20 レンチンで煮込まないカレーが作れるってマジ?
「最近、バズが芳しくないんだよ」
昼休み。俺は席で伊月さんが作ってくれたおにぎりを頬張っていた。その最中、伊月さんはスマホをいじりながら不満を口にする。
「やっぱり『食』は競合他社が多いからな〜……敵陣の観察も怠らない方がいいね」
そう言いながら伊月さんはショート動画のスワイプを続けた。一見すると、ショート動画がなんとなしに眺めている女子高生だが、その実、自分が欲しいコンテンツをしっかりチェックしているインフルエンサーだ。それを知っているのが自分しかいないというのが特別感があって嬉しい。
そして俺がおにぎり(4つ)を食べ終わったあと、伊月さんは「コレ見てよ」とスマホの画面を見せてきた。
そこには男の人と思わしき人が『ガサツな俺でも作れる! レンチンカレー』というタイトルで、サクサクと料理を作っていく動画だ。
流行りの曲をBGMに、軽い語り口、そして本当に簡単そうなレシピ。もちろん、このショート動画はバズっていて、既に100万再生以上回っていた。
そして、最後にレンチンカレーを頬張る男の子。「うわー! 美味しいっ」と喜ぶ顔には見覚えがあった。
「これ……AKIRAじゃん」
「え? 誰だっけ」
「この前伊月さんと俺も話したよ。本保さんがカップケーキ作った先輩だよ」
すると伊月さんは「あれ?」と首を傾げる。
「その人って歌手なんじゃないっけ?」
「マルチクリエイターみたいだよ」
伊月さんは「なんじゃそりゃ」と言いながらも、先輩のことが気になっているみたいで、GoogleでAKIRAと調べ始める。
「……シンガーソングライター、バズグルメクリエイター、インフルエンサー。靴箱圧迫してそう」
「草鞋が多そうな靴箱だね」
伊月さんはその後も先輩のアカウントをずっと見ていた。そして昼休みが終わったあとも、伊月さんはどこか上の空だ。
そんな調子のまま、放課後になる。
伊月さんはどこか緊張した面持ちになっていた。
「どうしたの、伊月さん。なにかあった?」
俺は心配で聞いてみる。恐らく、アキラ先輩が関わっているだろうが、はたして。
「先輩にDM送った」
「え、なんて送ったの?」
想像の斜め上の返事で驚く俺。続く伊月さんの言葉にさらに驚かされることになる。
「伊月アズキですって、まめ吉のアカウントから」
「まめ吉のアカウントから!?」
それは伊月さんの正体がまめ吉であることを自ら暴露したということになる。
「い、伊月さん的には良かったの!? 正体教えちゃって!」
「うん。それにこの後会いましょうって言ったし」
「えええええ!? な、なんで!?」
すると伊月さんはいつものジト目で、しかしいつもより少し大きめな声で言う。
「ライバルを把握するため」
彼女の瞳の奥は確かに闘志が宿っていた。
☆
放課後。
伊月さんと俺は体育館裏に来ていた。
「なんで待ち合わせ場所体育館裏にしたの?」
「果たすからに決まってるじゃん」
そう言いながら、伊月さんはシュッシュッとシャドーボクシングをする。
「ちょっと、喧嘩はダメだよ」
「違う。これはパンの一次発酵の行程。叩いて空気を抜いてるんだよ」
「料理の腕で果たそうとしてるのか……」
俺が関心していると、気配を感じる。それは伊月さんも同じだったようで、同時に気配がする方を振り返った。
「よっ、まめ吉ちゃんと相棒くん」
アキラ先輩だ。
片手をヒョイと上げて、飄々と挨拶をする。
アキラ先輩が俺たちの前まで来ると、伊月さんは犯人を見つけた時のような反応をした。
「やっぱりAKIRAの正体はアキラ先輩だったか……」
すると先輩は「え」と片足を半歩下げて動揺した様子を見せる。
「それ、俺が『やっぱりまめ吉の正体は伊月ちゃんだったか』って言うべきじゃない?」
アキラ先輩は本名でやってるから、先輩の反応は当然のものだった。
俺は「気にしないでください」と言うと「さすが相棒くん」と言って助かったという表情をする。
そして、彼は咳払いをして気を取り直して本題に移った。
「それで、伊月ちゃん。俺に何の用?」
言いながら、先輩は辺りを見渡す。
「体育館裏になんて呼び出して……もしかして告白?」
先輩は茶化すように言った。もちろん違うことなんてわかっているだろう。
しかし伊月さんは大真面目な顔で言う。
「当たらずも遠からず」
俺と先輩はギョッとした顔で伊月さんのことを見た。
そして、伊月さんは俺たちの視線を物にして自分のペースを崩さないように話し出した。
「告白してください」
