↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/30

28 欲張りサンドより欲張りな伊月さん

彼女は飲み物を買ってくると言っていた。ここから一番近い自販機は体育館裏だ。


 俺は足を一層速めた。


「……いた!」


 伊月さんは自販機の前に立って、そのラインナップを眺めている。


 俺は徐行にして、彼女の隣に立った。


「ハルノくんって、マミー、ピルクル、ビックル、ヤクルトの中だったらどれが好き?」


「全部味同じだよ」


 伊月さんはいつも通り「ふふ……」と笑った。


 しかしその笑顔には別の何かが孕んでいそうだ。


 そして、訪れた沈黙。


 俺の口の中はカラカラになっていく。


「伊月さ——」


 我慢できなくなった俺は、自分から切り出す。


 しかし伊月さんの柔らかな視線に包み込まれ、これ以上の言葉を出すことはできないかった。


 代わりに、今度は伊月さんから口を開く。


「ある意味、一目惚れだったかも」


 きっと彼女も緊張しているだろうに、それを感じさせないぐらい落ち着いた言い方だった。


 彼女は続ける。


「ハルノくんを初めて見たのは図書室だった。その時もハルノくんはご飯関係の本を見てたんだ。それがなんていうか、妙に私に刺さってさ。話すだけ話してみたいって思ったの」


 穏やかに、謳うような物言い。


「話してみたら、すごく波長があってびっくりした。初めてしゃべったのに全然初めてな感じしなかったし」


 伊月さんは少し目を伏せる。そして自分の中で何かが整理がついたのか、優しく頷いたあと、再び俺の顔を見た。


「好きだよ、ハルノくん」


 伊月さんは瞬きせず、俺のことを見つめ続ける。


「私と付き合ってください」


 俺の中で返す言葉はとっくに決まっていた。


「俺も……伊月さんのことが好きなんだ」


 俺は先に続く言葉のために、浅く深呼吸する。そして、最後の間を持たせるために「だから……」と続けた。


「こちらこそ、よろしくお願いします……!」


 俺は手を差し出した。伊月さんはそれに応えるように、俺の手を握る。


「結べたね、条約」


「個人間で?」


 これで俺たちは晴れて付き合うことになった。身体の内側から嬉しさが溢れ出す。


 伊月さんに告白を匂わされたときから、ずっと伊月さんのことを考えていた。考えど考えど、彼女のことが好きなことに気づいていく。


 俺の気持ちはずっと前から決まっていたのかもしれない。


 改めて伊月さんのことを見る。


 低めの身長。可愛らしいジト目。陶器のような白い肌。丁寧にセットされた猫耳の髪。


 (やばい。俺、伊月さんのこと大好きだ……)


