14 鍋を一人前食べたい場合は冷凍タッパーにすればいい
「今日は家に来て」
朝一番。俺が登校しておはようより先に、伊月さんはこう言った。
そして、俺の方にニヤニヤとすり寄ってきて、内緒話をするように声を潜める。
「今日うちに親がいなくてさ……」
「いつもでしょうよ。わざわざ親がいないって言う必要あった?」
「作ったご飯がひとりじゃ食べきれないから来てほしい」
「親がいない、結構大事な情報だった」
こうして、俺は放課後に伊月さんの家へ向かった。
☆
伊月さんの家のリビング。
相変わらず、綺麗で広いキッチンだ。景色もタワマンらしく、とても眺めが良い。
「じゃーん。鍋の冷凍ストック」
伊月さんは冷凍庫から取り出したタッパーを俺に見せてきた。中には、凍った鍋の具材が身を寄せ合っている。
「あー! バズってたやつ!」
俺は思わず大きな声を出してしまう。最近、まめ吉のアカウントが再びバズったのだ。鍋が食べたいけど、一人暮らしでは材料が使いきれなくて鍋が食べれない人必見! という文句で始まった動画。材料を切ってタッパーに小分けにし、好きな鍋の汁を注いで冷凍、その後食べたいときに解凍すれば一人前の鍋が簡単に食べれるというなんとも画期的なものだった。
「動画用に作ったものって、一人だとなかなか食べきれなくてね」
「え、今日も食べていいってこと?」
「もちろん。そのために呼んだし」
伊月さんは手でオッケーマークを作る。
「解凍してくるね」
数分後、レンジからチンッと音が鳴った。
そして伊月さんはタッパーと、なぜか鍋も一緒に持ってきて俺の前に出す。
「では、あるべき姿に戻します」
そう言って、タッパー5つを鍋に流し込んだ。
「なんで鍋に戻すの?」
「ふたりで食べるから、その方が雰囲気でるじゃん」
確かに。俺は納得したあと、小皿に自分の分と伊月さんの分に取り分ける。
そして、俺たちはふたりで手を合わせた。
「「いただきます」」
そして俺はレンゲで汁をすうく。そのまま口に付けてゴクリと飲み込んだ。
——しょっぱさの中に野菜の甘みが溶けてて確実に旨いッ!
1口目で舌に転がしたとき、優しく包み込んでくれる味だと思った。
とんでもない。
2口、3口と進めていけば、実は味が濃かったり、野菜の甘みを取り込んでいたり、かと思えば豚バラ肉の脂を存分に抱えている、まさに沼のような汁。昆布やチキンが鼻に抜けていく感じ、恐らく白だしや鶏ガラも使われているのだろう。見た目王道醤油ベースだと思っていたら、ずるずると引き込まれていく。恐ろしい鍋つゆだ。
そんな汁に誘われるがまま、白菜、つみれ、豚バラ、しいたけと次々口に運んでいった。
気づいたら、あっという間に食べ切ってしまう。
普段なら、儚い、もう終わってしまった、など、満たされた気持ちと同時に少し残念な気持ちにもなる。
否、今日は違う。
鍋が構えて待っている。底の深さが懐の深さ。どんな腹ぺこも受け入れてくれるだろうという安心感。
食らう……食らうぞ……!
俺はおたまを取り、自分の小皿擦り切れまでよそった。
「ああ……お腹いっぱい……」
結局俺は鍋を全て食べきった。
なんなら、〆のうどんまで用意してもらい食らったので、もう何も入らない。
血糖値の上昇から来る幸せな眠気。眼前には高層階の綺麗な景色。外は随分暗くなっていて、ビルやマンションの電気がきらきらと光っている。まぶたが重い。伊月さんの家であることも忘れてこのまま眠ってしまいそうだ。
「私が料理を始めたのは家族に喜んでもらいたかったからなんだ」
ふと、伊月さんの柔らかな声が聞こえる。まるで、母親が子供を寝かしつけるために本を読み聞かせるような、そんな声色で。
「たまに家族で夜ご飯が食べれる時、2人に私の手料理を振る舞うの。それで笑顔になってくれるのが、すごく嬉しかった」
「けど、最近2人とも忙しすぎてなかなか振る舞えなくてさ。それで始めたのがインスタだったの」
意識が遠のいていく。その中でも、一応話は全部聞けていた。
「最初の方、本当に伸びなくて、お父さんもお母さんも私の料理を食べてくれないし、もうインスタも料理も辞めちゃおうかな〜って思ったらさ、見つかったんだよね」
突っ伏している俺に伊月さんは目線を合わせてくる。
「ハルノくんに」
パチリ、と目が合った。星屑が弾けたように感じる。
寝ぼけていた俺は、少し目が覚めた。
覚めたついでに聞いてみる。
「だからって、なんでこんなに美味しい思いをさせてくれるの?」
すると伊月さんは「野暮なこと聞くね~」と口角を上げた。
「だって家族じゃん」
俺は弾けるように起きる。
「そ、それって……」
どういう意味? と聞こうとしたら、伊月さんは先に口を開く。
「同じ釜の飯をつついた仲なのに」
「人類みな兄弟みたいなノリね」
俺はほっと肩を撫で下ろす。
家族じゃん、なんて言い方、ひょっとしてと思ってしまうじゃんか。
俺は窓の外を見つめる。もうすっかり真っ暗だ。そろそろ帰らないとな。
帰宅を促す言葉を出そうとする。しかし、口から出たのは別の言葉、どころか自分でも驚くような言葉だった。
「俺もインスタやろうかな」
「え?」
蚊の鳴くような声で言ったはずなのに、伊月さんにはしっかり聞こえていたようだ。
恥ずかしくなった俺は捲し立てるように口を開いてしまう。
「って、言っても伊月さんみたいにバズを狙ってやるわけじゃなくて……えっと、ほら。趣味だよ! 趣味! まめ吉の料理を一般人が作ったらどうなるのか!? みたいな検証もかねて! それに俺、大食いだしさ! 作って食べる動画とか需要あるんじゃないかな~って思ったり思わなかったり……」
「ふはっ」
くつくつ、と笑いだす伊月さん。笑われた、と思って俺は余計に恥ずかしくなる。
ひとしきり笑った伊月さんは、俺の顔を覗き込む。穴があったら入りたい俺は、目が合わないように黒目を移動させる。しかし、そんなものでは伊月さんからは逃げられない。伊月さんは俺の視界に無理矢理カットインして、ばっちり目が合った。
「楽しみにしてる」
伊月さんは機嫌良さそうにする。その後キッチンへ戻っていき、お皿洗いを始めた。最中、ずっと鼻歌を口ずさむ。
俺はその鼻歌を聞きながら、伊月さんを眺めていると、ある疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば、冷凍ストックだったら、俺のこと呼ぶ必要なくない? だって、冷凍すると賞味期限かなり伸びるはずだし……」
すると、伊月さんは鼻歌をやめて、今度は歌詞付で歌い始めた。
「息も詰まるこんな世の中で~♪ ぼくはアナタを馬鹿にしたい~♪」
ショート動画でバズっている曲。SNSを主戦場としている伊月さんらしい選曲だった。
今回の摂取カロリー、約2000カロリー。
まめ吉のフォロワー、約4660フォロワー(前話比+500)。




