26 クリーム明太うどんはビジュアルから喜ばせられる
私、伊月アズキは佳境にいる。
「レシピ本に載せるレシピ、選ばないと。あと、今日出す動画の編集……あと……」
私は指折り数える。
「ハルノくんに食べてもらうご飯を作ろうっと」
ひとりで住むには広すぎるタワーマンションの一室。
誰もいないことをいいことに、最後の一言だけ弾んだ声で言ってしまう。
最近妙に調子がいい。このまま駆け抜けろと追い風だって味方してくれてるようだ。
「無事出版できたら……ハルノくんに伝えないと」
何を、とは言わなかった。無論、ひとりだから誰も聞いてないのだけど、万が一、いや億が一、ハルノくんに聞かれていたら大変だ。
(サプライズは念入りにしたい方だからね)
ノリに乗ってる私なら、きっと思い通りに行くはずだ。
あとは油断しないだけ。
そう思っていた。
☆
次の日。放課後、美玖と一緒に帰っていた。
「はーあ、テスト嫌だなぁ。美玖、なにかテスト対策とかしてる?」
「してるよ。ルーティンの勉強に加えて、少し多めに暗記科目入れてる。アズキは?」
「たい焼きを頭から食べてる」
「対策っていうか、おまじないみたいなものじゃん」
いつも通りの雑談。
しかし、突然空気が変わった。
美玖が全然しゃべり出さない。
私がなにかしちゃっただろうか、と考えても、少しも心当たりがなかった。
なので、私は美玖の顔色を伺いながら聞く。
「……美玖、どうしたの?」
しかし美玖は返してくれない。
美玖は何かを言いたげにもごもごしている。
いつもはキッパリ物事を言うのに珍しいな。
そう思っていると、美玖は正面から切り出してきた。
「アズキってさ、私になにか隠してる?」
「隠してないよ。カレーでいう蜂蜜ぐらい」
「隠してるじゃん」
どうしよう。美玖少し怒ってるかも。
私はふう、と一息つく。焦っている時こそ冷静に。
仕方ない。私のとっておきを暴露しますか。
私は「あのね」と前置きをして、続ける。
「私、ハルノくんのことがさ」
「それはいいよ言わなくて。わかるってば」
想定外の返事がきて、私は頭を抱える。
「嘘……」
「わかるでしょ! 幼なじみ舐めんな!」
「稲妻が落ちるような感覚ッ……あと10人いれば……」
「必殺技出しながらサッカーでもするつもり?」
そして沈黙が訪れた。
美玖は優しいから、このまま沈黙を貫けば「気が向いたら教えて」と言わないことを許してくれるだろう。
けど、それじゃあいけない気がした。
もちろん、友達だから全部言わないといけない訳じゃない。
それでも、私は美玖にこのことを言わないとダメだと思った。
「SNSで、料理インフルエンサーとして活動してるの」
私は、意を決して告白する。
怖くて目を固く瞑った。
美玖からどんな反応が返ってくるか、想像して肝が冷える。
変なことしてるって引かれたらどうしよう。
はやく、なにか反応して欲しい。
無言があまりに続くので、私は恐る恐る薄目で美玖の様子を伺う。
すると、美玖は私の知る中で一番柔和な笑みを浮かべていた。
その笑顔に吸い寄せられるように、私は目を開く。
「なんとなく、そんな気はしてた」
考えてもなかった反応をされて、私は驚いてしまう。
「……え。そうなの?」
美玖は頷く。「まぁね。幼なじみの勘」
そして「ほら」と美玖は話し始める。
「アズキって料理上手じゃん。アズキは覚えてないかもだけど、ずっと前に『私、料理アカウント作ろうかな』って言ってたし。アズキって普段冗談ばっかり言ってるけど、これは本気だなって私はわかったよ」
そんなこと話してたっけ。私がなんとなく言ったこと、美玖は覚えててくれてたんだ。
私が感傷に浸っているところで、美玖は続ける。
「青輝にしか話せないことってあると思うけどさ、一応幼なじみの私は……そうだな……」
私は鼻の奥がツンとする。
きっと、美玖も同じだろう。
「教えてくれなかったことが寂しかったの」
「美玖……」
