18 気になるあの人にカップケーキをあげてみる②
「ヤバっ! 先輩発見っ!」
アキラ先輩の教室を覗いてみると、偶然にも先輩はひとりで机に腰をかけていた。
今どき、Bluetoothイヤホンじゃなく、有線で音楽を聴いているところに粋を感じる。
「がんばれ、美玖」
伊月さんはヒソヒソと囁く。本保さんは頷いた。そして教室へ一歩踏み出す。
「あ、あの……!」
するとアキラ先輩は本保さんの方に顔だけ向ける。
一瞬、自分に声をかけられていることに気づかなかったようで、一度辺りを見渡し誰もいないことを確認してからイヤホンを外した。
「俺?」
人差し指で自身のことを指し、首を傾げる先輩。その動作が、手足の長さゆえ様になっていた。
その姿に俺たちは固唾を飲む。
本保さんは一泊置いたあと、再び口を開いた。
「せ、先輩が裏ですごく頑張ってるの知ってて……お、応援したいなって」
すると先輩は「応援……? ああ、音楽活動のこと?」と合点がいったように頷く。
「だ、だからそんな頑張っている先輩に、カップケーキを作ってきて……」
ちらりちらりと先輩の顔色を伺う本保さん。大人っぽい見た目とは裏腹に、少女のように照れた顔をしていた。
そんな彼女のもとに、先輩はおちおちやってくる。
そして本保さんからカップケーキを受け取ると、包装紙を解いて早速食べる。途端に、先輩の目は見開かれた。
「めちゃくちゃ美味しい。ありがとう」
そう言いながら先輩は嬉しそうに頬を綻ばせた。その姿を見て、思わず俺たちはガッツポーズをしてしまう。
伊月さんは俺の方を向いて、声を弾ませた。
「大成功だね。高校生なんてやってる場合じゃないな。キューピットに転職しよ」
「キューピットって中卒でもできるの?」
「学歴不問らしい」
「伝聞的な言い方だね。まるで知り合いにキューピットがいるかのような」
こんな様子でふたりで盛り上がっていると、教室から場が凍るような台詞が放たれる。
「それで……向こうにいるのは?」
「向こう?」
「人影が2人分伸びてるから」
完全に気づかれている。その証拠に先輩は、俺たちが聴いている前提で本保さんに質問した。
「友達?」
「そ、そうです。着いてきてもらいました」
「あはは。先輩のフロアってなかなか入りにくいもんね」
バレてしまった俺たちは開き直って、ふたりの場に足を踏み出した。
「伊月アズキです。好きなコーラはペプシです」
「それ比較対象コカ・コーラ意外にあるの? あ、俺は青輝ハルノです」
俺は軽く会釈する。すると、アキラ先輩はどうしてか俺たちのことをじっと見た。歓迎とも不歓迎とも言えないその視線は、空気を僅かに強ばらせる。
しかし、その後すぐに先輩は顔を明るくさせた。
「あはは。面白い自己紹介だね。じゃあ俺は三ツ矢サイダーが好き。コーラよりもサイダー派。よろしくね」
そう言ったアキラ先輩の笑顔は澄んでいた。
伊月さんは両腕で自分の顔を庇い、目を伏せる。
「眩しい。反射されてるっ」
「先輩が鏡で伊月さんが眩しいってこと?」
アキラ先輩は俺たちのやり取りを見て面白そうに笑った。
そして彼はひと段落着いたのを見計らい、俺たちのことを交互に見ながら口を開く。
「……それにしても」
言いながら、アキラ先輩はカップケーキの二口目をかじる。
「これ、すごく美味しいね! レシピってどんな感じ?」
「え、レシピ?」
本保さんは少し驚いた反応を示していた。ただ、それは俺も伊月さんも同じで、彼のことを見て目を丸くした。
「へぇ〜。簡略化されたレシピだ。ひょっとして本保さんは料理が好きな人?」
「いや……お菓子を作ったのは初めてで……」
「俺のために? ありがとう」
その感謝の言葉は本心であることがわかる。それと同時に感謝を言われ慣れている人の言い方でもあった。
「実は俺もこう見えて料理が好きでさ。良ければそのレシピ、何にインスピレーションを受けたか教えて欲しいんだけど」
キラキラと目を輝かせながら話すアキラ先輩に、本保さんは目を伏せた。
「あ、アズキに教えてもらって……」
本保さんは逸らした視線を伊月さんへ動かす。
伊月さんはピースを先輩に向けた。
「ふへ」
得意げに鼻を鳴らす伊月さん。そんな伊月さんを先輩はじっと見た。
「伊月ちゃんって、料理の玄人?」
「いやいやそんな……素人にポメラニアンの毛が生えたぐらいで……」
「ふっさふさじゃん」
すると、アキラ先輩はポケットからスマホを取り出す。画面にはLINEのQRが表示されていた。
「じゃあさ、料理好き同士、情報共有ってことで」
俺は「えっ」と内心動揺してしまう。
そして恐る恐る伊月さんの方を見る。すると、伊月さんは首を横に振っていた。
「私Androidだから共有できないんだよね」
