29 カニクリームコロッケは手間暇がかかる
食べることが本当に好きだ。
俺、青輝ハルノは食欲が半端じゃない。
「ハルノ、さっきご飯食べたばっかりでしょ。ちょっと食べすぎじゃない?」
母親はご飯を食べまくる俺に対して、よく心配の言葉を零していた。
そんな母親に俺は決まって、いつも言う台詞がある。
「世の中の食べ物が美味しすぎるからねぇ」
そう言うと、これ以上母親は何も言わなかった。
(食べること意外、心の底から楽しめるものもないしなぁ……)
しかし、俺のこの考えは、あながち少数派でもないらしい。
ある日、YouTuberの1日密着動画を視聴したとき、密着されているYouTuberが「ご飯以外楽しい瞬間がないですね笑」とちょけながら言っていた。
俺はこの人の言いたいことがなんとなくわかる。
けど、決定的に違うところがあった。
(そうは言っても、この人はYouTubeっていう逃げ場があるもんなぁ……)
趣味という趣味をしっかりもっている人は羨ましかった。
俺は最低限のやることはやっている。逆に言えばそれしかやっていない。
けど、今は違う。
彼女のおかげで——。
付き合う前のある日、ご飯をたくさん食べることしか取り柄がないと俺が言った。
☆
「才能だよ、それ」
伊月さんはなんてことのないように言った。
あまりにもあっけからんとした物言いに、俺はおかわりを求めてしまう。
「そうかな」
「そうだよ」
伊月さんは「だって」と切り出した。
「そもそもそんなに食べようと思っても食べれるものじゃないよ。その割に太りにくいし。しかも好き嫌いだってないじゃん」
伊月さんは「それってすごくない?」と同意を求める。
「すごい……のかな。ありがとう」
俺が謙遜気味に言うと、伊月さんは不満気な顔をする。
「すごいのかな、じゃなくて、すごいんだよ」
いつもより少し言葉が強い気がする。珍しい。
俺はもう一度「ありがとう」と言う。
☆
それからまた時間が経ち、関係性が変わり、俺はSNSを動かすようになった。
コンビニの新作商品をいち早くレビューしたり、バズレシピを作って食べる動画をアップし始める。
一般人の俺だが、これが意外にもウケがいい。
『男子高校生が作れるレシピって知れると、敷居が下がってやってみようかなって思えるからいいよね』
『たくさん食べているのを見ると、こっちまでスッキリします!』
『顔出ししてないけど、雰囲気めっちゃイケメンじゃない?』
まばらに来るコメント。これがかなり嬉しかった。
こんなこと、と思っていたことが、意外にも名刺になることがあるらしい。
そんなこんなで、いつの間にか俺のインスタのフォロワーは100人になっていた。
バズに明るい人だったら、フォロワー100人なんてスタートラインにも立ててないと思うだろう。
しかし、今の俺はとても楽しい。
100人も能動的に俺のアカウントにフォローボタンをタップしたなんて、認められたような気もする。
人生どう転ぶかわからないな。
そう。本当にわからない。
俺は彼女の方を見る。目が合った。
「どうしたの、ハルノくん。たくわん食べた時みたいな顔してるよ」
「どんな顔?」
するとアズキちゃんはいつものように機嫌良く笑う。
「そういえば、ハルノくん。コメントちょこちょこつくようになったね」
アズキちゃんは出し抜けに、俺のショート動画の話をし始める。
「ね。ありがたいことに」
褒められたと思って、面映ゆくなる。
しかしアズキちゃんは少しむくれていた。
「女の子ファンがファンってる」
「新しい和洋語?」
アズキちゃんは「だってさ」と続ける。
「アイコンの雰囲気が可愛い子もコメントしてる。この子のアカウント見たら……手料理の記録上げてた……」
アズキちゃんは目を逸らして、両手を遊ばせる。
その姿は、今まで見たことないかわいいアズキちゃんだった。
「もしアズキちゃんが料理を作れなくなっても、俺はずっとアズキちゃんのことが好きだよ」
俺はアズキちゃんに優しく微笑みかけた。
するとアズキちゃんは豆鉄砲を食らったような顔をする。
そしてふるふると首を横に振った。
「気持ちだけ受け取っとく。私は絶対、ハルノくんの胃袋を掌握し続けるから」
そう言いながらアズキちゃんはいつものように「ふふ」と笑う。
そして、少し先を見ながらしゃべり続ける。
「まだまだ修行することもあるしね。洗濯、掃除、ご近所付き合い。今はダブルインカムが当たり前だから、就活もがんばらないと」
「花嫁修業じゃん。気が早いって」
「ハルノくんを幸せにしたいもん」
俺は今の一連のやり取りを振り返って、顔が赤くなった。
(え、付き合って日が経ってないのに結婚の話とかしてる……?)
何を返そうかと俺は口をパクパクさせた。
しかし、ちょうど良い言葉が浮かばない。
(ここで会話を途切れさすのは、さすがに意識しすぎって思われちゃうよね……!?)
