17 気になるあの人にカップケーキをあげてみる①
「アズキ! ヤバい、聞いて!」
「どしたの」
休み時間。俺の隣の席で本保さんが伊月さんに向かってすごい剣幕で話しかける。
「アキラ先輩の曲、ティックトックでバズったの!」
アキラ先輩。
俺たちの一個上の先輩で、SNSで音楽活動をしているらしい。実際、アキラ先輩は令和の男子みたいなみてくれをしている。マッシュウルフの銀髪(校則違反)に切長二重、鼻が高く、唇がぽてっとしていた。今どきのアイドルグループにいそうなビジュアルだ。
ミーハー好みてんこ盛りの先輩で、学内にはファンも多い。
本保さんは興奮気味に続ける。
「なんとなしに先輩に話しかけてみたらの! そしたら先輩とよっ友ぐらいになれちゃって!」
「ほうほう」
「それでね、話を聞いたら料理も趣味のひとつだって教えてくれたの! イケメンで音楽もできるのに、料理好きって萌えない!?」
「ほーん」
話半分で反応する伊月さん。それを隠そうともしないため、見てるこっちがハラハラするが、本保さんも一方的に話せれば満足なのか、顔に艶が出ている。ぎこちない気遣いみたいなのが一切見当たらないのが、この二人の仲良い所以なのだろうか。
「そういうわけだからさ、アズキ。折り入ってお願いがあって……」
本保さんは両手をパン! と合わせて頭を下げる。
「私も料理作るんですよ〜って空気を醸し出しちゃったから、アキラ先輩に手作りお菓子渡したいの! 手伝って! この通り!」
すると伊月さんの目が変わった。
いつものジト目であることには変わりないのだが俺にはわかる。目が見開いたのだ。瞼がくい込み、白目の表面積がぐっと広がり、黒目がワクワクを訴えている。
「よし。じゃあ放課後に家庭科室でも借りようか。カップケーキでも作ろう」
「え、いいの!?」
本保さんが喜びの声をあげる。ずっと無言で盗み食いていた俺は心の中で「よかったねぇ」と呟いた。
それもつかの間、盗み聞きがバレたのか、会話のパスが俺にやってくる。
「もちろん。たくさん作ろう。余ったやつは全部ハルノくんが食べてくれるって」
「え、いいの!?」
俺は食い気味で反応してしまう。
すると伊月さんは「ふふっ」と笑った。
「ふたりとも仲良いね」
しまった、さっきの本保さんと同じ反応をしてしまった。
恥ずかしくなった俺は伊月さんから目をそらす。しかし逸らした先にいたのはニヤニヤした本保さんだった。
「ふたりとも仲良いね」
「今のやり取りで仲良い要素あったか?」
「じゃあ私、カップケーキの材料買ってくるから! ふたりとも、またあとでねん」
そう言って、俺の質問は答えずに教室を後にする本保さん。
「ていうか、気になってる男子に作るカップケーキを、関係ない俺が1口目をもらっていいの?」
本保さんの後ろ姿を見送りながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
本人不在の中、伊月さんが代わりに答えてくれた。
「大丈夫。美玖は1番美味しそうにできたやつを先輩に渡したいと思うから、味見要員は必須だよ。それに、美玖もまだ先輩のこと気になるな〜程度だろうし」
「気になるな〜程度なのに、手料理を振舞っちゃうんだ。すごい行動力」
「美玖、ああ見えてミーハーだから」
さすがは幼なじみ。本保さんのことをよくわかっている。
感心する俺に対して、伊月さんはさらに言葉を続けた。
「美玖は年上センサーがよく働くからね」
「へえ〜同級生は好みじゃないんだ」
「あの子ストイックだから、自分よりパラメーターが高めの人がタイプなんだよ」
「なるほど。一筋縄じゃいかないな」
そういえば俺も小耳に挟んだことがある。テストの順位、上位争いに毎回本保さんがくい込んでいることや、美人さんだからモテはするが「私、年上がタイプなの」と尖った断り方をしていたり、かといって年上なら誰でもいいわけでなく先輩相手でもしっかりお断りするとか。
