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13/30

13 水族館デートのあとに鮭の竜田揚げ

 週末。


 俺は池袋駅で伊月さんを待っていた。


「……伊月さん、そろそろかな」


 先程から俺は落ち着きがない。


 髪を触ってみたり、スマホの画面を暗くして鏡代わりに自分の姿を確認してみたり、今日のファッションは変じゃないかと裾を引っ張ってみたり。


(だって、男女で水族館とかもうデートじゃん! え、俺の考えすぎじゃないよね? 俺と同じ状況に置かれたらみんなそう思うよね!?)


 俺は伊月さんと会った時のシュミレーションを頭の中で何度も繰り返す。おはよう、は学校っぽいし、こんにちは、はどこか他人行儀だし、なんて言ったらいいんだろう。全然わかんない。


 すると誰かが俺の肩をトントン、と叩く。振り返るとそこには伊月さんがいた。


「ごめん、待たされた?」


「待たしてる本人がそれ言う?」


 伊月さんはいつも通り「ふへ」と笑う。


 彼女の私服は随分かわいらしかった。白くて襟の大きなワンピース。コロンとしたフォルムのスニーカー。ミッフィーがたくさんついたトートバッグ。いつもの猫耳ヘアセットも相まって、その姿はさながら白猫だった。


 かわいい、と言いそうになる。しかし彼氏でもないのに、かわいいと口に出すのは気持ち悪いかなと思い、自分の胸の奥にそっと隠す。


 代わりに別の言葉を投げた。


「行こうか」


「うん」


 伊月さんはコクリと頷いて、ちょこちょこ着いてくる。


 店のショーウィンドウに俺たちの姿が写った。手は繋いでないが距離が近い。周りから見たら、俺たちはデート中に見えるのだろうか。


「ねえ、見て。ハルノくん」


 伊月さんはショーウィンドウの方を指す。もしかして、伊月さんも同じことを考えていたのではとドキリとした。


「小麦のテーマパーク」


「パン屋さんね」


 彼女が指していたのは店の中だった。


 どうやら意識してたのは俺だけだったらしい。はあ、と息が漏れた。


 そして、俺の気の抜けたのと同時にお腹からも気の抜けた音が鳴る。


「お、お腹減っちゃって……へへへ……」


 こうならないように、ご飯ちゃんと食べてきたはずなんだけど、なんて言い訳がましいことを言えるはずもない。


 しかも実際めちゃくちゃお腹が空いている。


 すると伊月さんは俺の袖の裾を引っ張った。


「じゃあ私のおすすめのお店行こっか」


 こうして連れてきて貰ったのはつけ麺のお店。


 おしゃれな店内とは裏腹に麺が300グラム無料だった。


「無料だからしょうがないよね」


 最近ダイエットしようと意気込んでいるが意思が弱い。なので、大盛りを食べる理由を見つける。


 その隣で伊月さんが店内にある張り紙を指さしながら話す。


「追加で払えば400グラムにできるみたい」


「課金して脂肪を蓄える」


 もちろん、〆の白米もつけた。



☆



 たらふく食べた俺たちは水族館目掛けて歩みを進める。


「ハルノくん、甘いもの食べたいでしょ」


「えっ」


 伊月さんはニヤニヤと俺の顔を覗いてくる。

「で、でも食べたばっかりだし……」


 正直、めちゃくちゃ甘いものは食べたかった。


しかし、つけ麺400グラムに〆の白米(合計約2000カロリー)も食べてしまっているので、これ以上カロリーをとる訳にはいかない。ここは固い意思で……。


「池袋でしか食べれない甘味だよ」


「行こう。どこ?」


 有名なパフェ屋さんにも連れてきてもらった。

 行列に並んで、順番が回ってくる。ササッと注文を済まし、10分程で提供された。


 かわいい見た目だけでなく、しっかりボリューミー。


 俺は良いが、伊月さんは食べれるかなと心配していた。そしてすぐにその心配は的中し、伊月さんは三分の一ほど食べたところでお腹をさすり始める。


「私、腹に十物抱えてる」


「企みがたくさんある人みたいじゃん。お腹いっぱいって普通に言いなよ」


 すると伊月さんは残ったパフェをズーッと俺の目の前へ移動させた。


「食べる?」


「えっ」