いやでも、花嫁修業ってどう考えても結婚を連想させてしまう気がする。
俺はぐるぐると考えていると、アズキちゃんの中では既にこの話は終わっていたようで。
「てなわけで、本日のご飯作ってきたよ」
宙ぶらりんな状態になっている俺に、伊月さんは道筋えを作ってくれた。
それはステンレスのお弁当箱だった。何が入っているのだろうか。俺は蓋を開けてみる!
「揚げ物! これは……コロッケ?」
球体に衣がついている揚げ物だ。俺の食べ物人生になぞって推測するならば、コロッケな気がする。しかし、衣の隙間から除く餡がじゃがいものソレとは違う雰囲気を感じた。
「食べてみな」
促されたので、早速食べてみることに。
ぱくり、と口に入れると衣と油が融合したようなチュワワ……という音が鳴る。衣が決壊した場所から、とろりとポタージュのようなものが口を流れる。俺は断面を見た。
「カニクリームコロッケだ!」
わかった途端、コンソメの旨みが鼻を抜ける。この旨みをもっともっと味わいたくて、俺はさらにカニクリームの深淵へ向かう。
——カニのリッチな魚介感がクリームのなかに『いる』……!
ほぐし身が口の中でさらにほぐれて、シーフードとクリームがミルキーに調和していた。
(カニがほぐれていく感覚がわかるってことは、惜しみなくカニが入っているってことだよね……)
俺は食べながら再びクリーム部分を見る。目視でわかるほど、カニが沢山入っていた。
「準備大変だったでしょ。ありがとうね、アズキちゃん」
すると、アズキちゃんは首を左右に振る。
「たしかに時間はかかるけど、抜けるところは抜いたんだ。カニを身から出すんじゃなくて、缶ずめ使って楽したよ」
アズキちゃんは「次の動画に使えるかな〜。でも、揚げ物はウケが良くないんだよね〜」と考え込んでいる。
「俺ウケは抜群だけどね」
カニクリームコロッケを食べながら伝えた。
するとアズキちゃんは俺のことをじっと見つめる。
「ハルノくんウケ抜群なのは、私ウケ抜群」
「そこは素直に『ハルノくんが喜んでくれて私も嬉しい』でいいでしょうよ」
俺たちは顔を見合わせる。
「ふふっ……あはは……!」
「くくっ、アズキちゃん、どうして笑ってるの……あはは」
「ハルノくんだって笑ってるじゃん……! ふふふ」
なんだかおかしくて笑ってしまった。
どうしてだろうか。いや、決まってる。
「付き合う前とあんまり変わらないね」
付き合ってもなお、こういうくだらないやり取りをしているのがなんだか変な気持ちだった。
初めて彼女ができたものだから、特別な関係を結んだら、毎日が劇的に変わると思ったがそうではないらしい。
「アズキちゃんと、ずっと変わらずに、こうしていたいな」
するとアズキちゃんは「えー」と不満の声を漏らす。
「私は変わりたいよ。『伊月アズキ』から始まって『伊月アズキプラス』『もっと! 伊月アズキ』『伊月アズキリターンズ』って感じで」
「第何部とかあるタイプの売れてる漫画じゃん」
「そう。だから今までの伊月アズキはこれで終わり」
アズキちゃんは俺のことをじっと見つめる。その目線はいつものアズキちゃんのものでなかった。
「アズキちゃん……?」
俺の呼びかけには答えない。けれど彼女はどんどんこちらに近寄ってくる。それこそ、お互いの息がわかるくらい……。
「っ……」
唇が重なった。
初めてキスした日と同じで、唇に柔らかな感触が伝わる。あの日と違うのは、アズキちゃんからしてきたということ。
アズキちゃんは唇を重ねたまま、手を絡めてくる。俺は絡んだ手をぎゅっと掴む。アズキちゃんの手は、俺よりもひと回り小さかった。
(いつも、この手で料理してくれてるのか……)
そう思うとアズキちゃんが一層愛おしく感じた。
そして唇が離れる。アズキちゃんの顔の全体が見えるようになったとき、アズキちゃんは頬を赤くしながら口を開いた。
「関係性の再確認、できた?」
「いや……再構築された……かも」
俺は自分の唇に触れる。
そうか、もう友達じゃないんだよね。
アズキちゃんも自分の唇を触っている。同じことを思っているのかな。そう思っていたのだが。
「クリームを食べてるのに全然甘くないね。しょっぱい」
「アズキちゃんが味付けした張本人だから、そんなの織り込み済みでしょうよ」
「だってキスはピュレグミの味って聞いたよ」
「俺は初めて聞いたよ」
こうして、セカンドキスはカニクリームコロッケ味となった。
これからカニクリームコロッケを食べる度に、今日のことを思い出すのだろうか。
俺は再び食事に戻る。ふたくちめのカニクリームもしっかり美味しかった。