「「は?」」
またも俺と先輩の反応が被る。
俺は冗談だろ、と伊月さんの顔を見た。
しかし、またもや伊月さんは大真面目な顔である。そして続けた。
「先輩のショート動画はどうしてあんなにバズってるんですか?」
「白状しろってことか……」
俺はほっと肩を撫で下ろす。
先輩も納得した表情を浮かべていた。
そして「そうだねぇ……」と言葉を置いてから、サラリとしゃべり出す。
「みんなのニーズに合わせているからね」
伊月さんは眉を八の字にした。
「みんなが求めてるものを作ってるってこと?」
「そうだね。それに、簡単に作れる料理とショート動画って親和性高いからバズりやすいんじゃないかな」
それにその動画のBGMを作っているのも先輩だ。
まさにZ世代の猛者といえる。
伊月さんは先輩のことをじっと見た。なんとも言えない表情をしている。
「先輩は、料理好きですか?」
「好きだけど……なんで?」
「先輩って音楽で食ってると思ったので」
「自炊でも食ってるよ」
先輩は思い出したかのように「ああ、そうだ」とつぶやく。
「今度レシピ本も出すから印税でも食うことになるかな」
すると、伊月さんの顔はみるみる強ばる。
「っ……」
初めて見る伊月さんの表情に、俺は驚きが隠せない。
(伊月さん、悔しがってる……)
そして、伊月さんは啖呵を切った。
「私だって出します。レシピ本」
身長が低めの伊月さんだが、この時ばかりは迫力があった。
これには先輩も少し身体を仰け反らす。
「……へえ」
そして先輩は少し考え込むような素振りを見せる。たいした時間が経たないうちに、先輩は言いたいことがまとまったのか、ひとりで頷いてしゃべり出した。
「伊月ちゃんはさ、きっと俺より料理が得意だし、料理に愛を持って接してるよ」
だったらどうして伊月さんの方がフォロワーが少なく、レシピ本が出せないのだろうか。
それを聞かずとも、先輩は答えてくれる。
「伊月ちゃんの料理は一般人には少し手間暇がかかりすぎる」
すると伊月さんは明らかにムッとした表情を浮かべた。
「手間暇をかけることが愛情だと思っているので」
伊月さんの言葉に対して、先輩は首を振る。
「言いたいことはわかるよ。伊月ちゃんなりの持論だったりポリシーがあるのも理解できる。けど、必ずしも自分の信念が大衆の需要と一致するとは限らない」
「……っ」
伊月さんは下唇を噛んで痛い顔をする。
彼女のその顔が俺の心を痛ませた。なんとか、先輩の論を否定しようと頭を回転させる。
しかし、出てきた答えは辛い事実だった。
(でも、たしかに今までバズったものってタッパーで作る楽ちん小籠包と煮たり焼いたりしないサーモンアボカド丼だったな……)
気づいてしまった俺は伊月さんの顔を見た。嫌な予感がしたからだ。そしてその予感は見事的中し、伊月さんもその事実に気づいてしまったようだ。真っ青な顔をしている。
その顔を見た先輩は、ハッとした表情を浮かべた。
「ご、ごめん。伊月ちゃんを傷つけようとしたわけじゃないんだ。けど……いや。なんでもない」
先輩はバツが悪そうに、再び謝った。
そして、先輩は伊月さんに向かって言葉をかける。
「お互い頑張ろう。嫌なことを言っちゃったけど、本当に応援してる」
そう残したあと、先輩は伊月さんの横を通る。そして俺の隣まで来たら足を止めた。
「ハルノくん、ごめんね。彼女に意地悪言っちゃって」
「……意地悪とは思いませんけど、語気は強かったと思います。どうしてあんな詰めるような言い方をしたんですか?」
すると先輩は居心地悪そうな顔をする。
「才能があるのに、好きなことしかやらないで、ある程度の結果を出している可愛い後輩への嫉妬だよ。可愛くない先輩だと思わないかい?」
「素直に洗いざらい白状しちゃうあたり、可愛いと思います」
すると先輩は「そうだといいな」とはにかんでその場を去った。
残された俺と伊月さん。
当然空気は重かった。
☆
俺たちは帰路をとぼとぼ歩いていた。
沈んだ空気の中、俺はただ黙ることしかできない。
(何かいい感じの話題でもないかな〜……)
俺はこの状況を打破するために、頭を悩ませる。
しかし考えれば考えるほど、素敵な話題など思いつかない。
最悪、しゃべらないよりマシかと思い、俺は伊月さんに明日の授業の話を振ろうとする。
「ね、ねぇ伊月さん……!」
すると伊月さんの目からは大粒の涙がボロボロと零れていた。
「うっ……」
可哀想な嗚咽も混じる。俺がどうするか考えている合間にも、
「うぅ〜……」