「LINEのQRはエアドロ関係ないでしょうよ」
それに伊月さんがiPhoneであることを俺は知っている。
気になった俺は小声で「伊月さん、先輩とLINE交換したくないの?」と聞いてみる。
すると、彼女もこれまた小さな声で答えた。
「だって私は狙ってないし。交換する理由がナッシング。友達が気になってる相手ならなおさらね」
伊月さんは俺の顔をじっと見ながら続ける。
「それに……」
「それに?」
「なんでも……ある」
「あるんかい。なにさ」
「言わない」
「えー」
俺は眉を八の字にするが、伊月さんは何処吹く風。これ以上はこの話を続けさせない空気を醸し出されてしまった。
伊月さんは鼻歌を口ずさみながら「美玖〜、帰ろ〜」と背中を押す。ご機嫌な伊月さんに押されながら、本保さんは前進する。
「え、なになにアズキめっちゃ機嫌良さそうじゃん」
「悪くはない」
「それ良いって言っても差し支えないでしょ」
そんな会話が前方から聞こえてくる。
俺はふたりの背中を眺めていると、いつの間にか隣にアキラ先輩がいた。
「うーん、振られちゃったね」
苦笑しながらそう言った。
「ふ、振られちゃったって……ひょっとして伊月さんのこと好きになっちゃったんですか?」
すると今度は軽やかに笑う。
「ふはっ。違うよ、だから安心して」
「あ、安心って何をですか」
しかし先輩は俺の質問に答えることはなく、続けた。
「仮にボクが彼女を好きになったとして、この恋に勝ち目はないでしょ。焦れったいふたりだね、全く」
「ええ、まぁ、はい……って、え?」
しかしまたしても俺のクエスチョンには答えず、先輩はスマホを取り出した。そして、インスタの検索バーを押して高速でフリック操作をする。
「伊月アズキ……」
「え、伊月さんのこと知ってるんですか?」
まさか伊月さんの料理垢に気づいているのかと思い、聞いてみる。
アキラ先輩は首を左右に振った。
「いいや? 知らないよ」
しかし、眉をひそめて何やら考え込む仕草を取った。
「けど、なーんか気になるんだよね。ライバルな気がする」
アキラ先輩は廊下の先にいる伊月さんの手を見ていた。
「めちゃくちゃ料理してる人って、保湿クリーム塗ってても間に合わないときがあるからね」
俺はその言葉にドキリとする。普段は気にならないのだが、本保さんの隣に並んでいる伊月さんの手を見ると確かに乾燥しているように見えた。
アキラ先輩はまだ続ける。
「ねえ、青輝くん」
「お、俺ですか?」
「キミ、ひょっとして伊月ちゃんのブレイン?」
「ブレインというかストマックというか……」
「ふーん……」
「な、なにか……」
「ううん。なんでもない」
アキラ先輩は考え込むような表情をした。かと思えば、次俺に話しかけた時には爽やかな笑顔に変わっている。
「青輝くんはYouTubeとか見る?」
「え……まぁ、年相応には……」
「有名なYouTuberって、面白い企画を作るのにどうしていると思う?」
急に何の話だろうか。意図が全くわからないが、とりあえず質問の答えを純粋に考えてみた。
「他のYouTuberの企画を参考にする、とかですかね」
「それも正解。けど、それだけじゃない」
「画面に出てこない協力者が出演者に指示を仰いでいる、つまり仲間がいるってこと」
なるほど、つまり俺が企画を考えていると言いたいわけか。少し間違っているが、完全に間違っているとは言えない。
下手なことは言えないなと思い、愛想笑いを浮かべる。しかし、アキラ先輩はこの話をまだ終わらせる気がないようだ。
「お金を出して外注する人もいる。それか完全な信頼関係で成り立っている画面に見えない協力者がいる、とかね」
後者の話をするときだけ、やけに目に力が入っているように見えた。俺は無意識に背筋を正す。
「えっと……さすがSNSのプロですね」
しどろもどろになりながらも、当たり障りない返事を選びとった。
するとアキラ先輩は目を細めて口角を僅かに上げる。
「そんなことないよ。僕なんてまだまだパンピさ」
謙遜なのか別の含意があるのかよく分からない返事だった。
これ以上しゃべると、しっぽを掴まれそうな気がしたので「では、これで」と俺は頭を下げて伊月さんの元へ向かおうとしたその瞬間。
アキラ先輩は俺の肩に軽く手を置いた。
「まぁ、お互い頑張ろうよ」
触られた方の肩が強ばる。俺は小走りで伊月さんの元へ足を進めた。
「時間をかけて知れば良いか。あのふたりのこと」
そんな声も聞こえたような気がしたが、一旦聞かなかったことにする。
今回の摂取カロリー、約2700カロリー(カップケーキ5つ)。
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