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3/30

3 コンビニの肉まんもいいけど、手作りだってできるんだ


「お前、伊月さんと付き合ってるの?」


 友達の阿久津《あくつ》倫太郎《りんたろう》は突然に聞いてくる。


 俺は食べていた唐揚げパンを喉に詰まらせそうになった。


「げっほ、ごっほ、げほげほ……っ!」


 俺は隣の席で寝ている伊月さんに視線を向けた。彼女は机に突っ伏して寝ている。


「動揺するってことはやっぱりそうなんだな!?」


 倫太郎は水を寄こしてくる。俺は受け取って詰まったパンを胃に落とそうとした。その合間も、倫太郎の興味は俺と伊月さんの関係にありそうだ。


「倫太郎の思うような関係じゃないよ」


 俺はペットボトルの蓋を閉めながら、やんわりと否定する。


 しかし倫太郎はまだ納得いってないようで。


「あの距離感で付き合ってないとかありえるのかよ」


「どの距離感だよ」


「だって俺見ちゃったもん」


「何を」


「裏庭でふたりでホットケーキを頬張ってるところ」


 倫太郎はまるで刑事のようなノリで俺を袋小路まで追い詰めようとする。


 実際俺は「うっ……」と声を漏らしてしまった。


「なぁ、やっぱりそういうことなんだろ? ハルノ~、俺とお前の仲だろ? 教えてくれよ~」


「いや本当に違うんだって! そもそもあのホットケーキは伊月さんの手作りで……!」


「は!? 手作り!? そんなのもう言い逃れのしようがねぇじゃん!」


「じゃなくて! 伊月さんには手作りをするのには理由があって……!」

 俺はその先を説明しようとして、止まる。


 なんだか、言いたくないなと思っていた。


 インスタのあれこれについて、伊月さんから口止めされているわけじゃない。けど、この話を誰かに共有するのが嫌だ、と感じている自分がいる。


「な、なんだっていいだろ……! つーか、お前のこと、さっき先生が探してたぞ」


「やば! 課題出すの忘れてたんだった! わりぃ、職員室行ってくる!」


 倫太郎は自分の席の上に置いてあるノートを乱暴に取って、足早に教室を去った。


 隣の席で、伊月さんは相変わらず寝ている。


 ☆


 放課後。


 委員会の話し合いを終えて教室へ戻る。


「あ~、お腹減った……」


 所属している図書委員は委員会活動とは名ばかりで、実態はシフト制で休み時間とか放課後で図書室で図書室を見守っているだけだった。


 俺は教室へ足を踏み入れると、まだ教室に人が残っていたようだ。


「あれ、伊月さん?」


 見覚えしかない人陰に、俺は思わず声を掛ける。


 伊月さんは振り返らない。


「伊月さん! 何してるの〜!」


 さっきより声量をあげてみたが、やっぱり振り返らない。


 痺れを切らした俺は伊月さんに近寄った。彼女の耳にはイヤホンがついている。


 なるほど、と思った俺は彼女のすぐそばまで寄って、耳元で普段話すぐらいの声量で呼びかけた。


「伊月さーん」


「わっ!?」


 伊月さんはイヤホンを外してこちらを見る。目を丸くして、いかにも驚いていますという顔をしていた。


「は、ハルノくん……」


 すると伊月さんは前髪をパッパッと整えて、椅子から立ち上がり戦闘態勢を取った。


「ここで会ったは百年目、今日こそは成敗してやるわ」


「いつも主人公に負ける実は心根は優しい憎めない敵キャラじゃん」


「それを一言でバイキンマンポジションともいう」


「初めて聞いたけど」


 俺はイヤホンに視線を移す。


「何聞いてたの?」


「コンビニのホットスナックレビュー」


 画面を見ると大食いを自負する男の子が新作のホットスナックを食べまくり、批評をしている。


「うわぁ〜……飯テロだ……」


 俺のお腹は思い出したかのように鳴き始める。


 もちろんその音は伊月さんにも聞こえていた。


「食べる? ホットスナック」


「え、いいの?」


「冷めちゃってるからホットスナックのホット抜きだけど」


 伊月さんはバックからお弁当箱を取り出した。


「ちょっと待って。お弁当箱ってことはホットスナックを手作り……?」


「そうだとも」


「でも、さっきコンビニのホットスナックレビュー動画見てたよね?」


「敵陣の視察だよ」


「個人で企業に勝とうとしてる?」


 伊月さんは口を歪ませる。否定も肯定もしないのか。


「では開封していきたいと思います」


「途端に口調がYouTuberじゃん」


 伊月さんはお弁当箱を開ける。


 中には肉まんとあんまんっぽいものが入っていた。


 そして、例のごとくお弁当箱をずいずいと俺に寄越してくる。


「食べて、ハルノくん」


 いつもと変わらぬジト目で俺を見つめる。


 どうやってセットしているのか謎な猫耳ヘアも、俺の様子を伺っている気がした。


「ぼーっとしてないで、早く食べて。伸びちゃうよ」


「麺じゃないから」


「いや、私が」


「伊月さんが?」


 伊月さんは「う~」と両腕を上げて伸びをした。その様子が猫にしか見えない。


 俺はウエットティッシュで手をふく。そして食べ物に感謝を示す。


「いただきます」


 俺は肉まんを片手で掴み、豪快にかぶりつく。


 ――ふわっふわ……!?


