21 油そば風、混ぜうどんは味変が無限にできるので6玉食べれる
俺は先日からショート動画をアップするクリエイターとなった。
「んー……今日は300再生かぁ……」
どうやら俺は大食いらしいので、SNSで流行っているレシピをたくさん作っては、それを一度に平らげて感想を述べている。
フォロワーはやっとこさ100人ちょっと。改めて伊月さんのすごさを感じる。
「ハルノくん、ため息ついてどうしたの。幸せを逃がしてる最中?」
「意図的に幸せを逃がす人なんていないから」
いつの間に伊月さんは席に戻ってきていたようだ。
「それで、なにかあったの?」
「それがさ、ショート動画が全然伸びなくて。悩んでるんだよね」
「ああ。ハルノくんのアカウント?」
俺は頷いた。すると伊月さんは「ううむ」と悩ましい声を出して続ける。
「趣味程度でやろうとしてるんでしょ? だったら、そんなに躍起にならなくていいんじゃない?」
確かにそれはそうだ。それはそうなのだが……。
「だ、だって……言っちゃったから……」
「? なにを?」
「伊月さんの力になれそうなことはなんでもするって……」
言ったからには、俺もフォロワーを増やして伊月さんのレシピを広げたい。そしてあわよくば、伊月さんのアカウントに俺のフォロワーを流せればと思っていた。
すると伊月さんは両手で丸を作り、数字の8を作る。
「8切りしてもいいよ」
「大富豪じゃないんだから」
もちろんジョーカーがあったとて、この話をなかったことにはしない。だからこそ、悩ましい。
すると伊月さんは「そういえばさ」と話を切り出してきた。
「作ってみたの。レンチンカレー」
俺は目を丸くする。
「それって……アキラ先輩のレシピ?」
伊月さんは頷く。
「すごく簡単で美味しかった。包丁一切使わないし、ルーも2欠片だけで済むし……」
話しながら、どんどん尻すぼみになる伊月さん。やはり、ライバルを褒めるのは気が引けるのだろうか。しかし、そうは言っても、ちゃんと敵を褒めるというのは伊月さんの良さが出ている。
力なくなっていく伊月さんに対して、心配の気持ちが大きくなっていく。やはり、まだ先日の先輩とのやり取りが尾を引いているのだろうか。
しかし、その考えは杞憂だった。
「だから私も考えてきた。同じぐらい簡単で美味しいもの」
伊月さんは拳を握り、決意を露わにする。「そういうわけで」
「今日私の家で試食会するから。ハルノくん、来てくれるかな」
「もちろん! 行かせて!」
俺は二つ返事の即答をした。伊月さんは嬉しそうに「ふへ」と笑う。
「これは耳が鳴るぜ」
「腕じゃなくて?」
「キーンって」
「耳鳴りじゃん」
俺は伊月さんに休憩を促した。
☆
「お腹が……減った……」
伊月さんが試食会を開くというものだから、お昼は当社比控えめにした。(それでも普通の男子高校生ぐらいは食べた)
道中、お腹が減りすぎて何度コンビニに入ろうとしたか。
しかし、俺は空腹に耐えて、今は伊月さんの家のリビングにいる。ここまできたら、あと少し。俺は胃がきゅるきゅると言っているのに向かって「大丈夫だよ! あと少しだからね……!」と心の中で激励を送る。
すると、ものの5分で伊月さんがお盆を抱えてやってきた。
「おまたせ。もう大丈夫だからね」
「ヒーローの参上? どこかに敵でもいたかなぁ……」
すると、伊月さんは俺のお腹の方へ目線を落とす。
「空腹」
「いやいや、空腹は敵じゃなくて、最高のスパイスだよ」
伊月さんは俺の目の前にどんぶりを置いていく。お腹が減ってしょうがない俺は、うらめしさを隠すことなくどんぶりの中を覗いた。
「うどん……?」
麺は確かにうどんである。しかし、汁がない。代わりに、うどんが妙にきらめいていて香ばしい良い香りがした。
「……いただきます」
俺は伊月さんから箸を受け取り、麺つかむ。そのまま持ち上げて、口へ運ぼうとした矢先だった。
「よく混ぜてね」
伊月さんはぐるぐると片腕を動かして、そう促してくる。
正直、今すぐにでも食らいつきたかったが、ここは伊月さんの指示に従った方が良いだろう。せっかくの一食だ。美味しく食べたい。
「ふーーー……ふーーー……」
「獲物を見つけた肉食獣?」
「うどんだから麦食獣……」
「獣は否定しないんだ」
「(髪の)毛生えてるからね……」
伊月さんは「ほお」とだけ返し、あとは俺の動向を伺っている。
俺はというと、かわいく座らせた黄身を割り、広がった卵黄を見つめた。それだけで、俺の食欲ボルテージが一層上がる。
自分でも早送りでもしているのかと思ってしまうほど、凄まじいスピードでうどんを混ぜて、麺をすすった。
——醤油ベースの日本人大歓喜オーソドックスの味に、ごま油が麺に絡みついて、血がザワつくほど俺の身体が喜んでいる……っ!