私は美玖の真っ直ぐな気持ちを受け取った。
(そっか。美玖だって、私のことよく見てるもんな)
だったら、私も真っ直ぐな気持ちを美玖に伝えなければ。
私は頭の中で何から言うか順序立てる。まるで、レシピを作るときのように。
そして、まとまった。私はすう、と小さくブレスし、言葉を放つ。
「ハルノくんには、ショート動画に出すようの料理を試食してもらってるの。動画用に作るから私一人だと、とても食べ切れる量じゃないから」
美玖は「確かに青輝ってめちゃくちゃ食べるよね」と一旦納得する素振りを見せる。しかし、やはりそれだと腑に落ちなかったようで。
「……それだけ?」
「……じゃないけど」
美玖はじい、と痛い視線を送ってくる。
私はその視線から逃げた。
しかし、ここでも美玖は優しいからこれ以上は言及しない。
その代わりに、私は本当に思っていることを言った。
「美玖には試食じゃなくて、いっちばん美味しいのを食べて欲しかったから」
「アズキ……」
美玖が私の名前を呼ぶ。
きっと、私の気持ちが伝わったのだろう。
そして私は続けざまに提案する。
「美玖、この後予定ある?」
「ないけど……どうして?」
「私の家に来て」
美玖は何がなんやらという顔をしていたが、これ以上は聞かずに頷いてくれた。
☆
LDKのLで、私と美玖は一緒にいた。
私はエプロンをつける。
「料理作るね」
エプロンの紐を腰でぐるりと一周し、おへその辺りで蝶蝶結びをした。
美玖は「突然どうして?」と言って目を丸くさせている。
どうしてもこうしても、美玖に今料理を作りたい理由はひとつしかなかった。
「美玖に私の料理を食べて欲しいと思ったから。簡単なやつだけど……いい?」
すると美玖は狐につままれたような顔をしたあと、柔らかく笑った。
「嬉しい。ありがとう、アズキ」
私は頷き「その辺に座って待ってて」と促す。
キッチンからリビングが見渡せるタイプのLDKなので、私が料理をしていても、美玖と同じ時間を過ごせていると実感できる。
そして私はキッチンへ向かった。
冷凍うどんをチンし、冷蔵庫から明太子と牛乳とカイワレを取り出す。
牛乳を煮詰めて、コンソメを入れる。濃厚さも欲しいから、バターも多めに落した。塩と胡椒で味を整えて……。
「明太クリームうどんの完成」
あれだけ引っ張ったのに本当に簡単なものになってしまった。
ミルクに明太子が溶けて、かわいらしいピンク色のスープ。残りの明太子をうどんの上に盛って、見栄えを良くするためにカイワレを添えた。
あっという間にできるイージーレシピ。
せめてビジュアルは良いものにしようと思い、明太クリームうどんをチョイスしたが、吉と出るだろうか。
私は恐る恐る美玖の前にうどんを出す。
美玖は前傾姿勢にして丼の中を除いて反応を示した。
「やば! 超美味しそう!」
結構好感触。思わず、口が緩んでしまう。
そしてハルノくんに振る舞うとき同様、流れるように箸を渡す。
美玖は箸を受け取り「いただきます」を言う。
彼女はうどんを混ぜて、良い感じに混ざったらうどんを啜る。
ズルりと軽やかな音が鳴り、味わうように咀嚼した。
思えば、ハルノくんと両親にしかまともにご飯を振る舞ったことがない。もちろん、美玖にも振る舞ったことはある。あるけど、最後に振る舞ったのは何年前だろう。
(どうしよう……ちょっと緊張するかも)
見た目だけの出落ちって思われたらどうしよう。
私は肩を強張らせながら、美玖の反応を待つ。
すると美玖は箸を置いた。
「なにこれ、めっちゃ美味しい……!」
目を輝かせながら言う。声も弾んでいた。
「はーあ。青輝め、こんな可愛い子を彼女にするなんてちゃっかりしてるね」
「付き合ってないよ」
「え」
「付き合ってないよ」
私は同じことを二度繰り返す。すると美玖は信じられないものを見るような目で私のことを見た。
「……もう私、アンタたちがわかんないわ」
「どれぐらいわからない? あんまんと肉まんの見分けぐらい?」
