23 チャーハンこそ奥が深い①
「簡単こそ奥が深いんだよ」
放課後。二人きりの教室。
伊月さんは出し抜けにそんなことを言い始めた。
「……? へえ?」
俺は何がなんだかわからなかったので、曖昧な相槌する。
そんな困惑気味の俺を気にする様子なく、伊月さんは続けた。
「つまり、チャーハン」
伊月さんは机の上にどんぶりのようなお弁当箱を出す。
「オープンっ」
そして彼女は蓋を開けた。
みちッと敷き詰められたチャーハンは押し寿司のようになっている。ただでさえ、どデカい弁当箱なのに底が見えなさそうな安心感。食べる前なのに期待が高まる。
「食べていい?」
「もちろん」
伊月さんからレンゲを受け取る。
俺はレンゲでチャーハンを掬う。
レンゲの端にいた米たちは、パラパラと落ちていった。
喉がゴクリと鳴る。
「いただきます」
食欲に耐えきれなくなった。俺はチャーハンを頬張る。
——店中華張りのパラパラ加減……! しかもこの食べ応えはチャーシュー入り!?
俺は思わず目を見開いてしまう。食欲が一気に火がつく。
(どうしよう。食べれば食べるほどお腹が空く……!)
俺はチャーハンと口の往復をインターバルのように繰り返す。もはやレンゲはバトンだった。気分はまるで陸上部。
レンゲでチャーハンをすくったとき、米粒がパラパラと落ちるのもまた味がある。
それを見た伊月さんは「パラパラすごいでしょ」と得意げに言ってきた。
「ご飯がパラパラするのは炊いたご飯を炒める前に溶きたまごを混ぜてるから。ご飯とたまごを別々に炒める人が多いと思うけど、実は一緒に炒めた方がパラパラして美味しいんだよ」
「すごい……! そんなテクニカルな技があるなんて!」
「チャーシューは市販ので攻めてみた」
「だから加工肉感があったのか! どうりで美味しいわけだ……!」
やはり加工肉。焼肉やステーキはもちろん美味しいがて加工肉でしか得られない栄養ってものが確実に存在する。
そして無心でチャーハンをかきこむ。すると、毎度の如くいつの間にか食べ終わっていた。
「ご馳走様でした……」
伊月さんが食後のコーラを渡してくれる。
俺は一気に飲み干した。身体中が炭酸の喜びで震える。
「コーラ一杯90カロリー……」
伊月さんはニヤニヤしながら、俺のことを見る。
「……? 何の話?」
「いや、別に」
尋ねると、伊月さんは途端にスンとなり、話を変えてきた。「そんなことよりさ」
「最近、ハルノくんの方はどう? 動画とか」
「あー、バズ……とは言えないけど、3日に1回ぐらいは動画出してるよ」
「知ってるよ。見てるもん」
「なんで聞いた?」
「親心」
俺はそういうものか、と納得する。
その隣で、伊月さんは俺のショート動画を見始めた。
「コンビニってしょっちゅう新作スイーツ出してるんだね」
俺の動画スタイルは、自炊したものをたくさん食べたり、コンビニで出た新作スイーツやコンビニ飯を食べてレビューしたり、アレンジしたりするというもの。
競合が多く、また顔出ししてない分、爆発的に伸びることはない。しかし、いっぱい食べるから見てて気持ちがいいという層から少し支持を得ている。
伊月さんは俺のショート動画をスワイプしながら口を開いた。
「大食いYouTuberってトレンド追うのが大変そう」
「そうなんだよ。ネタは尽きないんだけど、やっぱ競合が多いからそれもなかなか大変なんだよね」
しかし、そうは言ってもだ。
「それは伊月さんも同じじゃん。料理垢だって無数にあるし、美味しいレシピだって考えないといけないし」
今や、大SNS時代。どんな界隈もライバルが必ず存在する。モチベーションの維持もひとつの課題だ。
すると、伊月さんは「私は思ったより大変じゃないよ」と言った。俺がなぜかを尋ねる前に、彼女は答えを口にする。
「食べて欲しい人がいるから」
伊月さんは俺の目をじっと見る。彼女は目を一向に逸らさない。俺も彼女の瞳に吸い寄せられる。身体が脈を打っているのがわかった。
俺はこの空気から脱したかったが、ずっとこのままで居たい気もした。だから、何もすることができない。
