27 欲張りサンドより欲張りな伊月さん
学校の裏庭。
指定された場所に向かうと、そこには伊月さんがみんなより先に来てピクニックの準備をしていた。
「遅いよ、ハルノくん」
「約束の一時間前だよ?」
すると伊月さんは「ふへ」と笑う。
「それなのに来てくれたんだ」
「いつも伊月さんがいろいろ準備してくれるから、こういうときぐらいは俺が準備して驚かせようと思ったんだけど、伊月さんも同じ考えだったみたい」
すると伊月さんは両手を広げてやれやれのポーズを取った。
「まだまだだね、ハルノくんは。そんなんじゃあ、いつまでたっても私のこと抜けないよ」
「じゃあいつ抜けると思う?」
「ズートピア4が来るときかな」
「どうしよう。読めない」
「じゃあもっちゅりんが常設になるとき」
「もっと読めない」
「ミスドに掛け合ってきてよ」
「伊月さんが食べたいだけでしょ」
伊月さんは「ばれた?」と誤魔化しもせずに言う。
こうして俺たちは他の人たちがくるまでピクニックの準備をした。
三人が来たらすぐにご飯が食べれるように、足りないものは百均で買い足したり、お菓子の追加買い出しをしていたら、あっという間に一時間が経ってしまう。
「よー! ハルノ! 伊月さん!」
「ちょっとふたりとも来るの早くない? 準備あるなら私も手伝ったのに」
校内から倫太郎と本保さんがやってきた。
俺はふたりに手を振る。
倫太郎はレジャーシートに鎮座するご飯やお菓子の集まりを見て、一目散に走ってきた。
「これで揃ったか?」
「倫太郎、主語が抜けてる上に、目線が食べ物にいってるから、ご飯に言ってるか人数に言ってるかわかんないぞ」
すると倫太郎は「人数に決まってるだろ、失礼だな〜」と、チラチラ食べ物たちを見ながら言った。
その横で、テキパキと準備を進める本保さん。
「私も手ぶらは気が引けるから、追加のお菓子とジュースは買ってきたの。あとこれウエットティッシュ。それと、ゴミ袋も。燃えるゴミはこっちで燃えないゴミはこっち」
やはり彼女は頼りになる。自他ともに認める一馬力だから、自ずと恋愛対象が年上になってしまうのだろう。
そんなことを考えていると、その本保さんの気になる相手がやってくる。
「やあ。後輩の楽しい会に呼んでくれてありがとう」
時間ピッタリに登場したのはアキラ先輩。
先輩を呼ぶことを本保さんにも倫太郎にも言ってなかったので、ふたりとも驚きの声を上げた。
「え、アキラ先輩!?」
「おい、ハルノ。お前いつからインフルエンサー先輩と仲良くなったんだよ」
本保さんは伊月さんから説明してもらうにしても、倫太郎にはどうやって説明したものか。
俺はとりあえず一言で「まぁ……伊月さんがインフルエンサーだから、その繋がりで」と言っておいた。もちろん、倫太郎は目を丸くして「おい、詳しく聞かせろ」と迫ってきたが「あとでな」と言ってあしらう。
そして全員が揃い、レジャーシートの上に座る。皆、ジュース片手に開催のときを待った。
俺と伊月さんは目を合わせる。伊月さんは頷いて、立ち上がった。
そして、拳をマイクに見立ててしゃべり出す。
「みなさま、お越しいただきありがとうございます」
みんなでパチパチと拍手を送る。
伊月さんはそんな俺たちひとりひとりに目を合わせた。
「本日はお日柄もよく——」
「なんで青空の下で結婚披露宴の定型句?」
「では、Aメロ、Bメロ、サビ飛ばしてラスサビへ」
「どこから曲だったの?」
伊月さんは「ふふ……」と機嫌良く笑う。
そして、紙コップを突き上げて号令をかけた。
「では、ジュース片手に乾杯」
「「「乾杯!」」」
ゴクゴクとコーラを喉に通す。口にシュワシュワが、喉に刺激が走る。そこで一気に食欲が増した。
俺はサンドイッチを見やる。
紙製のランチボックスの中にさまざまなサンドイッチが並んでいた。
「ど、どれからでも食べていいかな……」
思わずそわそわしながら言ってしまう。
伊月さんは頷く。
「もちろん。好きなやつから食べて」
GOサインが出たので、俺は遠慮なく手に取る。
大きな照り焼きチキンが食パンに挟まれており、マヨネーズとソースが手に持った瞬間溢れ出そうになった。それらをレタスがなんとか吸収しようとしている。目玉焼きの黄身もはち切れる寸前だった。
「いただきます」
俺はサンドイッチに容赦なくかぶりつく。
——照り焼きチキンの味付け……濃ッ! 大量のレタスも、はち切れた黄身も、照り焼き味になってしまうな……!
