19 ロールパンを使った冷食アレンジは料理に入りますか?
「料理が作れない!」
放課後、倫太郎は鬼気迫るように訴えてきた。
「倫太郎、この前カツ丼作れてたじゃん」
俺は先日の一件を思い出しながら言う。すると、倫太郎は首を横に振った。
「カツ丼を作れてもそれ以外が作れないんだよ。ハルノよぉ、寿限無だけの落語家も、ショートケーキだけのケーキ屋も、焼きそばだけの祭りもないだろ?」
「でもYOASOBIといったら夜に駆けるだし、ジャンプといったらワンピースだし、ココアといったら森永だよ」
「俺といったらカツ丼でもないだろ」
ていうか、それはハルノの主観すぎるじゃん、とも言われた。おっしゃる通りだ。
「だから、伊月さんに新しいレシピを聞こうと思っててさ」
「いいんじゃない? 聞いてみたら」
「伊月さんといったらハルノなんだから、そこはお前も一緒に頭を下げないと」
「それこそ倫太郎の主観だろ」
だが、悪い気はしない。俺から伊月さんに聞いてみようと思う。
そんな時、ちょうど伊月さんが隣の席へ戻ってきた。俺は伊月さん側へ前かがみになって聞いてみる。
「伊月さん。今日って、時間ある?」
すると、伊月さんは教室にある壁掛け時計を見た。針は17時頃を指している。
「残り、7時間ぐらいは」
「本日の終了時刻の話じゃなくて」
すると伊月さんは「あるよ」と普通に答えてくれた。
「このあと新しいレシピを教えてほしいんだけどいいかな。倫太郎がカツ丼しか作れないって嘆いているからさ」
その横で倫太郎が手を合わせてお願いのポーズを取っている。
伊月さんは俺たちを交互に見た後に頷いた。
「いいよ」
そして彼女はすぐに考え始める。
「どういうレシピがいい?」
「また弟に料理を振る舞いたくてさ」
「てことはガッツリ系かな。ガッツリといったら揚げ物か。じゃあ、ええと……」
こうして伊月さんが悩み始めたところ、倫太郎が「教えてもらう立場で申し訳ないんだけど……」と切り出した。
「揚げ物だと時間かかるとか片づけがめんどくさいとか思って、二の足を踏んじゃうんだよな。できれば、早くてウマいやつが作りたいんだけど、そういうレシピあるか?」
すると伊月さんはキョトンとした顔になる。そして「そうか。揚げ物は手間か」と繰り返す。そして少し考えたのち、こんな質問をした。
「レシピってさ、簡単であればあるほど嬉しい?」
すると倫太郎は大きく頷いた。
「俺の場合はな! だって、その方がゴチャゴチャ考えず料理に取り掛れるだろ」
伊月さんは「そうなんだ」と噛み締めるように返した。
そしてまた、少し考えたのちに口を開く。
「すっごく簡単なレシピ、あるにはある。けど、教えるってほどのものじゃないかもしれないけど……それでいい?」
「マジか! ありがとう!」
「そしたら、まずはパン屋さんに行くよ」
こうして、俺たちは伊月さんとパン屋さんへ向かうことにした。
☆
「甘栗さん、来たよ」
伊月さんはパン屋の店員さんに向けて声をかける。
「!? アズキちゃ〜ん! と、彼氏! いらっしゃ〜い!」
名前通りの茶色い栗色のポニーテールを揺らし、俺たちの方へ振り向く。
前回会った時と同様、元気な声で出迎えてくれる。
そして、甘栗さんは俺たちの後ろにいる倫太郎に目をやった。
「べ、別の男……!? アズキちゃん、かわいいからってそんな……」
「普通に俺の友達ですから!」
俺はわざと被せるように大きな声で言った。そして、隙を与えてはいけないと思い、ノータイムで続きを話す。
「こいつは俺の友達の倫太郎! 今日はこいつが料理を作る手伝いをしに来ました!」
「そうだそうだ! 俺は伊月さんとハルノの間に入らねーよ!」
すると甘栗さんは「昼ドラばっか見てるとこういう思考になっちゃうのか……トホホ……」と嘆いていた。
伊月さんはそんな甘栗さんを気にせず「ロールパン10個欲しいんだけどあります?」と両手をパーにして尋ねている。
すると甘栗さんはすぐに調子を取り戻して「あるよ! ちょっとまっててね」とトングを持って袋詰めを始めた。
そしてこんもり入ったロールパンを受け取り、俺たちはパン屋を後にする。