2度目の嗚咽。そして俺があたふたしているうちに、伊月さんは大きく口を開ける。
「うわーーーーーん!」
大声で泣き始めたかと思えば、なんとそのまま走りはじめてしまった。
「ええ!? な、なんで走るの!?」
もちろん、そう聞いても答えは帰ってこない。こうしている合間にも、彼女と俺の距離はどんどん広がっていく。慌てて俺は彼女の後ろを追いかけた。
その道中、俺は伊月さんの背中に向かって声をかける。
「い、伊月さん、とりあえず涙拭こう!」
「泣いてない!」
「じゃあなんで逃げるの!」
「逃げてない! 走ってる!」
「どこに向かって!?」
「家のキッチン! 料理作るの! 悔しいから! 今すぐ作るの!」
「家庭科室借りればいいじゃん!」
「食材に涙入ったらどうするの!」
「やっぱり泣いてるじゃん!」
こんなやり取りをしながら本気の走りをふたりでしていた。
走るのが苦手な俺だが、男の意地で音を上げずに走りきる。先にバテたのは伊月さんだ。
「ティッシュ、よければ使って」
恐らく涙で顔が水浸しであろう伊月さんにティッシュを差し出す。すると伊月さんは中腰のまま、顔は伏せてティッシュを受け取った。
「ありがとう……返せないけど大丈夫?」
「消耗品返せなんて言わないよ」
そして俺たちは伊月さんのタワマンの下にあるベンチに腰をかけた。
俺は自販機で水を買って伊月さんに渡す。余程喉が乾いていたのか、彼女は一気に飲み干した。
「ぷはっ〜。水になった〜……」
「潤ったんじゃなくて、そのものになったの?」
すると伊月さんは「ふへ」と笑った。ようやく笑顔が見れて、俺は安心する。
そして彼女は空を見あげた。すっかり暗くなっていて、東京なのに星がきらきら瞬いていた。
伊月さんはある星々に指を指す。俺は星座に詳しくなかったから、彼女からの正解を待つ。
「図星だ」
「それなら俺も知ってるな」
「図鑑に載ってないのに?」
「辞典には載ってるから」
伊月さんは力なく笑う。今度は心配な笑みだった。そして彼女は空になったペットボトルを両手で握る。グシャ、という軽い音が響く。
「悔しかった」
ぽつり、と零す。そしてその後もぽつぽつと続く。まるで雨脚が強まるように。
「私は、時間をかけたものこそ美味しくなるって思ってたから……でも、みんなが求めているものは時短だったんだ」
伊月さんは噛み締めるように続ける。
「先輩の言ってたこと、何も間違ってなかった。だから、余計に悔しくて……」
彼女は再び泣きそうになっているのをぐっと堪えていた。しかし、すぐに持ち直して気持ちを露わにする。
「私、フォロワーの人たちが喜ぶようなレシピを作りたい。そのうえで、私らしさを追求してレシピ本も出す」
伊月さんは俺のことを真っ直ぐ見つめながら言った。
その目は俺のことを捉えていながらも、さらにその先を見つめているように見える。
俺は彼女の気持ちに応えるように口を切った。
「伊月さんなら絶対いけるよ! 俺も伊月さんの力になれそうなことはなんでもする!」
「ハルノくん……」
伊月さんは虚をつかれた顔をしたあと、ふっと笑う。
「実を言うと、私にはハルノくんさえいればいいんだけど」
「えっ、それってどういう意味……?」
「けど、ハルノくんはずっと一緒にいてくれそうな気がしてさ。さらに目標ができちゃった」
伊月さんは「ふふん」と鼻を鳴らす。
「私、みんなが喜ぶようなレシピを作る」
そして伊月さんは人差し指を立てて「もうひとつ」と言った。
「本が出せるって決まった時には、ハルノくんに伝えないといけないことがある」
俺はまたその意味を聞こうとしたが、伊月さんが指してきた人差し指を俺の口元まで持ってきて制する。
「それまでナンセンスなことは聞かないでね」
俺のことなんてお見通しだというような言動にドキリとしてしまう。そして自分でも気づかぬうちに返事をしていた。
「……わかった」
自分の声を聴いて自分は今しゃべっているんだ、と気づくという初めての体験をした。
どうしよう。こんなに頭がふわふわしていて、俺の思い違いだったら。
ぼう、としていると、伊月さんはずいずいと俺の眼前へ迫ってくる。
「聞くなよ? 聞くなよ? 絶対聞くなよ?」
「聞いて欲しいの?」
都会の夜は夜と思わせないぐらいきらきらとしていた。
そうすると、俺の表情がどうなっているかよく見えちゃうよな。
それは少し困ってしまう。
今だけは月の光だけにしてほしい。都会の蛍光灯は勘弁だ。
まめ吉のフォロワー、約フォロワー6300(前話比+340)。




