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2 ホットケーキでショート動画撮影

お昼休みの鐘がなる。


 お腹が減った俺は学食へ向かおうとした。


 が、隣の席の視線に足がすくむ。


「ど、どうしたの、伊月さん。そんな俺のこと見ても何も出てこないよ……」


「たくさん見たら穴が開くかもしれないよ」


「むしろ俺なくなってるじゃん」


 すると伊月さんは満足そうに「ふふーん」と鼻を鳴らす。


 そして彼女はスマホをいじり始めた。


「伊月さんはお昼食べに行かないの?」


「んー、あとで。今、インスタのDM返してるんだ」


「へえ。もしかしてファンからのDM?」


「まあそれもあるけど、企業からの返信とかもしなきゃだし」


「企業!?」


 俺がお手本のように驚くと、伊月さんは「すごいでしょ」と言ってピースサインをする。


「て言っても、大手企業とやり取りしてるわけじゃないから、一発何十万ってもらえるわけじゃないけどね。なんなら1万円も貰えないし。むしろフォロワー2000人はお金貰えたらラッキーだね。だいたいは商品をタダで渡すから、うちの企業のモノを紹介してくださいって感じ」


「いや、それでも十分すごいでしょ!」


「むふー」


「この調子いけばすぐフォロワー10万人ぐらい行っちゃうんじゃない?」


「バズグルメ系って競合他社が多いから、10万人いくのはなかなか難しいんだよ」


 伊月さんは顔を近づけてきてニヤリとしながら続ける。


「私がフォロワー10万いくまで見ててくれる?」


「伊月さんに穴が開くまで見てるよ」


 すると伊月さんの目が瞬く。珍しく、少し驚いた顔をしていた気がした。


「……やられた」


 彼女は小さな声で何かを言う。あまりよく聞き取れなかったが、独り言のような気がしたから、その言葉に言及することはしなかった。


「ていうか、伊月さんはなんでインスタ始めたの?」


 俺が質問すると、伊月さんは黒目を上にして考える素振りを見せて言った。


「最初は趣味で始めたんだよ。別に人気になってやろうとも思わなかった。料理が好きだったからね」


「へえ~。けど、今はフォロワーとか気にしてるように見えるけど」


「まぁね。だって、ファンができて応援されるなんて思ってなかったし」


 伊月さんの表情がふと柔らかくなる。


「ハルノくんが私を見つけてくれたの」


 そう言って、伊月さんは俺の鼻先をつん、と押す。


「私がたくさんの人から見られてて、フォロワーがどんどん増えてったらハルノくんはどう思う?」


「え……そりゃあ嬉しいけど……」


 自分で言ってつっかかる。『けど』なんだ? 嬉しい、それ以上になにかあるだろうか? だって、伊月さんが人気になるってことは、伊月さんがいろんな人に見られるってことで……。


 すると、突然鼻息ができなくなる。今度は鼻を摘ままれた。


「ほっとけなくなるでしょ。誰かに取られちゃうかもーって」


 肩が強張った。言い返すことができない。見透かされた気がした。


 俺が明らかに動揺しているのを見ている伊月さんはとても嬉しそうだ。悔しい、と思った。しかもその気持ちすら見抜いていそうで、負けた気持ちになる。俺は目を逸らす。


 しかし、伊月さんはいつまでも俺をからかう気はないらしく、話の舵を別の方向へ切った。


「ほっとけなくなると言ったらホットケーキだよね」


「雑なマジカルバナナやめて」


「今日のお弁当は〜。じゃーん、ピクニック弁当〜」


 机の上に出されたのは、使い捨ての弁当箱。100均で売っているような紙製のものだった。


「てなわけで、裏庭に行くよ。ハルノくん」


 伊月さんは俺の腕を引っ張った。細い腕なのに、意外と力が強くてびっくりする。料理って混ぜたりこねたりするから、力がつくのかな。


 俺は半ば引きずられる形で裏庭に連れていかれた。



 