しかもこれは限界値ギリギリの濃さ。加えてマヨネーズがあることによってくどくなく、確実に最後まで食べ切れるビジョンが見える。
すると現在端っこの方に鎮座する聴覚が、かろうじて拾った本保さんと倫太郎のやり取りが聞こえてきた。
「青輝すご。マジでめっちゃ食べるんだね」
「こいつ昔からこれだからな。めちゃくちゃ大食いだぞ」
ふたりが俺について話している。しかし、今日の俺は一層誰にも止められない。
甘こってりとこく旨の酸味が、俺の空腹へダイブしていった。
「んあ〜……染みる……」
チキンも罪な存在だと思う。
ここで牛や豚を使うと脂すぎるし、ベーコンやハムを使うと照り焼きと喧嘩気味になる。
鶏ももを挟んだおかげで、肉感をしっかり楽しみつつ、脂にやられることがない完璧設計。
そこで、俺の頭にふと伊月さんの顔が思い浮かんだ。
自分でも分からないが、俺はそこで食べる手を止めた。
「い、伊月さん……」
俺は伊月さんの方を向く。
どうして目の前に伊月さんがいるのに、伊月さんの顔が思い浮かんだのかわからない。
さらに言えば、どうして食べる手を止めてまで伊月さんの名前を呼んだのかもっとわからない。
「あの、えっと……」
自分から声をかけたくせに、しゃべることが決まってないからしどろもどろになる俺。
そこで、俺の舌にはしっかりと照り焼きの旨みが残っていることに気づく。
「美味しい。とっても」
ふと出たのはそんな簡単な言葉だった。
すると伊月さんは呆けた顔をする。
「……食べてる途中に伝えてくれるなんて珍しいね」
「なんか伝えたくなっちゃって」
俺はこそばゆい気持ちになりながら言った。恥ずかしさを誤魔化すために、ちょっと笑って見せる。
すると伊月さんは「ハルノくん」と改まって俺の名前を呼ぶ。どうしたの、と返そうとしたがそれは叶わず。
「私、飲み物買ってくる」
そう言って伊月さんは駆け出した。
「? 伊月さん、まだ飲み物ならたくさん余ってる——」
すると横から倫太郎が肘で小突く。
「馬鹿! ハルノ!」
「いって! なんで!?」
結構強めに肘で小突かれたが、誰も倫太郎を咎めない。
それどころか、俺に対する視線が強い。
更に「なんで」が重なる。
そこで、俺の肩に手がポンと置かれる。振り返ると、真面目な顔をした本保さんがいた。
「青輝、アズキが勇気を振り絞ってるんだよ」
「勇気って……あ!」
俺は人生で1番大きな声で「あ」と発した気がする。
伊月さんの勇気。自惚れじゃなければ、心当たりがありすぎる。
俺の気づきに畳み掛けるように、アキラ先輩が俺の横に立つ。
「ねえ、ハルノくん。行かないの? 伊月ちゃんのところ」
心臓が大きく跳ねた。しかし元気なのは心臓だけで、身体はもじもじしている。
「いや……そりゃあ行きますけど……心の準備が……」
すると背中から良い音が鳴る。音のわりに全然痛くないが「いった……!」と声が漏れてしまう。先輩に叩かれたのだ。
「心の準備なんて待ってたらキリないよ。善は急げって言うでしょ?」
俺はチラリと倫太郎と本保さんの方を見る。ふたりとも頷いていた。アキラ先輩の言うことに同意しているようだった。
俺は拳を握る。手汗のせいでうまく握れない。それに抗うように、指圧を強める。
覚悟を決めた。
「俺、行ってくるよ」
伊月さんの後を一目散に追い始める。