人間、極限の飢餓状態で食べ物を口に入れると、血の流れがわかることを初めて知った。
そして二口目をズズッと。
やはり、美味い。
シンプルながら、しっかり美味い。知ってる味、食べたことのある味だからこその安心感。舌に一切の抵抗がなく、むしろ馴染んでいく。そこに若干パンチがあるのはにんにくが入っているからだろうか。
それに家麺なのに、麺にコシがある。まさか手打ち……?
「違うよ。冷凍うどんの力」
伊月さんから解説が入ってしまう。
俺はまた食べてる最中に独り言をダダ漏らしていたようだ。
「俺、冷蔵うどんしか食べたことないんだよね。冷凍だとこんなに美味しいんだ」
「しかも簡単レンチン調理。洗い物も少ないし、ものの5分で完成」
「ファストフード店出せるよ」
「朝ごはん専門店?」
「それはファーストフード」
だいたいファーストフードは誤用だし。そんな言葉ないし。
そして、伊月さんはキッチンに戻り、お盆になにやらいろいろ乗せてこちらに戻ってきた。
「てことで、味変いってみよう」
七味唐辛子、マヨネーズ、ブラックペッパー、お酢、カラムーチョ、韓国のり。
見た瞬間、味変した後の味を想像してしまう。
「やばい、唾液が溢れてきた……」
「パブロフってるね~」
「パブロフっていつから動詞になったの」
俺は伊月さんから味変たちを受け取って、二つ目のどんぶりにかけていく。
——スパイシーでよりパンチを感じられるようになった……なったぞ……!
ジャンク感が増したうどんは、俺をビリビリさせてくる。普段、ネットのあらゆる情報を高速で得ている現代っ子も、これにはスマホを手放しざるを得ないだろう。
しかも、店では絶対にできない味変、カラムーチョと韓国のりがキク。味どころか食感すら変えてしまう天才的な代物だ。
「これぞ我が家の卓上調味料……ってね!」
そして、今回もたらふく食べた俺は(うどん6玉)、空腹から解放され満たされた気持ちでいっぱいになった。
「ふはーッ……食べた食べた……」
俺は幸せで膨れたお腹をさする。
伊月さんは完食した俺にコーラを差し出してくれた。
しゅわ、っとした炭酸で、先程までのジャンキーさを流し込み、口の中をさっぱりさせた俺。「ああ~」と出さなくても良い声が思わず出てしまう。
そんな俺を伊月さんが心配そうな眼差しで見つめてくる。俺はどうしたの? という意味を込めて首を傾けてみた。すると、伊月さんはこれまた心配そうな声色で言った。
「美味しかった?」
「え、もちろん。美味しかったに決まってるよ」
「議論の余地なし?」
「なしなし」
「味の感想は?」
「よしよし」
「私がもうご飯振る舞わないって言ったら?」
「あしあし」
「電話に出るときは?」
「もしもし」
「赤ちゃんがハイハイするときは?」
「よちよち」
「私を慰めるときは?」
伊月さんは少しだけ潤んだ瞳で俺を見つめる。いつの間にか俺の隣に座って、目線がだいたい同じ位置にきていた。
なのに俺は彼女から目を逸らした。その代わり、手を伊月さんの頭に置いた。猫耳ヘアーの凹凸を感じながら、手を滑らせては元の位置に戻し、滑らせては元の位置に戻しを数回繰り返す。
「……いつもありがとう」
「そこはよしよしじゃないんだ」
「さっき使ったから……重複はダメじゃん」
「しりとりみたいなルールだね」
伊月さんは「ふへ」と笑う。
いつも出してくれる手の込んだ料理ももちろん美味しいが、今回みたいなスピード勝負の料理だって十分美味しい。しかし、伊月さんの中でこれでいいのだろうか、が渦巻いている気がした。
「伊月さんの作るものならなんでも美味しいよ」
すると伊月さんは弱々しく頷いた。
「固定概念ってなかなか……ねぇ」
「どうしても時間をかけたほうが良いって思っちゃうのか」
「煮込みこそ愛、だからね」
俺は空になったどんぶりを見る。
伊月さんにバズって欲しい気持ちもあるが、何より楽しく料理をして欲しい。
できれば、とっととバズり、レシピ本刊行まで漕ぎ着けて、元の航路へ戻れればいいのだけれども……。
そこで、俺はピンときた。
「ねえ伊月さん。この混ぜうどんで大食いショート動画作っていい?」
「え。いいけど、どうして?」
「バズるフォーマットがあってさ、そのフォーマットが今回の混ぜうどんに活きると思うんだ」
俺は様々ある調味料たちを見ながら言った。
☆
「めちゃくちゃバズった」