 ぜひとも受け取りたい。が、これは伊月さんの食べかけだ。男子が女子の食べかけを食べるなんていかがなものか。俺がそう貰い渋っていると。


「溶けちゃうよ」


 と言って、伊月さんは俺にスプーンを渡した。

 俺はスプーンを受け取り、アイスとクリームが混ざりあった場所目掛けてすくい上げる。


「い、いただきます」


 俺はむぐ、とパフェを口に入れる。


 口の中がひんやりとした。


 とても甘い。甘いんだけど。


(伊月さんの食べかけだって思うと味があんまりわかんない……)


 いつもだったら美味い美味いとなんでも食べれるのに。


 俺がパクパクと食べ進めていると、伊月さんは食べる俺を見ながら話しかけてくる。


「パフェってパーフェクトの略称なんだよ」


「へぇ。そしたら半分食べたパフェはパーフェクトじゃないのかな」


「私たちが食べちゃったから半人前に降格か」


「量に換算しても半人前だね」


 俺たちは顔を見合せて笑った。パフェも底が見え始めている。


 ☆


 エレベーターの扉が開くと、すぐに水族館の出入り口が迎えてくれた。


「着いたね。水族館」


 俺が言うと、伊月さんは水族館の隣に視線を移す。


「プラネタリウムもあるね」


「ほんとだ。初めて知った」


「品揃えはプラネタリウムの方がいいんだよね。ほら、魚だけじゃなくてラムとかビーフもあるし」


「それに対して水族館は魚類しかないもんね、じゃなくてさ、十二星座は星だから入場しても購入できないよ」


 こうして俺たちは水族館を堪能し始めた。

「魚に有るで鮪なら、魚に無いでまぐらないになるのかな」


「鮪を動詞にしようとしてる?」


「カニにカニカマを食べさせると共食いかな」


「鰻にうなぎパイを食べさせたら共食いにならないんじゃない?」


「見て、ハルノくん。アシカショーだって。そろそろ出番じゃない?」


「俺に泳げと?」


 すると、途中で俺たちの身長をゆうに超えた大きな水槽が現れた。


 その水槽はエイやサメといった華型な魚たちが気ままに泳いでいる。その周りには中型の魚がヒラヒラと舞っていた。


 いかにもフォトジェニックといったような水槽である。


「ほわー」


 伊月さんはトタトタと大きな水槽に駆け寄る。


 俺は少し遅れて伊月さんの隣に立った。


「ハルノくん、見て。綺麗だよ」


 伊月さんは水槽を上から下まで眺めたあと、正面にいる名前の知らない魚をまじまじと観察している。


「……ね。綺麗」


 俺は伊月さんの横顔を見ながら言った。


 そして俺は言ったあとハッとする。


今俺の言った「綺麗」という言葉は、魚たちが織り成す自然の世界によって出た言葉なのだろうか。それとも、伊月さんの台詞を復唱しただけなのだろうか。


「ふわ~。楽しかった~」


 伊月さんは建物の出口でそう言った。水族館を見て回ったあと、複合施設で店を見て回ったあとだ。


 俺たちは日が暮れた道を歩いていた。


「ちょっと寄ろうよ」


 伊月さんは広場を指さす。辺りにはベンチが点在していて、休憩するのにちょうどよさそうだった。


 ベンチに座ると、伊月さんはトートバッグをあさり始める。


「じゃーん」


 伊月さんのトートバッグから出てきたのは、いつもの弁当袋だった。


「え、作ってきてくれたの?」


「ハルノくんはつけ麺とパフェじゃ足りないかなって思ってたからね」


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


 またそれが実際その通りなのも恥ずかしい。


 俺は顔を両手で覆い隠す。それを見た伊月さんは「ふへ」とジト目で笑った。


「はい、箸」


「ありがとう……」


 俺は素直に箸とお弁当箱を受け取る。


 箱を開けると、中から除くのは鮭の竜田揚げだった。水族館に行ったばかりなのに魚類か、と思ったが、実は水族館に行って魚類が食べたいと思ってしまった節がある。


(ひょっとして、伊月さんに俺のことはお見通し……? いやまさかね……)


 これ以上はお腹が減って深く考えられなかった。箸を持って、手と手を合わせる。


「いただきます」


 俺は鮭の竜田揚げを口へ運んだ。


――魚の塩気とふやけた衣が驚くほど合うッ!