 ☆




 裏庭にはいくつかベンチが点在している。


 しかし、伊月さんは備え付けのベンチに座ろうとはしなかった。


 人工芝をずかずか歩き、中央まで進む。


 かと思えば、ポケットからレジャーシートを取り出し広げだす。スリーコインズとかで売っていそうなコンパクトレジャーシートだ。


 そして伊月さんは瞬く間にピクニックの準備を始める。紙コップ、午後ティー(2リットル)、使い捨てカトラリー。


 伊月さんは満足そうに頷いた後、見守っていた俺に対して手を振る。


「ハルノく~ん。おいで~!」


 彼女が叫ぶと、周りにいた生徒たちが一斉に俺の方を見る。


 既にみんなに見られているのに、俺は忍び足で伊月さんの方へ向かう。


「ね、ねぇ伊月さん。裏庭とはいえ、ど真ん中で男女で二人でいると……なんていうか、その……」


「私はいいよ」


「え」


「勘違いされたいもん」


 伊月さんはバツが悪そうに呟く。


「ピクニックができるぐらいの余裕があるって」

「え? どういうこと?」


 すると、2階の渡り廊下からも視線を感じる。見上げると、教師が鋭い視線で俺たちのことを見ていた。


「私、今日の放課後、数学の追試……」


「ピクニックとかしないで勉強しなよ」


 伊月さんは「くう……」と苦虫を潰したような声を出した。


「そもそも数学は用語がいちいち難しい。大さじ小さじならわかるのに」


「レシピ本にルートとかインテグラルとか使われてる方が嫌でしょうよ」


 伊月さんは2階の渡り廊下から背を向けて弁当箱を開ける。


「食べるときは食べることに集中したいから、数学のことを考えちゃいけないんだよ」


 弁当箱にはホットケーキが4枚入っていた。綺麗なきつね色、かつ専門店のパンケーキのようにしっかり厚みがあった。


「ここからが本番だよ」


 伊月さんは保冷バックの中から、様々取り出した。


 バターを落とし、ホイップを絞る。それだけに飽き足らず、冷凍ベリーミックスを振りかけ、シロップも垂らす。そして最後に星型のクッキーを供えた。


「じゃーん、まめ吉オリジナル、ピクニックホットケーキ」


 伊月さんは使い捨てのカトラリーを俺に渡す。前回はプラスチックだったが、今回は木の素材だった。

「いただきます」

 俺はカトラリーを受け取り、手を合わせた。


 そして煩悩のままにホットケーキに手を伸ばす。


 ――甘いッ。


 もともとホットケーキが甘いのに、そこへホイップとシロップを掛け合わせるなんて誰が考えたんだよ。甘くて美味しすぎる。くどいかも、と思った瞬間、待ってましたと言わんばかりに割り込んでくる冷凍ベリーの群れ。俺が歯でつぶすたびに、果汁が弾けて健康的な甘味と酸味がホイップの中へ溶けて一緒くたになっていく。


そして忘れた頃になんだかコクがあることに気付いた。バターだ。さっきまでお行儀良い四角だったはずなのに、だらしなく形をくずし始めている。それが俺の口内の温度にされるがままとなり、原形をなくす。悪いことをしている気分だった。


 俺が半分を食べたあたりで、伊月さんに止められる。


「男子高校生の胃袋はブラックホールだよね」


 そう言って保冷バッグから第二陣を取り出す。

 チョコシロップ、チョコスプレー、ピーカンナッツ、カットされたバナナ。そして追いホイップ。


 それらを綺麗に盛り付けて、再び俺に差し出した。


「いただきます」


 もう一度、ホットケーキに敬意を表したあと、俺は咀嚼する。


 ――濃厚さがクるッ!


 見た目は華やかなのに、とんでもない背徳感だ。チョコレートの主張がかなり強く、ホットケーキを食べているのチョコレートを食べているのかわからなくなっている。追いホイップがチョコシロップと混ざって、もはやチョコレートホイップだ。そこに透かさずバナナを投入。チョコバナナという名詞が存在するんだ。合わないわけがない。


 食べ進めて、お腹が少し落ち着いてきたところで、俺は改めてホットケーキを見た。形が綺麗でお店のパンケーキのようだ。なにより、何がお店のパンケーキらしさをたらしめているのかというと。


「ほんとにこのホットケーキ厚みがあるよな……」


 ホットケーキの断面をまじまじと見る。俺が作るとこんなにふっくら仕上がらないのに。まるでぐりとぐらの作るホットケーキだ。


 すると、伊月さんはとっておきを紹介するように話し始める。


「生地にはヨーグルトが練りこまれているよ。これでホットケーキに厚みがでる」


「すげえ、ヨーグルトってそんなこともできるのか」


「ちなみに、ハルノくんに厚みをつけることもできる」


「太らせることができるって言うんだよ、それ」


 伊月さんは「そうともいう」と言って軽く受け流す。


 そしてすぐ「そういえばさ」と話題を変えにかかった。


「なかなかバズらないんだよね」


 彼女が言ってるのはインスタの話だろう。


 俺は会話のバトンを受け取った。


「そういうのって、一朝一夕でどうにかなるようなものでもないでしょ」


「わかってる。わかってるんだけど、このままじゃ気持ちのいい一夜が明かせない日々が続いちゃう」


 言いながら、伊月さんは両腕で自分を抱きしめて、くねくねと動いている。また変なことをしてる、と思ったが、彼女の顔には本当に疲れが滲んでいた。目の下に濃いクマが鎮座している。


