6 オムライスこそ人の心を掴むのは難しいらしい ②
「きちゃった」
「いらっしゃい」
数日前に来たばっかりなのにもう来たな、なんて呆れつつ、正直かなり嬉しかった。
緩む口元を気合で引き締めて、俺は伊月さんに話しかける。
「どうかした?」
尋ねると、伊月さんは手に持ったお弁当袋を見せつけてくる。
「たくさんオムライス作ってきた。食べてみて」
家に上げない理由が見つからなかった。
伊月さんが俺の家のリビングへ真っすぐ向かう。その行動が一層、この家に来るのが初めてでないことを物語っていて、不意にドキドキしてしまった。
「今日お母さんとユアちゃんは?」
「母さんはパートで、ユアは部活」
答えると、伊月さんは俺の方を振り返って言う。
「ふたりぼっちだね」
なにかを期待させる言い方だった。
誰もいない空間で、ふたりでできることとはなんだろうか。
考えて俺は首を振った。邪な気持ちで伊月さんの隣を歩くのはよくない。そうだ、ふたりでできることなんていっぱいあるじゃないか。UNO、スピード、神経衰弱、オセロ……。
俺がテーブルゲームを頭の中で羅列していると、伊月さんは人差し指で自分と俺を往復させる。
「ぼっちとぼっち、合わせてふたりぼっち」
「俺たち個と個なんだ……」
伊月さんは手に持ったお弁当袋を開けて弁当箱を寄こしてくる。
全部で5つあった。
「じゃあ、食べて」
言いながら伊月さんはパカパカと弁当箱を開けた。
そこには見た目かわいいミニオムライスが5つ並んでいる。
俺の口から唾液が溢れ出す。そういえば、今朝起きてから何も食べてないっけ。
「いただきます」
いつの間にか俺の手にはスプーンが握られていた。いや、伊月さんに握らされたのだろう。
俺はスプーンを1つ目のオムライスに潜らせた。
――加工肉が旨いッ!
ウインナーの皮がバリッと弾ける音がゴングだった。途端に溢れるジャンクな油。加工肉特有の旨み。これがどうしてかケチャップライスによく合う。
しかも待て。次の音はシャキッ、だ。シャキシャキと子気味良い音が鳴る度に、口の中が優しい甘さで包まれていく。俺はオムライスの断面を見る。音の正体はコーンだ。
何だこのオムライスは。全子どもが喜ぶ組み合わせすぎるだろ。ここに小さな旗を立てたらお子様メニューに載っているオムライスだ。
そして息付く暇もなく、2つ目のオムライスにスプーンを入れる。
――チーズが舌に絡むッ!
オムライスの中にチーズを仕込むという王道でありながら、毎回新鮮に喜べるオムチーズ。
これでもかというほどチーズが入っているからか、チーズが伸び、かつ濃厚だ。
メルティチーズ。旨すぎて、俺の脳も溶けちゃいそうだ。
俺は残り3つのオムライスも続々と口に運ぶ。
――野菜の甘みが効いてるッ!
――醤油ベースで味付けだと!?
――バターライスのコクが口の中を無事支配ッ!
俺は心のままにオムライスを平らげた。5種類のオムライスはどれも美味しく、甲乙つけがたいものだった。
「飲み物取ってくるね。冷蔵庫の中に麦茶あったよね」
「いやいや、さすがにそれぐらいは自分でやるよ」
「食べてる最中は食べることに集中しててほしいから」
顔だけ俺の方に向けて歩いていたからか、伊月さんは何もないところでつまずいた。
俺は伊月さんを守る手段はないかと一瞬で頭を回転させる。
「伊月さん危ない!」
「んあっ」
俺が注意したときには伊月さんは足を滑らせて倒れ掛かっていた。
伊月さんは何かしがみつくものを探しているように見えたから、俺は無意識に手を伸ばす。
彼女は俺の腕をしっかりつかんだ。
だが、倒れてしまった。情けないかな、俺が伊月さんにしがみつかれたとき気が緩んだのだ。
そして二人して倒れる。せめてと思い、俺の片腕は伊月さんの後頭部にまわした。
もちろん、そんな体制になるということは、俺が伊月さんに覆いかぶさってるわけで。
「は、ハルノくん」
「ご、ごめん……!」
俺は伊月さんの頭をそっと地面に預けた。
そして彼女に半分ほど体重乗ってしまっているので、すぐに身体を浮かす。
伊月さんはつぶれてないだろうかと心配していると、彼女の方から俺の重みについて言及し始めた。
「ハルノくん、重かった」
「ええ!? ふ、太っちゃったのかな!? ほんとに申し訳ない!」
「私はその重さのどれぐらいを構成できたかな」
伊月さんはゆっくり起き上がる。俺はそのさらに遅い速度で起き上がったせいか、途中で顔と顔が近くなった。
今の体制もなかなか刺激的だが、先程の覆い被さる体制の方が今の比ではないので、相対的に冷静になってしまう。
それは伊月さんも一緒なのか、随分と落ち着き払って呟いた。
「ハルノくんの口、オムライスの味がしそう」