 まだ餡までたどり着いていないが、もう十分ウマい。生地がウマすぎる。月並みの言葉だが、もちふわを口全体で味わっている。生地がほんのり甘い。優しく包み込むような甘さ。冷えてるのに暖かみを感じる。お母さんの味、というやつだろうか。どこかで食べたことあるような……。


「その生地、この前使ったホケミの余りで作った」


 俺の意を汲み取ってか、伊月さんはネタ晴らしをしてくる。


 ホケミとはホットケーキミックスの略だろうか。俺は肉まんの底を見る。確かにきつね色に焼けていた。俺はそこで一つ、はたと疑問が浮かぶ。


「ホケミで作ってこんなに膨らんでるってことは、また生地にヨーグルトが練りこまれてるのか? 見た目も相まって、もはや風船みたい」


「そりゃあヘリウムを混ぜてるから。ほら、毛利のおじさんやってみなよ」


「この肉まんには変声の効果があるのか……」


 もちろんそんな訳ない。俺の声はそのままである。伊月さんは口を開く。


「材料がどうのっていうより、今回は調理法だね。フライパンで蒸したの」


「なるほど。だから底だけ焼き目があるのか」


 よく考えられてあるな、と関心してしまう。伊月さんのレシピはインスタのリールやYouTubeショートで動画を出しているだけあって、手間暇が簡略化されている上に美味しい。


しかし、そのレシピひとつ編み出すのに、途方もない苦労があるのだろう。その努力を想像して、俺は思わず零してしまう。


「やっぱ伊月さんってすごいな」


 突然の静寂。


 俺は何かまずいこと言ったかな、と思い、伊月さんの方を見る。


 すると、彼女は片手を口元に当てて、頬杖をつきながら、顔をそっぽに向けていた。


 そして俺の視線に気づいたのか、彼女はこちらを一瞥する。


 少しの間、目が合う。先に動き出したのは彼女だった。


「早く餡まで食べて。感想聞かせてほしいんだけど……」


 そう言いながら、肉まんを持ってる方の手を、俺の口元にずいずいと押し付ける。


 流れに任せて、俺は食べ進める。そして中から肉の餡が出てきた。


 うっっっまぁ……。


 なんだこれ。この餡、冷めてても十分うまいぞ。


 俺は断面を見る。しっかり、肉まんの肉だねだ。なのになぜだか、手作り特有の個性も感じられる。


 鼻から香辛料が抜けていく。ショウガと魚介。魚介はきっとオイスターソースだ。これが手作りの手作り感を増させている正体だろうか。しかもこのショウガ、恐らくチューブじゃない。ちゃんと刻んだものだ。ショウガチューブでも全然美味しく作れただろうに、そこに作り手のこだわりを感じる。


「こだわりじゃなくて愛だよ」


 俺は最後の一口を食べようとして固まった。


 伊月さんはずっと俺の食べる姿を見つめていたらしい。


「ん? ちょっとまって。伊月さん、なんで俺の考えてることわかったの?」


「わかったもなにも、いつもブツブツ食レポしながら食べてるじゃん。ひょっとして心の声が、そのまま出てきちゃうタイプ? 新しいタイプだね。フェアリー以来か」


「ポケモンじゃないんだから」


 そして、俺は最後の一口を頬張った。もっちょもっちょ、と完食を憂いていると、また伊月さんの台詞に引っかかりを覚える。


「伊月さん。さっきさ、こだわりじゃなくて、なんて言った……?」


 俺は肉まんを飲み込んだ。これまでの人生で何度も何度もしている食べ物を飲み込むという動作が、ぎこちなくなってしまった。


 俺は耳を澄ます。彼女の言葉が、ちゃんとクリアに聞こえるように。


 しかし、俺の思いとは裏腹に伊月さんはゆるくピースをして答えた。


「二回目はないよ。分量オーバー」


「え」


「あんまり甘いとくどくて飽きちゃうでしょ」


 伊月さんは柔らかく、でも意地悪に微笑んだ。その表情も十分甘い。


 これ以上伊月さんについて考えてしまうと、また心の声が漏れてしまいそうだったので、自分の口を塞ぐ意味であんまんを食べた。


ざらりと撫でる餡子が俺の舌を転がる。糖分が頭へじわりじわりとほふく前進するように近づいているのを感じた。脳の血管が広がる。やはり甘味は正義だ。


「ところでさ、ハルノくん」


 伊月さんは突然改まって俺の名前を呼ぶ。何を言われるのか予想もできなかったから、俺は妙に緊張して背筋を正してしまう。


「な、なに?」


 すると伊月さんの口元が緩む。


「昨日さ、どうして阿久津くんに私のこと話さなかったの?」


「阿久津って……倫太郎のこと?」


 伊月さんの方から倫太郎の話をされるなんて思わなかったので、阿久津イコール倫太郎だと結びつけるのが遅くなってしまう。


 伊月さんは頷く。


「だって阿久津くんに言ったって良かったじゃん」


「何を?」


「私が料理系のインスタを運営してるって」


 伊月さんは上目遣いで俺を見る。物理的には俺は彼女に見上げられる存在だというのに、俺は彼女の掌で踊っている気がした。


「いや……別に深い意味はなくて……」


 俺が反射的に目を逸らすと、伊月さんは俺の視界に無理矢理入り込む。


「どれぐらい深みがないの? ハンバーグに入ってるナツメグぐらい? それとも、肉じゃがに入ってるオイスターソースぐらい?」


「それは深みがあるんだよ」


 伊月さんは「いひひ」と口元を歪める。


 そして、彼女は俺の全てを見透かしたように話す。


「もっともっとふたりだけの思い出を作ろうね」


 伊月さんの台詞が俺の深いところまで落ちる。奥に奥に沈殿していくそれは、俺の熱でことこと溶けて煮立っていく。そして俺の大事な部分と混ざりあって、二度と元の形として取り出せなさそうな気がした。




 本日の摂取カロリー、約700カロリー。

 まめ吉のフォロワー、約2350フォロワー(前話比+50)。

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