24 チャーハンこそ奥が深い②
初めての大手企業案件。
「届いた。今回のPRして欲しい商品」
放課後。伊月さんのマンション。
ダンボールに入った調味料が伊月さんの元へやってきた。
「中華調味料のPRをお願いされたんだ」
そう言って、伊月さんはカッターでダンボールを開ける。
中を除くと、何枚かの書類と一緒に中華調味料が入っていた。
「1本どころかいっぱい入ってるね。10本ぐらいありそう。料理でまるまる1本も使わないのに、なんでこんなに送ってくれるんだろ」
「料理垢の人達って試行錯誤して1番良い! って思ったものを上げてる人が多いからね。何回も試してみてくださいって意味で多めに入れてくれてるんだと思う」
俺はなるほど、と頷いた。
伊月さんは中華調味料をダンボールから出す。
「これ、ちょうどチャーハンに使える」
そう言うやいなや、伊月さんは立ち上がってエプロンをつけ始める。
「ハルノくん、お腹減ってる?」
俺は自分でもわかるぐらい前のめりで答えた。
「減ってる! 超減ってる!」
すると伊月さんはふっと口角を上げる。
「いっぱい作るから覚悟してて」
こうしてあっという間に様々なチャーハンが完成されていく。
「いただきます」
俺はレンゲを構えてチャーハンを食べ始める。まず、オーソドックスそうな目の前にあるチャーハンをひとくち頬張った。
「あ〜、まずい。美味すぎる」
「最低評価と最高評価が混在しているように思えちゃう」
俺は別皿のチャーハンにも手を伸ばす。こちらも美味しい。
「さっきのに比べて味が濃い……最高だ……」
「それはさっきよりも中華調味料の量を増やしたもの」
「なるほど。道理でジャンキー感が増したわけだ」
こうして俺はチャーハンは次々平らげる。
「キムチチャーハンっ! 甘辛な上にはくさいのシャキシャキ感も加わって美味しい!」
「肉がウインナーだ! こんなの喜ばない子供はいないだろ! 脂身が足されて分かりやすく美味しい!」
「ここでエビ! エビチャーハンも美味しい! こってり続きだったところにシーフード! エビの身がパッキンパッキン折れて最高だ!」
そしていつの間にか皿が全て空っぽになる。
俺はレンゲを置いた。
「ご馳走様でしたッ……!」
一気にやってくる満腹感。同時に眠気もこんにちはしている。
「ねむい……ふわ〜……」
俺の首はかくんかくんと首が座る前の赤ちゃんのようになった。
気づいたら視界が暗くなっていく。抵抗しようとしたが、それはむなしく意識が途切れてしまった。
☆
「……ん。んん〜」
俺は大きく伸びをする。
机の上で突っ伏して寝ていたからか、伸びたとき肩がパキパキと音が鳴った。
「おはよう、ハルノくん」
「おはよう、伊月さん……って、え!」
俺は壁掛け時計に目をやった。時刻は22:00だ。
「まずい……! 帰らないと……!」
俺はヨダレを拭って、慌てて立ち上がる。
すると伊月さんは俺とは対照的に落ち着いた声でこんな提案をしてきた。
「時間も時間だし、泊まってきなよ」
「え」
俺は固まった。
「パジャマならお父さんのあるし」
「いや、違くて……」
「もしかして、絵本の読み聞かせとか必要だった?」
「もっと違くて」
「漫画の読み聞かせならできるけど」
「漫画があまりにも読み聞かせに向いてない」
「なんで?」
「擬音だらけじゃん」
「じゃあハンターハンター読み聞かせるよ」
「内容が読み聞かせに向いてない」
俺は再び時計を見る。22:15だった。
「お母さんに連絡しなよ。心配するでしょ」
伊月さんはさらに泊まるように促す。正直、今から帰って寝る準備もして……と考えると、めんどくさいと思ってしまう。
「……じゃあ泊まろうかな」