後日、伊月さんの混ぜうどんショート動画は今までに類を見ないほどバズった。
やはり、簡単に作れてかつ美味しいというのが、タイパ主義の現代に刺さったのだろう。
コメント欄も随分盛り上がっていた。
『マジで深夜でも作れる最強料理』
『カップ麺ないときに救われた』
『本当に簡単で美味しい!』
ブックマークも過去最高で、視聴者の作りたい、という意欲が伝わってくる。
「本当に、おめでとう。伊月さん」
すると伊月さんはスマホの画面を突き付けてきた。
「ハルノくんも、初の一万再生おめでとう」
俺の動画を再生しながら讃えてくれた。俺は照れながら「ありがとう」と返す。
「そうはいっても、結局伊月さんのバズのお陰だけどね」
すると伊月さんは俺の顔を覗き込んでくる。
「なんか少し落ち込んでる?」
俺は目を逸らしながら言う。
「いや、俺の動画がバズって、伊月さんの動画をバズらせる予定だったから……」
俺の動画は、混ぜうどんをたくさん用意して、動画の上に卓上調味料の画像を添付し、混ぜうどんにトッピングを乗せていって、どの卓上調味料が混ぜうどんに合うのかS~Dでランク付けするというものだった。どうやらこれが大食いインフルエンサーの中でバズりフォーマットの一部になっているらしい。
「バズりフォーマットとはいえ、無名がバズるのはやっぱり至難の技かぁ~」
「そこは無名なのに健闘したって言いなよ」
「……まぁね」
俺はなんとか自分を納得させようとした。
すると伊月さんは「もぉ~」と不満げな声を漏らす。
「ご、ごめん、伊月さん……! せっかく、励ましてくれたのに……!」
すると伊月さんは首を横に振る。
「牛の真似」
「う、牛……?」
俺がオウム返しをすると、伊月さんは頷いた。
「肉の中で一番高級な牛は、牛歩って言葉があるぐらい歩みが遅いんだよ。何も歩みが速い人が良いってわけじゃない。むしろ、ゆっくりでも前に進む人が大物だったりするからね」
伊月さんは言い終わった後、再び「もぉ~」と言った。
俺は目をぱちくりさせる。
(そっか。伊月さんって優しいんだ)
つい最近まで……なんなら今だって、アキラ先輩の一件で気が気でないだろうに、俺のことを励ましてくれる。
それでも彼女は俺のことを励ましてくれた。
俺は「ふふ」と笑ってしまう。牛(料理の材料)を使って褒めるなんて、なんとも彼女らしいなと思いながら。
「……ありがとう、伊月さん」
伊月さんはピースで返した。
それにしたって、伊月さんのバズはすごい。
俺は自分のスマホで改めて伊月さんの混ぜうどんの動画を見た。相変わらず伸び続けている。これはもう自他共に認めるバズレシピだろう。
すると、腕から体温を感じた。そちらを見ると、伊月さんが俺の腕に顎を置いていた。
「!?」
驚いた俺は反射的に腕をどかそうとしてしまう。しかし、そうはしなかった。反射が起きる前に、伊月さんのなんとも言えない表情を捉えてしまったからだ。
「……やっぱり複雑?」
今度は俺が伊月さんの顔を覗き込む番だった。
伊月さんは黙って頷く。
「けど、目標達成のためには納得できないことをしないといけないし、何事も極めたいと思ったら、どんなに好きなことでも嫌いなことはやらないといけないからね」
伊月さんは「生ごみの処理嫌いだし」と続けた。
「だから、今は辛抱。しかも辛いをひとりで抱えているわけじゃないし」
そう言って、俺のことをじっと見る。俺は親指を立てた。
「任せて」
すると、伊月さんは負けじと俺の顔をじっと見つめ返す。
そして、何かが吹っ切れたのか、ようやく笑顔を見せてくれた。
「じゃあ今日は揚げ物でも作っちゃおうかな」
「え! ほんと!?」
「気分がアゲでチョベリバだからね」
「テンションが高い死語」
「じぇじぇじぇ」
「驚きも死語で表さないで」
ようやく伊月さんがいつも通りに戻ってきた気がする。
やっぱり、伊月さんはこうじゃなくちゃ。
俺は機嫌が良さそうな彼女を見て、思わず顔が綻んでしまう。機嫌の良い証拠に、彼女の鼻歌が聞こえてきた。その鼻歌が妙に聞き心地が良かったので、耳に馴染ませていた。するとサビ前で鼻歌が終わってしまう。
「ハモリパートが聞こえてこないんだけど」
「鼻歌なのに?」
クレームだった。
今回の摂取カロリー、約2800カロリー。
まめ吉のフォロワー、約フォロワー7800(前話比+1500)。




