30 三色丼をあの時とは違う関係性で
「フォロワー10万人、ようやくレシピ本を出せるようになったよ」
企業からDMが来てから出版するまでには時間がかかる。
その間も、アズキちゃんはショート動画を出し続けて、ついに出版時には10万人を達成していた。
「本当におめでとう、アズキちゃん」
俺は心の底から祝った。アズキちゃんは俺に好きなだけ献本渡すよと言ってくれたが、絶対に自分でも買う予定でいる。
アズキちゃんは「ありがとう」と言って、そのまま続けた。
「ハルノくんも1000人、おめでとう」
「……! ありがとう」
俺もアズキちゃんの後をゆっくりと追っている。全然万垢にたどり着きそうにないが、とりあえず俺にとっての大台には乗った。小さいところからは企業案件も来ている。
「早く、アズキちゃんに追いつかなきゃ」
俺がぽつりと言うと、アズキちゃんはニヤリと笑う。
「待ってあげないけどいい?」
俺は頷く。
「もちろん。すぐ抜かすから」
すると彼女は目を丸くする。小さな声で「並ぶ、じゃなくて、抜かすんだ」と言っていた気がした。そう、俺はアズキちゃんを抜かしたいのだ。そして、今度こそ何かあったらしっかりアズキちゃんを支えたい。
「期待してるよ」
アズキちゃんは機嫌よくそう答えた。
そして「てことはさ」と何かを思いついたように話す。
「そろそろカップルチャンネルかぁ」
「え、ほ、本気!?」
「残念ながら見送らせていただきます……」
「アズキちゃんから提案したのに俺が却下されたみたいにするのなんで?」
しかし俺も俺だ。半分ぐらいは真面目に提案されているのかと思ってしまった。今はもう非公開になっている動画。ふたりでパンケーキを食べるブイログを取ったショート動画。
アズキちゃんが有名になりすぎて、一度この動画がきっかけでアズキちゃんに彼氏がいるのではと話題になってしまった。その際、渋々動画を非公開にすることになったのだ。
ネットの中ではみんなのまめ吉。
でも、大丈夫。
アズキちゃんは俺のだから。
「そうだ、ハルノくん。今日もご飯作ってきたんだ」
俺の思考を遮ってくるアズキちゃん。頭の動きが止まった瞬間、俺はお腹が減っていることを思い出す。
「え、本当? なになに?」
「なんでしょうか」
アズキちゃんはニヤリと意地悪な笑みを浮かべていた。なるほど、焦らそうってわけか。
「うーん。アズキちゃんのことだから揚げ物とか煮物かな。あ、それともねぎ塩豚とか焼きおにぎり? それとも唐揚げとかが入ってる典型的なお弁当? アズキちゃん、オーソドックスなお弁当好きだもんね」
しかしアズキちゃんは「ぶぶー」と口を尖らせる。
「正解は、じゃーん。三色丼」
そう言いながら、アズキちゃんはお弁当の蓋を開ける。
そこには、白米の上に乗ったスクランブルエッグとほうれん草と鶏そぼろが国旗のように綺麗な縦線で盛り付けられていた。
「懐かしい……!」
俺は思わず声を上げてしまう。
「懐かしいってちょっと前じゃん」
そう言ってアズキちゃんは「ふふ」と笑った。彼女のこの掴みどころがない、猫みたいな笑い方が好きだ。
そして、相変わらず用意の良いアズキちゃんは俺にスプーンを持たせてくれる。
「いただきます」
俺は今日も彼女の好意に甘えた。
スプーンを三色丼弁当へ滑らせる。最初は三色丼の全色味わいたいと思った俺は、たまごもほうれん草も鶏そぼろもスプーンの窪みに収まるように掬った。もちろん、その3つを調和させるためのお米も一緒だ。
「白米もあるから、四色じゃん……ってね!」
俺は三色と白米をひとくちで味わう。
——これぞアズキちゃんの味ッ! 実家のような安心感ッ!
味もこれまたちょうど良く濃い。俺が濃い味が好きなのをわかっていてこの味付けだとしか思えない。
「んまっんまっ」
俺がガツガツと食べていると、いつも通りアズキちゃんから視線を感じる。
俺はふと顔を上げてみた。
「珍しい。食事中に目が合うなんて」
アズキちゃんは少し驚いたように俺のことを見る。
俺は何故か目を逸らしてしまった。
「……いや」
そして一度食べる手を止めて、再びアズキちゃんの顔を見る。
「彼女の作ってくれたお弁当なんだな、って」
俺は今の台詞を頭の中で反芻してしまう。そして、段々恥ずかしい気持ちになってきた。
「……アズキちゃん、今の言葉聞かなかったことにできない?」
口元を両手で抑えながら懇願する。しかしアズキちゃんはしっかり聞こえていたようで。
「じゃあ私は聞か猿」
「日光の話してるんじゃないんだから」
俺は痒くもない頬をかく。なんだか気まずい空気だなと思い、逃げるようにご飯戻ろうとしたその時だった。伊月さんは真面目な声色で話し始める。
「彼女じゃないときも、ハルノくんのことを想って作ってたよ」
「え、そうなの……?」
アズキちゃんは「そうだよ」となんてことのないように頷く。
「だって、私のご飯を誰よりも美味しい美味しいって食べてくれるんだもん。ハルノくんの食べてるところ見てると、次はハルノくんをどう喜ばせようかなって気持ちでいっぱいになっちゃうよ」
俺は「……そうだったんだ」と呟いた。なんだかこそばゆい気持ちになる。
するとアズキちゃんは思い出したかのように「そうだ」と声を上げた。
「今度お父さんとお母さんが帰ってくるんだ。そのとき、何を振舞ったら喜んでもらえるかな」
「あ〜! 悩ましい! 俺、アズキちゃんの料理全部好きだからひとつに決められないなあ」
「じゃあランキング形式で発表して。まずは1位と最下位から」
「最上位と最下位を一気に出したら、話のオチがつけられなくない?」
だいたいランキングだって、つけられない。全部横一線だ。アズキちゃんの料理が大好きだから。
アズキちゃんは「決まらないな〜」とうなっている。そして「よし」と何かを決心したようで、俺の方へ向き直る。
「じゃあ今日も私の家来て。試食会」
「いいの? やったね!」
こうして今日も俺はアズキちゃんのご飯を食べる。
「お弁当食べたあとなのに、よくご飯入るよね」
アズキちゃんは関心したように言った。
「まあこれぐらいの量なら俺にとっては前菜だから」
「随分炭水化物の多い前菜だったね」
「麦って元は緑色だし、野菜みたいなものじゃない?」
「……ハルノくんって野菜チップス食べて、野菜食べた気になる人でしょ」
「ちょっとまってよ、アズキちゃん。俺は野菜が嫌いなんじゃなくて、お腹に溜まりにくいから好きじゃないの。お肉とかの方が食べたって感じするでしょ?」
こうして俺たちはアズキちゃんの家へ向かう。
俺はふと、アズキちゃんの手を握った。
「……私の手、カサカサだよ」
「そうなの? 他の女の子と手繋いだことないからわかんないや」
「じゃあ、ずっとわかんないままでいてね」
俺は何も答えなかった。代わりに手を強く握る。
そして、これからも俺はアズキちゃんに餌付けされるのだ。
愛も量も重みがある素敵なご飯を。
本日の摂取カロリー、約800カロリー。
まめ吉のフォロワー、約100,000フォロワー。
ここまで見ていただきありがとうございました。
カクヨムの方に番外編を上げています。