そして体感5分。実際は5秒辺りで、伊月さんからこの空気を無くしてくれた。
「食後の甘いもの。アイスが食べたい」
伊月さんはスクールバックを持って、席から立ち上がる。そしてこんな提案をしてきた。
「ちょっと歩かない? 食後のお散歩」
俺は肯首する。
この空気が終わり助かった気持ちもあれば、もう少し続いてもよかったな、という今までに感じたことのない気持ちになった。
☆
「やっぱふたりでアイスはパピコだね」
コンビニを出た俺たちは、パピコを半分こにして食べようとしていた。
日は落ちてきている。
「ハルノくんはパピコの蓋についているはぐれパピコ食べる派?」
「普段だったら食べるけど、さすがに伊月さんの前だと……」
すると伊月さんはパピコの蓋についているアイスを齧った。そして勝ち誇ったように言う。
「まだまだだね。ハルノくん」
俺は眉をひそめて負けを認める顔をする。恥ずかしがっていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
俺も負けじとパピコの蓋部分を食べようとした。
その瞬間。
「隙あり」
伊月さんは俺の蓋をパクリと食べてきた。
「ゲット~」
そう言って、美味しそうにパピコを味わう伊月さん。
俺は呆然と一部始終を眺めることしかできなかった。
(伊月さんの歯、少し親指に当たった気がする……)
心の中で気になったところを言語化すると、急にドキドキし始める。
(別に噛まれたわけでもないし、親指に歯が当たったからってどうってことないでしょ。俺ってば、意識しすぎだって)
明らかに穏やかでない自分になんとか言い聞かせる。
そんな俺の心情なんて知ったことでない伊月さんは、パピコを咀嚼し終えたようでしゃべり出す。
「この世は焼肉定食なんだよ」
「平和な世の中」
俺たちはパピコを食べながら、帰路を歩いた。
最初は食べにくかったパピコも、時間が経つにつれて溶けて食べやすくなってくる。
お互いのパピコがほとんどなくなってきたところで、伊月さんは切り出した。
「最近迷走気味だったし、痛いところ突いてくるライバルがいて、自分に自信がなくなってきてたんだ」
伊月さんは「けどね」と続ける。
「ハルノくんが食べてくれるから、どんなに自信がなくなっても、私のレシピが需要ないかもって思っても、続けられるんだ」
そして伊月さんはパピコを最後のひと啜りをしたあと、俺の顔を見上げながら言った。
「ありがとう。ハルノくん」
お礼を言ってくれた。彼女の猫耳ヘアーは今日も整っている。毎朝、髪のセットも大変だろうに、俺のご飯の準備までしてくれていた。お礼を言うのはこっちの方だ。
「俺も……伊月さんには感謝してるんだよ」
「伊月さんのお陰で最近楽しいんだ。俺、趣味とか、心の底から楽しいって思えることがなかったから、近頃は充実してる」
俺は改めて伊月さんに向き直る。
「ありがとう、伊月さん」
照れくさかったが、笑顔も添えてお礼を言う。
勘違いじゃなければ伊月さんの顔が少しだけ赤くなっている。
そして彼女の唇が震えた。
「あのさ、ハルノくん……」
すると、ピコンとスマホの通知音が鳴った。
伊月さんはポケットからスマホを取り出す。
そして何やらまじまじと画面を見ている。なにか文章を読んでいるのだろうか。黒目が往復しているように見える。
「ど、どうしよう……」
伊月さんは口を開いたが、目線は未だ画面の上。
それに初めて見るぐらい取り乱しているように感じた。
「伊月さん、大丈夫……?」
本気で心配になった俺は原因究明を急ごうとする。
すると彼女は震える手でスマホの画面を見せてきた。
「食品会社かmから……DMが来た」
俺は食い入るように画面を見る。
「ほ、本当に……?」
そう言いながら画面の文字を追った。
そこには大手食品メーカーが自社の商品をPRして欲しいというものだった。
「……てことは」
俺は顔を上げて伊月さんの顔を見る。
彼女はこれ以上なく嬉しそうな顔をしていた。
「目標に……一歩近づいたかも」
伊月さんのスマホを持つてに力が入った。
本当に出版の夢が叶ってしまうかもしれない。