「あの子、昔からなんだってできたの。でも、それは努力の末に手に入れたもので、完全に才能ってわけじゃないんだ。幼馴染の私は知ってる」
伊月さんは過去を思い出しながら話しているように見えた。
「でも美玖って顔が良いじゃん。だから、それ以外も生まれ持ったものって勘違いする子が多かったの」
暫しの沈黙。そして、伊月さんは再び話始める。
「まぁ美人も大変だってことだね。ちなみに女の子に不美人はいない」
「重要な補足ありがとう」
こうして俺たちは雑談をしたのち、のんびり家庭科室へ向かった。
☆
「じゃあ、作っていこうか」
伊月さんがエプロンの紐を結びながら言う。本保さんもそれに習ってエプロンの紐を結ぶ。俺は邪魔にならないよう口を結ぶ。
その後の料理の過程は見てて安心するものだった。
「ボウルに油をたっぷり入れて、そこにホットケーキミックスを混ぜるっと……」
「カップに混ぜた液体を流し入れて〜」
「余熱で温めたオーブンに入れて10分……」
「クリームを絞ってかわいくしたら、完成っ!」
時間にして1時間程だった。伊月さんの補助もあってか、驚くほどスムーズにカップケーキが焼き上がる。家庭科室はケーキ屋さんのような、甘くて良い匂いに包まれた。
そして、肝心のカップケーキたちだが、大変見栄えが良い。もちろん、お店で売っているものには劣るが、初心者が作ったとは思えない出来栄えだった。
「まぁある程度はレシピ本見て予習したの! けど、アズキならもっと簡単に美味しく作れる方法知ってるかなって!」
「え。私、美玖にそんなたくさん手料理振舞ったっけ」
「いいや? でも、振舞ってくれた料理、全部美味しかったし、アズキはめちゃくちゃ料理が好きってことぐらいわかるよ」
本保さんは「私にかかればアズキの感情の起伏なんてお見通しだよ」と伊月さんのほっぺをつついた。
伊月さんのつかれた頬がほんのり赤くなっていく。
「……スラッシュスラッシュスラッシュ」
「照れてる効果音自分でつけてる人初めて聞いた」
「ドットジェイピー」
「ホームページだったの!?」
そんな会話をしているうちに、本保さんは先輩にあげるようのカップケーキの吟味が終わったようで、一際綺麗なカップケーキを抜き取り、ラッピング作業をしていた。
「じゃあ、青輝くん。ビジュがびみょいの食べていいよ!」
「え! こんなにいいの!?」
「もちろん。食べきれなかったら残していいから」
「やった、ありがとう!」
俺は眼前に広がるカップケーキたちを見た。
クリームの色が様々だ。
今からこの子たちがみんな俺の腹の中に収まると思うと愛おしく思える。
伊月さんから視線を感じた。しかし、今の俺はそれどころではない。
「この量ならハルノくんにかかればペロリだね」
本保さんは驚いた声を出す。
「えっ? ほんとに?」
彼女達の会話は、今の俺にとっては最早BGMだった。
「いただきます」
俺は目の前にあったピンク色のホイップが絞られているカップケーキに手を伸ばした。そしてそのまま口に運ぶ。
——あ、甘いッ! 生地も甘いのに、クリームが洪水のように押し寄せる……ッ!
油が入っているからしっとりとした味わいの生地に、喉へ促すための潤滑油になっているのがクリーム。生地だけなら飽きそうなところを、クリームの味が種類豊富で絶対に飽きさせないという気概を感じる。俺は右からカップケーキの色を流れるように眺めた。
「赤、白、黄色……」
「捕食される前のチューリップで嫌すぎる」
本保さんの声が聞こえた気がしたが、今の俺はカップケーキにお熱なためそれどころではない。次から次へとカップケーキを手に取ってはむしゃむしゃと食べる。
「ヤバすぎ……フードファイターじゃん……」
「戦ってないからフードバキューマーかも」
こうして俺はカップケーキを平らげて、ご馳走様でした、と礼を言う。本保さんは驚いた表情のまま、俺の話しかける。
「すごい良い食べっぷりだったね……」
「新たな一面だったかな」
「だいぶ……もしかしてこっちが本性……?」
こうして、俺たちは本来の目的である先輩にカップケーキをあげることになる。




