきた。


「この前はありがとな! 無事、弟にカツ丼振る舞えたぜ!」


 俺と伊月さんは顔を見合わせた。そしてすぐに頬が緩み、倫太郎に向き直す。


「そりゃあよかった」と伊月さん。


「俺は食ってただけだけど」


 すると、倫太郎は胸ポケットから紙切れを取り出した。


「そんでこれあげる! 今回のお礼! 2人で行って来いよ!」


 受け取っのたのは水族館ペアチケットだった。


「んじゃ! 俺は今から部活だから! またな!」


「うぇぇ! あ、ちょい!」


 どういう意図があってこんなもの寄こしたんだと聞きたかったが、倫太郎は走ってグラウンドへ向かってしまった。


 取り残される俺と伊月さん。俺は何を切り出そうかもじもじしていたら、伊月さんが水族館のチケットを指さして口を開く。


「じゃあ今週末でいい?」


「……!」


 俺は目を大きく見開いた。胸が大きく高鳴る。心臓の音がバレないように、高揚感をぐっと抑えて頷いた。


「いいよ。行こうか」


「言っとくけど捌いてくれないからね」


「お寿司屋さんだと思ってないから大丈夫」




 今回の摂取カロリー、約3000カロリー。

 まめ吉のフォロワー、約4140フォロワー(前話比+20)。

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