5 オムライスこそ人の心を掴むのは難しいらしい①
「オムライスって難しいんだよ」
伊月さんは突然に告白してきた。
いつものごとく放課後の教室。
俺は目を丸くする。
「意外だなぁ。伊月さん、オムライスとか簡単に作りそうなのに」
すると伊月さんは苦そうな顔をする。
「まあ作るだけならね。できるんだけど……」
「けど?」
「インスタじゃあ、競争が激しすぎるんだよ」
俺は「あ~」と唸る。確かにオムライスはどの家庭でも出てくるし、レシピとして需要はかなり高い。だが、高いゆえにSNSではオムライスのレシピは飽和状態なのだろう。
俺は頭を捻ったあと、こう提案してみる。
「そしたら、オムライスはわざわざショート動画で上げなくていいんじゃない?」
しかし伊月さんは首を左右に振った。
「それは逃げみたいでやだ。料理垢のレジェンドたちは絶対出してるもん。それにオーソドックスはバズればすごいんだよ。もし、バズらなくてもレシピ動画をちゃんと出しているって意味ではレジェンド達と肩を並べたことになるし」
「なるほど。プロ意識が高い」
「いつかプロになるなら、今がアマチュアだろうが行動だけは立派でありたいからね」
「伊月さんの向上心には目を見張るよ。さすがだね」
伊月さんは「へへ、そうかな」と嬉しそうに答えた。
俺は改めて考えてみる。オムライスのショート動画が埋もれないようにするためには。
目を泳がせながら考えていると、ふと自分のバックの中にある本が目に入る。そういえば、返却日明後日だっけ。明後日は図書委員のシフトが入ってるから、その時に返せばいいか。
そこで俺はピンとくる。
「そしたら本を読んでみるのもありじゃない?」
伊月さんは俺の方を見る。
「アナログだね。流行の中心にいるインスタに、従来型は利くのかな」
「現代っ子だな、伊月さんは。本ってのは深いんだよ」
「ほーん」
「それは浅すぎる」
俺は咳ばらいをして続けた。
「インスタって動画の企画から編集まで、全部個人で完結させられるよね」
「そうだね」
「けど、本は違う。本を一冊作るまでにたくさんの人が関わってる。労力を使って出した渾身の一冊。これは、個人じゃ絶対届かない領域だと思わない?」
伊月さんは俺の言ってることに納得したようで「なるほど」と相槌を打つ。そして今度は彼女から提案をしてきた。
「なら、善は急げだね。図書室、行こ」
かくして、俺たちは図書室へ向かった。
☆
「あったあった。レシピ本」
俺は『料理』と書かれた札を指さした。
学校の図書室あるあるのかなり昔に刊行された本もあれば、まだ紙が若いピカピカの新刊だろうというものが混在している。
本というのは基本的に流動的なものだ。特に週刊誌なんか発売が月曜であればその週の日曜には価値がほとんどなくなっている。
しかしレシピ本だけは違う。古本屋に昔のレシピ本を持ち込んでもそこそこの値段で買い取ってくれる場合もあるほどだ。
世間が移り変わろうと、みんなの美味しいと感じる部分は昔から変わってないのかもしれない。
「こんなにまじまじレシピ本を読んだのは久しぶりかも」
伊月さんは声を弾ませる。
「伊月さん、レシピ本とかたくさん読んでると思ってた」
「料理したての方は読んでたけど、インスタの運営始めてからほとんど読まなくなっちゃったね」
「どうして?」
「バズって水物だからね。もたもたしてると、すぐ新しいレシピが流行り始めるんだよ。バズろうバズろうってレシピを追うと、どうしてもショート動画でレシピを参考にする方が良くてね」
俺は納得して頷く。同時に伊月さんは普段からそんなことも考えているのかと尊敬の念も抱いた。
彼女は続ける。
「今はちょうどバズの移り変わり時期だからね。こういう時に、今まで出してみたかったレシピを出して、一発かましたいんだよ」
レシピ本を眺めながら語る伊月さんは、とても目が輝いていた。夢や目標に向かって頑張っている人ってどうしてこんなに眩しいんだろう。
俺は彼女の眼差しに虜になりそうだった。それに気づいて、誰に心を読まれているわけでもないのに勝手に言い訳を始める。
俺はあくまで頑張っている人が好きなのであって、決して伊月さんに特別な感情を抱いているわけじゃない。
確かに最近可愛いな、とか素敵だなって思う頻度が増えてるかもしれないけど、それはここのところずっと一緒にいるからであって。
……ここのところずっと一緒にいる?