そして次に来たのはスーパーだった。
「スーパーでなに買うの?」
俺は前方にいる伊月さんに聞いてみる。すると、伊月さんは足を止めて振り返った。
「冷凍食品だよ」
「えっ、冷凍食品でご飯を作るの?」
俺が驚きの声をあげると伊月さんは頷いた。
「まあ、作るっていうかアレンジって感じだけどね」
そう言いながら、伊月さんは倫太郎の方を向いた。今の言葉には、作るってほどのことはしないけど大丈夫か、という意味が含まれているように感じる。
対して倫太郎は嬉しそうな顔で頷いた。
「全然いいじゃん! 冷食アレンジ! 俺でも簡単にできそうだし、高頻度で作れそう!」
目を輝かせる倫太郎に、伊月さんは「ならよかった」と笑みを見せた。
けれど、目がなんだか伏している気がする。俺の思い過ごしだろうか。
「あの、伊月さん……」
俺が声をかけようとすると、伊月さんは俺の方を向いて目を合わせてくる。
「じゃあ行くよ、ハルノくん。早く帰らないと溶けちゃうからね」
「まだ冷凍食品がカゴにひとつも入ってないから平気だよ」
こうして、俺たちは冷凍食品コーナーへ向かった。
「占いつきグラタン、グラタン抜きで」
「占いが冷凍されてることになるけど」
「フィッシュフライは揚げた魚。じゃあパンはパンでも食べられるパンは?」
「揚げパンでしょ」
「オムレツの語源はシェイクスピアからきてるんだよ」
「それはハムレット」
カゴには様々な種類の冷凍食品でいっぱいになった。
そして、俺たちはお会計を済ませようとレジに向かう。
その最中、俺はパンコーナーにあるロールパンが目に入った。
「結局スーパー行くなら、ロールパンもスーパーで買えば良かったんじゃない?」
すると伊月さんはニヤリと口端を釣り上げる。
「甘いね。抹茶菓子ぐらい甘い」
「抹茶菓子の甘味は種類差がありすぎて、どれぐらい甘いのかわかりにくいよ」
伊月さんはパンコーナーにある袋詰めになったロールパンを見ながら言った。
「どんなロールパンでも代用できるけど、1番最初に食べるレシピは美味しくありたいでしょ」
くるり、と俺の方を振り向く。
「もちろんスーパーのロールパンも美味しいけど、餅は餅屋だよ」
「そこは無理に慣用句使わないで、パンはパン屋でいいんじゃない?」
俺たちは速やかに会計を済ませて、流れるように俺の家へ向かった。
そして、伊月さんは倫太郎に指導をし始める。
「ロールパンに切込みを入れるよ。さっきの冷凍食品が入るぐらいの大きさにしてね」
「切込みを入れたら、中に冷凍食品を挟んでいくよ」
「そのままオーブンでチン。それで完成」
あっという間だった。工程が少ないのももちろんだが、難しい技術がひとつもいらない。倫太郎も目を丸くしている。
「これだけでいいのか?」
「うん。これだけでいい」
なのに、見た目はちゃんと美味しそうだ。ただ、冷凍グラタンもロールパンも美味しいから、合わせたら美味しいのは間違いないか。
倫太郎も俺と同じ考えだったようで、鼻をひくひくさせながら目を輝かせている。
「こんなん美味しいに決まってるじゃん……」
グラタンの焦げ目を見ながら言った。
俺も倫太郎と同じような反応してしまう。鼻をひくひくさせて、グラタンの焦げ目を見た。嗅覚と視覚が食欲を刺激する。お腹が鳴った。
「伊月さん、倫太郎……そろそろ、いいかな……」
よだれが口の中に溢れていく。まるで飼い主からの「よし」を待つ犬だった。
伊月さんは我慢の限界な俺を見て口端を上げている。
「えー、どうしようかなぁ」
「頼むよ伊月さん」
「いやぁ、悩むなぁ」
「どれぐらい悩んでるの?」
「一番くじ二回引くか三回引くかぐらい悩むなぁ……」
「結構悩んでるし、気分と思い切りで決まるタイプの悩みじゃん」
そして許可をもらった俺は倫太郎と一緒にロールパンを手に取った。
グラタンを挟んだロールパンを口の近くまで持っていくと、グラタンから誘うようなホワイトソースの香ばしい匂いが漂う。
「いただきます」
——ちゃんとグラタンパンだ! ロールパンのバター感とホワイトソースが濃厚で堪らないっ!