思わぬ話の切り口で俺は素っ頓狂な声が出てしまう。
「え? まぁ、オムライス食べてたからね」
「でも私がハルノくんを食べないと、本当にオムライスの味がするのかわからないよ」
今度は今までの比べものにならないぐらい心臓が跳ねた。跳ねた、だけで済めばいい。今もなお、跳ね続けている。
伊月さんは俺の唇に振れた。
「ハルノくんは甘いものだったら全部好き?」
俺は言葉の意味もわからず頷いた。そこに隠れている意図なんて一層わからない。
そして彼女の方から仕掛けてくる。俺と伊月さんの関係は、これ以上うやむやなまま進んでいっていいのだろうか。
「い、伊月さ……!」
その瞬間、俺の口は甘くなった。ふにゅり、とした感覚。しっかり感覚があるのに口の中で溶けていく。
「こうすれば今のハルノくんの口の味がわかるね」
「同じものを食べて味覚を共有ってこと?」
「そうとも言う」
かわいいこと考えるな、なんて思ってしまった。
伊月さんのお茶目なところにきゅんとしてしまう。俺はふたつめの に手を伸ばした。さっきあんなにオムライスを食べたのに、甘いものならスルスルと入ってしまうのだから不思議だ。
それにしても、伊月さんはお茶目可愛いのに俺ときたら。 破廉恥なことを勝手に考えてドキマギしちゃってさ。伊月さんに申し訳ないよ。
だって俺はてっきり唇と唇を……。
俺は想像しかけて顔が赤くなる。それを見計らったかのように、伊月さんはこんな質問を飛ばしてきた。
「それにしても、さっきのハルノくんどうしてあんなに動揺してたの?」
この話は終わったと思っていたから完全に油断していた。
俺は何か言わないとという気持ちが早まり、台詞が固まらないうちに言葉を話してしまう。
「だ、だってさっき『私がハルノくんを食べないと』って言ってたから……」
「え、食べられたかったの? 命知らずだね~」
「比喩じゃなかったのか」
俺はほっと肩を撫でおろす。どうやら俺の早とちりだったようだ。自分のことながら、男子高校生というのはどうして気が緩むとピンクが過るのだろう。
しかしほっとしたのもつかの間、伊月さんは言葉尻を取ってきた。
「比喩じゃなかったってどういう意味?」
今度こそ何も言えなかった。
それでも伊月さんの追撃は続く。
「なに想像してたの」
俺は目を逸らす。
「……覚えてない」
今はたった一言を吐くので精一杯だった。
「数秒前のことなのに?」
「ああ……」
わかりやすい嘘だよな、と自分でも呆れてしまうぐらいだから、伊月さんだって同じ気持ちだろう。
もう少し詰められるかも、と思った。
しかし、それは杞憂に終わる。
「まぁそういうこともあるよね。私もお米炊く時、今何合入れたっけ? ってなることあるし」
意外にもすんなり受け入れる伊月さん。
かと思ったが、突然立ち上がり、そっぽを向き始めた。
「自分で振っといて恥ずかしくなっちゃったな……」
「え、なにが……?」
「 ((ヾ(・д・。)フリフリ」
「撤退しようとしてる?」
伊月さんは荷物をまとめて俺の部屋を出ようとする。
「ありがとう、ハルノくん。とっても参考になった」
そう言って玄関へ向かっていく。その間、一度もこちらを振り返らなかった。
「帰って動画の準備する。またね」
それだけ言い残し、逃げるように帰っていった。
どうしてか、少し気まずい空気になる。その空気は伊月さんがドアを開けた瞬間入れ替わっていく。
去り際、伊月さんの耳が赤くなっている気がした。
☆
「まあまあだったなぁ」
後日の朝。伊月さんは机に突っ伏して足を投げ出しふてくされていた。
恐らく件のオムライス動画について話しているのだろう。
「いや、結構再生回ってたじゃん。十分でしょ」
まめ吉ファンの俺はもちろん動画を追っていた。確かに伊月さんが目指す再生数ではなかったかもしれないが、それでも検討していたとは思う。
伊月さんは突っ伏したまま、顔をこちらに向ける。視線が交差した。
「……でも、これじゃあハルノくんの気は引けない」
俺は目を見開く。
だって、その言葉、その表情、その雰囲気。
その全てに俺は――。
すると突然ガガッ、と椅子と床が擦れる音がする。
「ここで立ち止まってられない。前進あるのみ」
伊月さんは気合入れのためか、小さくガッツポーズをして自信を鼓舞する。
「私、がんばる」
今度は俺に向けて宣言をした。俺は首を振る。
「伊月さんはがんばってる」
すると伊月さんは狐に摘ままれたような顔をした。そしてどこか張りつめていた表情がふっと柔らかくなる。
「うん。ありがとう」
今回の摂取カロリー、約3500カロリー。
まめ吉のフォロワー、約2580フォロワー(前話比+70)。