すると意識の外から伊月さんの声が聞こえた。
「ハルノくーん。もしも~し」
はっとしたとき、眼前で伊月さんが手を振っていた。
彼女の顔を見ると、いつもと変わらない表情をしている。
「本って何冊まで借りていいの?」
「5冊までなら借りれるよ」
俺は手をパーにして5を表す。
すると伊月さんは透かさず手のひらを合わせてきた。
あまりに突然のことに、俺は固まることしかできない。
「大きな手」
伊月さんはつぶやく。
俺は変わらず目を丸くしたまま、重なった手を眺める。
「力強いね」
「そうかな。自分の手が力強いなんて思ったことない」
「えー、じゃあこの肉厚な手を活かしたことがないのか。もったいない」
「活かしどころなくない?」
「うどんの生地こねるときとか絶対優秀じゃん」
「丸亀とはなまるに引っ張りだこだなぁ」
伊月さんの手は離れていく。そして先程のように借りる本を吟味し始めた。
猫のように気まぐれな行動に、俺はいちいち感情が振れる。
「なにぼーっとしてるの、ハルノくん」
だが、おそらく彼女には深い意味はないのだ。
その証拠に今もふてぶてしく俺のことを見ている。
今日も可愛くセットされた猫耳ヘアがよく似合っていた。
「あ、この本とかいいんじゃない?」
なんだか癪だったので、本に逃げる。
伊月さんは囲いこんでくるかと思ったが、案外そうでもなく「どれ、見せて」と話の舵切りを許してくれた。
そして、選んだ5冊。伊月さんは本を抱えながら言う。
「たくさん作る予定だから完成したら食べてくれる?」
「もちろん。むしろ食べさせてよ」
明日から休日だ。
俺は月曜の楽しみができたとわくわくする。
☆
日曜日というのはどうしてこうも身体が起きるのを拒むのだろうか。
時刻は12時になろうとしていた。実を言うと10時から起きているのだが、動く理由が見つからない上に、布団がどうしようもなく心地いいので、ベットから出られない。
YouTube、エックス、インスタ。この辺をクルクルしてたら2時間なんてあっという間だ。
さすがにまずいと思ったので、何とか布団からでようとする。無理矢理伸びをして座る体制までもってこれた。
すると、見計らったように俺のスマホが震える。画面には『アズキ』という名前と電話の応答ボタンが表示されていた。
「もしもーし、聞こえてる?」
「もしもし。聞こえてるよ」
「電波電波の怪電波♪」
「ショート動画に犯されすぎ」
すると伊月さんは電話口で「ふふん」と笑う。
「ハルノくん、今何してるの?」
「天井のシミを数えてた」
「じゃあ太陽の数を数えてみない?」
「数えるまでもなく一つだし、直接見たら失明するよ」
「だったら目の前の道路に落ちてる小豆の数は?」
「目の前の道路に落ちてる小豆の数?」
俺は窓を開けて道路を見る。
伊月さんがいた。そうだこの子、伊月『アズキ』さんだ。
「ひ、ひとり……」
すると伊月さんは意地の悪い笑顔を浮かべた。
「正解はゼロ粒でした。個数も単位も間違えてるよ」
「伊月さんって日本で一番北にある県はどこでしょう、とか言ってきそう」
俺は急いで下に降りた。