パンとグラタンについている焦げも香ばしさを演出していて、濃厚さを助長している。
そこに小さいエビが加わってトロッフワップリッ、食感を楽しめるのが最高だ。
倫太郎も「んーっま!」と声をあげている。
「完成されてる味だから、失敗の心配がないのもいいな!」
簡単ウマい、まさに令和のショート動画クック。しかも、中の具材は全部冷食だから種類が豊富なのも嬉しい。
コロッケ、メンチカツ、肉巻きポテト、フィッシュフライ……どれも美味しいし、飽きない。
倫太郎が食べる手を止めても、俺は食べ続ける。そして、気づいたら全部完食していた。
「ごちそうさまでした……」
言い終わると同時に「ほぅ」と幸せのため息が漏れる。
満腹のあとにくる、言葉にし難い充足感。俺はこれのために爆食いしているといっても過言ではない。
血糖値も急上昇しているからか、幸せな眠気も襲ってくる。それに気づいて意識がどんどん落ちていくのを感じる。抗うことはしない。ただ、身体が行きたい方へ行かせてやる。これが自尊心の尊重というやつだろう。
すると、俺の背中を無遠慮に誰かが叩いてくる。そのせいで、俺は一気に現実へ戻された。
「おい、ハルノ! ただ寝たいだけなのを正当化するなよ!」
倫太郎がデカい声で抗議している。おかしいな、俺の心の声が伊月さん意外にも聞こえるようになったとは。
「いや、お前の心の声は全部お前がお前の口で漏らしているんだからな」
「恥ずかしいな……はは」
俺は身体をなんとか奮い立たせて起こした。
そして前と同じように伊月さんが倫太郎にレシピメモを渡し、倫太郎はお礼を言う。
「じゃあ、俺、帰って早速作ってみるわ!」
倫太郎はやけに早口だった。
俺はチラリと伊月さんの方を見る。
「伊月さんも帰った方がいいんじゃない? 倫太郎に途中まで送ってもらいなよ。後片付けは俺がやっとくから」
すると倫太郎が被せるように大きな声を出す。
「いやいやいやいや! 俺の家すぐそこだから! 近いから! な? ハルノだって知ってるだろ?」
かと思えば、今度は俺の耳元へやってくる。
「お前が送ってやれよ!」
「えぇ?」
「いいから!」
そう言って倫太郎は俺の背中を一発叩く。なんだよと文句のひとつでも言おうとしたが、倫太郎は「じゃあな! ハルノ! 伊月さん!」と足早に去っていく。
残された俺と伊月さん。
ふと窓の外を見ると、夕日が沈みかけていた。
「送っていくよ、伊月さん」
「送られてあげるよ」
こうして俺たちはえっちらおっちら外に出た。
☆
沈みかけの夕日をバックに、俺たちは伊月さんの帰路を歩く。今日はなぜだか少しだけ空気が重かった。
無言でしばらく歩いていると、駅前のタワマンが見えてくる。伊月さんの家だ。
「ハルノくんはさ」
家が見えてきたタイミングで、伊月さんは口を開いた。
俺は「どうしたの?」と返す。すると、伊月さんはなんとも形容し難い顔をしたあと、口を切った。
「今日みたいな料理を出されても素直に喜べる?」
伊月さんはいつもの声のトーンで、しかし少し寂しそうに尋ねてきた。含意がわからなかった俺は、素直な気持ちを答えてみる。
「そりゃあ嬉しいよ。だってロールパンに切込みを入れて、冷凍食品を挟んで、オーブンでチンをするのだって手間じゃん」
「そういうものかな」
「そういうものだよ。だって、粉で作るココアも自分で作るより母さんが作るココアの方が美味しいじゃん」
と言ったそばからハッとする。
「ご、ごめん!」
伊月さんの両親は忙しく、家を空けている時間の方が多かったようだ。だから、もしかしたら両親から簡単な手料理もあまり作ってもらえなかったかもしれない。その事情を知っていて、今の例えはあまりよくなかったかもしれない。
俺はそっと伊月さんの顔を覗き込む。傷ついてないだろうか。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
「ふふ……ふふふっ」
伊月さんは手で口元を抑えながら笑っている。
予想外の反応に、俺がオロオロとしていると、伊月さんは上目遣いをしながら言った。
「やっぱり、ハルノくんは優しいね」
「や、優しい……?」
なぜ「優しい」なんて言葉が出てきたかわからず、反復してしまう。すると伊月さんは俺の顔を覗き込みながら口を開いた。
「気を遣ってくれたでしょ。だから、優しいね」
伊月さんは、目を細めた。
「じゃあハルノくんが教えて。自分以外が入れるココアは本当に美味しいのか」
薄い唇が嬉しそうに動いている。
ジト目は相変わらずなのだが、目が活き活きしているのも伝わった。
猫耳ヘアも機嫌の良い伊月さんによく映えている。
「……おーい、ハルノくん。ハルノくーん」
眼前にいるのに呼びかけが遠くから聞こえる。
俺は、彼女に見とれていた。
「よ、呼んだ?」
「ここはお風呂じゃないよ」
「オフロスキー意識してたわけじゃないから」
俺はそっぽを向く。そして自分の中で気持ちの整理をつけたあと、再び口を開いた。
「今度、俺に作らせて」
やけに脈を打つ自分の身体に心の中でうるさいと叱る。しかし、彼女の返事がないのが一層心拍に影響した。
我慢ならなかった俺は彼女の表情をちらりと伺う。
すると彼女の目はいつものジト目でなく、目を丸くしていた。
するとすぐにムッとした顔になって、俺の背中をバシバシと叩く。
「ハルノくんをこんな人たらしに育てた覚えはありません」
「え、なになになんで!?」
「手に塩をかけて育てたのに……っ」
「俺っておにぎりだったの?」
すると伊月さんはマルマルモリモリと恋するフォーチュンクッキーの冒頭だけを踊り始めた。
今回の摂取カロリー、約2500カロリー。
まめ吉のフォロワー、約フォロワー8460(前話比+2500)。