「遠目から見るとわからないけど、近くで見ると簡単にわかるやつ」
美玖は大きなため息をついた。
「んで、いろいろどうしたいのよ。アズキは」
昔から美玖は何事においても行動力があってハッキリしている。だから頭だっていいし、好きかもと思った人には躊躇しないで話しかけにいく。
いつだって、直球で素直だ。
それに対して私は。
「……好きだと慎重になっちゃうの」
「それって青輝のことも?」
私は目を細めて口を三角にする。なんだか、最近痛いところを突かれる日が多いなと思う。
美玖は机に肘をついて語り出す。
「青輝ってさ、なんだかんだスペック高いと思うよ」
薄々気づいていたことをズバリ告げてくる。ふんわり思っていたことを言語化されると困ってしまう。
が、美玖は私の気持ちなんてつゆ知らず。容赦なくしゃべり続ける。
「一見パッとしないように見えるけど、よく見ると顔整ってるし。みんなに対して優しいし。縁の下の力持ち気質だし」
美玖の言うことに完全同意だ。ハルノくんは目立たないだけで、人としてできている。
美玖は更に教えてくれた。
「テストの点数、科目だけでみると、アイツに負けてるときあるし」
「……そう、なんだ」
そっか。ハルノくんも美玖に負けず劣らず努力家なんだ。
確かに、努力家の人ってそれだけでかっこいい。
委員会も真面目に出席してるし、気だって効く。周りへの配慮だって怠らない。
(どうしよう……ハルノくんの良さに気づく人が出きちゃうじゃん)
「……」
言葉に詰まってしまう。
もしかしてハルノくんって超優良物件なのでは? ハルノくんの良さを知ってるのは私だけって思ってたけど、実はみんな気付いているやつでは?
まずい。良くない思考に陥りそうになっている。
私は自分との会話を辞めるために、目の前にいる美玖と会話することにした。
「もともとさ、出版が決まったら言うつもりだったんだよね。けどさ……」
「けど?」
美玖の語気が強い。自分と会話していた方が良かったかも。
後悔先に立たず。自分で始めてしまった物語なので、仕方なく続きを話した。
「出版は決まったけど、出版物が世の中に出回ったら、言おうかなって先延ばしにしてる……」
尻すぼみになっていく私に対して、美玖は「えー!」と何やってるんだという意味が含まれた感嘆を上げた。
私は慌てて反論する。
「だから、それじゃいけないと思ったから、近いうちに言おうと思ってるよ!」
「近いうちっていつ?」
「ち、近いうちは近いうちだよ……」
「アズキって締切ないと行動できないタイプでしょ」
言いながら美玖は手を差し出した。
「スマホ貸して」
「スマホのカメラロールを美玖だけにするつもり?」
「超ときめかないで」
私は渋々スマホを渡す。不穏だ。
ひやひやしながら、美玖の様子を窺う。
対象に、美玖は親指を凄まじいスピードでタップする。
「あの~……美玖さん。何してるの……?」
私はおっかなびっくり聞いてみる。しかし美玖は答えてくれない。
大人しく美玖の動向を見守る。
そして数分後、美玖がスマホを返してきた。
私は何をしでかしたのかと、画面をかじりつくように見る。
開かれていたアプリはLINEだった。そこには見知らぬグループができていた。
あずき『来週の金曜の放課後、裏庭でピクニックをします。時間があれば来てください』
私のアカウントが身に覚えのない企画を提案している。
MIKU『いいよー!』
目の前で美玖がLINEの返信をしていた。
もちろん、グループのメンバーにハルノくんは含まれている。
私は美玖の思惑を理解した。
それと同時に美玖は答え合わせをするように口を開く。
「ここで蹴りをつけな」
私の背中に冷や汗が垂れた。
うどんはもう伸びてしまっているだろうか。
「……わかった」
私はもう逃げられないらしい。
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