俺はスマホを取り出して、お母さんにLINEしようとした。
すると伊月さんは小さくガッツポーズをする。
「……やった」
「え、嬉しいの?」
「嬉しいよ。ガリガリ君に当たりがついてたときぐらい」
「それはかなり嬉しい」
嬉しいと言ってくれて悪い気はしない。
ますます泊まってもいいやという気持ちになってしまう。
女の子の家といっても伊月さんだし。
俺は机に目をやる。MacBookが開かれていた。
「伊月さんは俺が寝ている間、何してたの?」
俺はMacBookを見ながら、質問する。
伊月さんは俺の視線を辿って「ああ」と納得するような声を出して答えた。
「ハルノくんの反応見て、どのチャーハンのレシピあげるか決めたよ。お陰でどのレシピをアップするか決まった。ありがとう」
「いつの間に……」
「さっきまで編集進めてた」
やはり伊月さんは頑張り屋さんだ。このあとももう少しやる、と意気込んでいる。
「ハルノくんは先にお風呂入っちゃいな」
「え、いいの? 一番風呂」
「別にいいよ。勝ちを譲る訳じゃないし」
「一番風呂の一番ってそういう意味じゃないと思う」
お言葉に甘えて、俺は先にお風呂に入らせてもらう。
伊月さんの家の風呂場はタワマンの風呂場なだけあって、とても綺麗だった。
黒の大理石を贅沢に使用した壁に、ホテルライクなモダン溢れる雰囲気。浴槽も少し丸みを帯びていて、とても個人宅とは思えなかった。
緊張しながら、俺はシャンプーをプッシュする。どこかおしゃれな匂いがした。
(伊月さんが普段使ってるシャンプー……)
邪念が生まれた音がした俺は首を横に振る。
そして身体を隅々まで洗ったあと、お風呂から上がった。前述の通り、伊月さんのお父さんのパジャマを借りる。
「伊月さん上がった……よ」
俺は頭をバスタオルで拭きながら、リビングに戻る。
するとそこには、真剣な顔で編集を続ける伊月さんの姿があった。
(邪魔しちゃ悪いな……)
俺は冷蔵庫から麦茶を拝借しようとする。
そこでとあるものを発見した。
(あ、ココアの粉)
冷蔵庫の扉のドリンクホルダーには牛乳もある。
これはもう、そういうことだろう。
伊月さんはMacBookから手を離す。
「え、ココア」
俺は伊月さんの手元にココアが入ったカップを置いた。
「作ってくれたの?」
伊月さんはココアに手を伸ばす。
「いやいや。作るってほどのことはしてないよ」
「謙遜ボーイじゃん。飲んでいい?」
「もちろん」
伊月さんはコップに口をつけた。
ごくごくと飲むたびに、喉元が上下する。
「美味しい……誰かにココアなんて淹れてもらったの初めてかも」
「それは良かった」
「なんで淹れてくれたの?」
「なんでって……前に約束したじゃん。ココア作ってあげるって」
すると伊月さんは瞬きをする。
そして「覚えててくれてたんだ……」と細い声で言う。
かと思えば、口角がふわりと上がり、俺のことを見つめた。
「……ありがとう。ハルノくん」
ココアが入ったカップを両手で大事そうに持つ。
その姿がなんというか、とても可愛らしかった。
「これくらい、いつでも淹れるよ」
「頼もしいね。ラッシュ時間帯のQUICPayぐらい頼もしい」
「サラリーマンの言うセリフじゃない?」
「ちなみに私のAppleウォレットの中はモバイルSuicaだけ」
「いいからお風呂入ってきちゃいな」
こうして伊月さんがお風呂から上がったあと、いよいよ眠りにつく。
「じゃあ俺はソファで寝るから」
俺は「毛布あったら貸してほしいな」とお願いする。
「一緒に布団で寝ようよ。うちのベット大きいよ」
予想外の返事だった。
「いやいやいや。さすがにそれはよくないって」
「でもソファで寝ると、起きたとき身体がバキバキになっちゃうよ」