 俺は真剣に考えてみた。そもそもSNSのアルゴリズムについて全く明るくないが、視聴者目線でいくらか助言できるかも、と思う。ふと最近見たショート動画が浮かぶ。言葉がまとまらないまま、俺は次の言葉を紡いでいた。


「じゃあさ、このピクニックの様子を動画に入れてみたら? 作ったあとがイメージしやすくて、作りたいって思う人が増えそうな気がするけど、どうだろ?」


「おおっ、それ面白そう。採用で」


「でも、食べ終わっちゃんだよなぁ……」


 すると伊月さんは「ふっふっふ……」とわざとらしく笑ったあと、弁当箱を2つ取り出した。


「まだ私、食べてないよ? それに、私が食べる横でハルノくんにも食べて欲しいからね。まだご馳走は言わせないから」


 俺はガッツポーズをした。


「おっしゃあ! まだまだ全然食べれるよ!」


 こうして俺たちは充実した昼休みを過ごした。もちろん、動画もばっちり撮った。


「ん~、おいしすぎる……」


 俺が何度も何度もホットケーキの美味しさを訴えた。


 それにしても、俺ってば昼休みだけでホットケーキ8枚は平らげたよな……? 中サイズとはいえ、ホイップもりもりだし、バターも入ってるし、その他デコレーションを合わせて総カロリーは……。


 そこまで考えて、それ以上はやめておこうと思った。美味しいものを食べている時は、カロリーのことを考えるのは無粋だ。


「口にホイップついてるよ」


 伊月さんが指摘してくる。俺は焦って、ホイップを拭おうとした。


「え、どの辺?」


「とってあげるよ」


 ちょっと止まって、と制されて俺は固まる。伊月さんの柔らかな手が俺の口元を通る。ホイップの場所は、俺が拭おうとしていた場所とは全然違うところにあった。


「とれた?」


「うん。ハルノくんの口、とってもまずそうになった」


「ひょっとしてホイップつけてた方がよかった?」


 俺はポケットティッシュを取り出して、伊月さんの指についたホイップを拭き取ろうとした。


 しかしあろうことかそのホイップは伊月さんの唇に触れた。そしてそのまま舌がちろりと出てきて、ホイップは彼女の口の中に隠れてしまう。


「隠し味が効いてて美味しい」


 それを見て顔が熱を持つ。甘ったるいクリームに隠されたのは香辛料に違いなかった。



 ☆




 次の日の朝。伊月さんは登校するなり、開口一番報告してくる。


「見て見て、ハルノくん。昨日の動画バズったの」


 どれどれ、と伊月さんのスマホを除くと、ショート動画の再生数は7万になっていた。


「え、すごいじゃん! やったね!」


 俺が褒めると伊月さんは嬉しそうに話し出す。


「ブイログ風から初めて、次に料理パートにしたのが効いたみたい。ハルノくんのアイデアのお陰。ありがとう」


「いやいや。動画を作ったのは伊月さんだし」


 伊月さんは「へへん」と鼻を擦る。


「ほら見てハルノくん。コメントも盛り上がってるよ」


 彼女はコメント欄をタップして、コメントの様子も見せてくる。

『彼氏さんとピクニック良いですね!』

『まめ吉さんって学生だったの!? こんな子が彼女だなんて彼氏さん羨ましい!』


『やっぱり彼氏さんはまめ吉さんに胃袋を掴まれたんですか?』


「かれ……ッ!」


 俺は思わず声を漏らす。


 もちろん、『美味しそう! 私も作りたい』『まめ吉ちゃんのメニューで今週末はピクニックします!』とかそういう普通のコメントもある。


 けど、同じぐらい伊月さんの彼氏がどうのこうのと言及している人も多かった。


 俺が固まっていると、伊月さんに腕をつんつんとされる。


「ふふ。ハルノくん顔が赤いよ。どうしたの?」


「いやだってさ、コメント欄で……!」


 すると、伊月さんの口角は一層吊り上がる。


 ダメだ、これ以上何か言うとからかわれる気がする。


「な、なんでもない!」


 俺は赤い顔をこれ以上見られまいとそっぽを向いた。




 本日の摂取カロリー、約1500カロリー。

 まめ吉のフォロワー、約2300フォロワー(前話比+300)。

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