 俺は息を呑んだ。かわいいも好きも気づくのが遅すぎる。こんなに愛おしいのに。


「……どうしたの。ハルノくん」


「いや……その……」


 俺がもじもじしていると、どこからか聞きなれた声がした。


「ちょっと……聞こえないでしょ!」


 本保さんだ。しかも、まだ誰かいるらしい。


「だって俺も気になるんだもん……! 少しぐらい前に出て聞いたっていいだろ!」


 倫太郎だ。


 本人たちはヒソヒソ話しているつもりなのだろうが、こちらにはダダ漏れだった。おそらく、伊月さんにも彼らのやり取りが聞こえているだろう。やや気まずい。


 そこでさらにふたりとは違う声も聞こえてきた。


「あのふたり、もう手を握ってるわけだし確定でしょ」


 アキラ先輩だ。


 いや、アンタもいるんかい。


 すると、倫太郎と本保さんが息を合わせたように先輩に言い返した。


「「確定なのはわかってても、ちゃんと見届けたいの!」」


 ふたりの物言いに先輩が押されているのを空気で感じ取る。


 そして今度は各々言い返す。


「どれだけ焦ったかったと思ってるんだよ! な、本保!」


 と、倫太郎。


「そうだよ! こっちの気も知らないで!」


 と、本保さん。


 声のボリュームがかなり大きくなってきたところで、ついに伊月さんから「見に行く?」と提案された。俺は「そうしようか」と賛成する。


 そして俺たちはそっと3人の様子を覗いた。


 すると3人は俺たちの顔を見るなり、


「「「あ」」」


 と、やってしまったという顔をする。


 あたふたする3人に対して、伊月さんは先手を打った。


「今から入れる保険はないよ」


 それはその通りである。


 すると本保さんは開き直ったのか、もはや言い訳もせず単刀直入に聞いてきた。


「つ、付き合えたんだよね……!?」


 鬼気迫る言い方だが、伊月さんはケロリと答えた。


「付き合えなかったと言えば嘘になる」


「紛らわしい言い方やめなよ」


 俺は伊月さんに注意する。


 次いで倫太郎が質問を投げた。


「カレカノっぽいことはしたのか!?」


 俺は手を左右に振る。


「まだカレカノになって十分と経ってないから」


「じゃあ十分で出来るカレカノっぽいことしろよ!」


「恋人のステップすらタイパな時代なの嫌すぎる」


 するとアキラ先輩がニヤニヤしながら余計なことを言い始める。


「いや、あるでしょ。十分どころか数秒でできるカレカノっぽいこと」


「え……なんですか……」


 俺は嫌な予感がした。


 そして速攻フラグが回収されていく。


「やっぱ名前で呼んであげるとか?」


 すると伊月さんは先輩の言葉に乗っかるように「それを言うなら」と話し始める。


「私はハルノくんのこと、ずっと名前で呼んでるけどね」


 俺は身体を少し退けた。


「伊月さんだけ恥ずかしい思いしなくて済むじゃん」


「あー、伊月さんって言ってる」


「ぐぬぬ……」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように、大きなため息をついた。


 そして、腹を括って呼んでみる。


「あ、アズキちゃん……」


 あまりの恥ずかしさに顔を見て言うことができなかった。


 しかしあまりに反応が返ってこないものだから、俺は痺れを切らして彼女の顔を見る。


 鼻を膨らませて、満足そうな顔をしていた。


「悪うない」


「なんで古語っぽく言うのさ」


 すると横から茶茶を入れる本保さん。アズキちゃんの頭をぽんぽんしながら、口を開いた。


「アズキなりの照れ隠しでしょ。わかってあげてよ、彼氏なんだから」


「か、彼氏……」


「いやいや、照れすぎ。青輝はもう少し照れ隠ししな」


 ごもっともなご指摘だった。


 俺は咳払いをして仕切り直す。


「伊月さ……アズキちゃん」


 俺は恐る恐るアズキちゃんの顔を見る。正式に彼女になってから、初めて目と目が合った。


「うん。どうしたの、ハルノくん」


 薄く微笑んで、俺のことを見返す。その姿が、心臓に悪い。


「ちょっと待って。アズキちゃんってこんなに可愛かったっけ」


 俺は両手を顔の前でじたばたさせる。アズキちゃんの顔を見たいのに、見れない。


「こんな可愛い子が俺の彼女なんだって思ったら急に……緊張してお腹が全く減らない……」


「それは言い過ぎだよ。確かに、クレオパトラや小野小町の次くらいには可愛いけど」


「だったら、さっきの俺の言い方は、むしろ控えめじゃない?」


 いつも通りのやり取り。それでも頭のどこかで、もうアズキちゃんは自分の彼女なんだと認識して照れてしまう。


 するとそれまで俺たちを見守っていた倫太郎と本保さんの間に、アキラ先輩が割って入り、ふたりの肩を組む。


「てことで、俺たちはピクニックの後片付けでもしますか」


 先輩は「じゃあ、先に戻ってるから」と倫太郎と本保さんを連れてこの場を後にしようとする。

「え、俺たちも行きますよ」


 俺も3人のあとを追おうとすると、本保さんが片手のひらを見せてきて制してくる。


「いいから! もう少しそこでのんびりしてな!」


 それに続いて倫太郎も大きな声で参戦する。


「片付け終わったらLINEするから! じゃあ、あとでな! ハルノ! 伊月さん!」


 場が一気に静まり返る。


 随分長いこと学校にいたのか、ふと空を見ると優しい赤に染まっていた。


「アズキちゃん」


 俺はふと彼女の名前を呼んでみる。


「ハルノくん」


 俺の呼びかけに答えるように、アズキちゃんは俺の名前を呼び返す。


 その途端、言葉がポロリと零れ落ちる。


「……好き」


 一度言葉にしてしまったからか、今まで抑えていた分、伝えたくてしょうがない。


「好き、アズキちゃん。大好き」


「ちょっ、え、ちょっ……」


 俺はアズキちゃんをぎゅっと抱きしめる。


「は、ハルノくん……」


「アズキちゃん、かわいい」


「かわ……っ。うう……」


 俺はアズキちゃんの顔を見る。やっぱりめちゃくちゃかわいい。本当に好きだ。どうしよう。


「アズキちゃん」


 俺はアズキちゃんの頬に手をなぞらせる。


 アズキちゃんは抵抗しない。


 顔を近づける。アズキちゃんは、今から起こることを察して目をつぶった。俺も寸前で目をつぶる。


 そして唇が柔らかく暖かい感触に包まれた。


 今まで食べた物でも代替できないような、幸福感と高揚感。


 アズキちゃんとずっとこうしていたかった。


 そして後ろ髪を引かれる思いで、唇を離す。


 アズキちゃんの瞳はなぜか潤んでいた。


「さっきまでモジモジしてくせに……」


「だって、好きすぎて」


「理由になってないから」


 アズキちゃんはそれ以上何も言ってこなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。