「だからってその……お、女の子と一緒に寝るのは」
「そんなことより、私はハルノくんの身体が心配」
「けどさ、やっぱりふたりで寝るってのはちょっと……」
「大丈夫だって。気にしすぎだよ」
俺は頭を抱える。
「暖簾に腕押しだ……」
「画面に最推し?」
「言ってないし、俺のSNS見せながら言うのやめて」
伊月さんはスマホを机に置いて言った。
「本当にうちのベット大きいからさ、見てから決めなよ」
「……わかった。見るだけね」
そして俺たちは寝室へ向かう。
ベットはたしかにデカかった。
「すっご……キングサイズだ……」
「ちなみにクイーンサイズのベットもあるよ」
「え、じゃあ俺そっちで寝ればよくない?」
しかしその提案はスルーされた。
伊月さんは「トランプの話?」と言って続ける。
「私の家、ジャックサイズはないよ」
「ソファがジャックサイズベットでいいんじゃない」
「そういうわけで寝よ。私もう眠い」
「どういうわけ?」
伊月さんはベットに腰をかける。そして隣のスペースをぽんぽんと叩きながら言った。
「はやく」
これ以上は埒が明かないと悟った俺は、渋々伊月さんの隣に座る。
「……失礼します」
座ったときに、伊月さんの肩に少しぶつかる。
ごめん、と小さく謝って、肩を縮こませた。
すると伊月さんが俺の顔を覗き込む。
「なんでそんなに緊張してるの? 大丈夫だよ、私すぐ寝るし」
(そうは言っても、伊月さんだって電気消して布団に潜ったら事の重大さに気づいちゃうんじゃないの?)
しかしそれは杞憂だった。
「すぴー……すぴー……」
「いや寝るの早っ!」
本当に爆速だ。驚くぐらい寝つきがいい。
(さっき、おやすみって言ったばっかりだよね? 俺、どんなに疲れててもこんなに早く寝れないんだけど)
時間にして5秒ぐらいだったと思う。
俺は気持ちよさそうに眠る伊月さんの横顔を眺める。
隣でこんなにぐっすり寝られたもんじゃ、さっきまでピーピー騒いでいた俺はなんだったんだ。
「……俺も寝よ」
俺は掛け布団を整え、身体を滑らせる。
そして眠りにつくために目をつぶった。
しかし、身体の妙なホールド感で早々に起こされてしまう。
「すー……すー……」
伊月さんの寝息が耳元で聞こえた。
(待って待って待ってやばい。抱きつかれてる)
さっきベットキングサイズだから、どれだけ寝相悪くても大丈夫って言ってたじゃん。言ったそばからこれってどういうこと。
俺は身動きが取れない。寝返りなんて打とうものなら、伊月さんを起こしてしまいかねなかった。
(あー……どうしよう。こうなったら、さっさと寝るしかないか……)
そう思い、目をつぶった瞬間。
「ハルノ……くん……」
(俺の名前呼んでる!)
伊月さんの寝言が始まった。
ただでさえ抱きしめられてドキマギしていたというのに、俺と夢で会ってると思うと一層眠気が飛んでいく。
「また世界のご飯辞典読んでるの? 読んでても食べられないよ」
(ごもっともだし、なんで俺の愛読書知ってるの)
図書委員のとき、よく読んでいる本だ。
伊月さんにその話ってしたっけ。
「私に言ってくれたら、いつでも作るのに……」
そう言いながら、伊月さんはさらに俺を腕の中に収めようとする。この細い腕からは考えつかないような力を込めながら。
(そういえば、料理ってちゃんとやろうとすると意外と力仕事なんだって、お母さんが言ってたな……)
一周まわって、妙に冷静になった俺。
ほとんど無意識的に、伊月さんの手を握っていた。
(いつも小さい手だなって思ってたけど、こうすると余計に小さく感じる……)
頭の中がぼーっとしてきた。そこで俺は眠気を思い出す。
大きなあくびをひとつしたあと、俺は彼女の手を握りながら眠りについた。