 揚げ物は時間が経つと衣がふにゃふにゃになる。そのふにゃふにゃになった衣が鮭の塩気を吸っていて美味しい。ふにゃ衣塩気付きでしか得られない栄養がある。これがまた白米が進む。



しかもこれ、舌でジンジャーが転がっているぞ。これがまた良いアクセントになっている。


 参ったな。俺の好みを完全に把握されている。ダイエットは明日から、という語録があるが、伊月さんの料理を食べてるうちに、ダイエットは来世からで良いのではないかと思ってしまう。


 それよりなにより、伊月さんの作ってくれた竜田揚げ、今日食べたどの外食よりも。


「……美味しい」


 もちろん、つけ麺もパフェも美味しかった。けれど、伊月さんが作ってくれる物は何物にも代えがたい。


 俺は最後のひとくちまで噛み締めたあと、いつも通り手を合わせた。


「ご馳走様でした」


 すると伊月さんは嬉しそうに「さすがハルノくん」と親指を立てる。


 そして彼女はお弁当箱を回収しながら口を開いた。


「今日は一味違うんだ」


 その言葉に、俺は弾けるように反応してしまう。


「ひょっとして、生姜をアクセントにしたところ!?」


「のーん」


 伊月さんは首を横に振った。


「料理してるとこんな服も着れないから」


 そう言って、白いワンピースの襟をクイクイと引っ張る。


「普段からそういう服着るの?」


「着ないよ。金曜に買った」


 金曜? 金曜って……。


「昨日じゃん」


 俺は伊月さんのことを見た。伊月さんは正面を見つめており、表情がよく見えない。


 妙な空気が流れたあと、その空気を割ったのは伊月さんの言葉だった。


「そろそろ帰ろっか。お迎えが来ちゃう」


「シンデレラのつもり?」


「強面のおじさんとか」


「お巡りさんが補導しにくるってことね」


 なんて優等生な帰宅理由だろうか。俺は腰を上げた。


 そして数歩進んで伊月さんから距離を取る。ワンピースのことがずっと頭から離れなかった。


 俺は拳を握って、伊月さんの方を振り向く。彼女はベンチから立って、俺の方にやってくる最中だった。


「伊月さん!」


 突然名前を呼ばれた伊月さんは肩を跳ねさせる。そして、歩みを止めた。


 俺は早る気持ちを抑えて、一度呼吸を置いてから言う。


「あの……わ、ワンピースとっても似合ってるよ」


 言い終わった瞬間、恥ずかしさが押し寄せてくる。恥ずかしいと思えば思うほど、俺の口は饒舌になっていった。


「いや! 変な意味じゃなくてさ! 似合ってるなって思ったから似合ってるって言っただけだから! ぽ、ポジティブなことってどんどん声に出して言った方がいいじゃん! だから似合ってるって言ってみた! そ、それだけ……!」


 矢継ぎ早にしゃべる俺に、伊月さんはポカンと話を聞いていた。そして話の終わりを感じた彼女は「あっはっは!」と今まで聞いたことないぐらい豪快に笑う。


「な、なんでそんなに笑うのさ!」


 すると伊月さんは涙を擦って言った。


「そんなに早口で言う必要ないじゃんって」


 そして伊月さんは俺の頭上を指さす。


「ハルノくんも、今日のヘアセットめちゃくちゃキマッてるよ。かっこいいと思う」


 俺は顔が熱くなる。熱を帯びるとカロリーが消費されるはず。そんな都合の良いことを考えながら、ありがとう、と口に出した。




 今回の摂取カロリー、約4500カロリー。

 まめ吉のフォロワー、約4160フォロワー(前話比+20)。

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