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16/30

16 太ってきたから走るしかない。カロリー消費後はたまご醤油おにぎりを食べるけど。

「伊月さん、決めたよ。俺は休日に走る!」


 そう高らかに宣言する放課後。伊月さんはきょとん、としたあと、数拍置いて口を開く。


「いいんじゃない」


 サラリ、とした物言いだった。それだけ? と思ったが、伊月さんはすぐに続く言葉を吐いた。


「じゃあそれ、動画のネタにしていい?」


「え?」


 俺は困惑の色を見せる。


「お、俺の話聞いてた?」


「うん。魔法少女になって世界を守るんでしょ?」


「何も聞いてないじゃん。ていうか、それ死亡フラグなんだから止めてよ」


 伊月さんは再び口を開き、「走るんでしょ。運動不足解消?」と今度こそ会話のキャッチボールを始める。


「そう、それ。最近、暴飲暴食が続いているからさ。さすがに運動しないとまずいかなって……」


 俺は自分の前腕に目を落とす。数か月前に比べて、また少し大きくなった気がする。


「じゃあ動画のネタにするね」


「なんで動画のネタ? だって、食べ物作るわけでも食べるわけでもないのに」


 すると伊月さんは「ちっちっち~」と人差し指を左右に動かす。


「食べ物と運動って結構親和性高いんだよ。ほら、この前ハルノくんダイエットするっていったとき、インスタでダイエットレシピ調べようとしたでしょ」


「ああ~。そういえばそうだったね」


「だから、ランニング×ご飯でバズを狙っちゃおうっていう算段」


 伊月さんは「そういうわけで」と話を切り出す。


「今週末、皇居で待ち合わせ」


「まってまってまっていきなり皇居ランニング?」


 調べると皇居ランニングは1周約5キロ。走れない距離ではないが、最初はこの半分でお願いしたい。


 俺が明らかに顔をしかめてたからか、伊月さんは背中をバシバシと叩いてくる。


「完走しなくていいんだよ。それよりも、まずはやってみることが大事」


「んー……まぁ確かに……」


 反論の余地がない正論に、俺は曖昧な返事をすることしかできない。だから一層伊月さんに隙を与えてしまう。


「じゃあ決定ね。そうと決まれば動画の段取りとか考えないと」


 そう言って伊月さんは「じゃあ、今週末ね」と早足で教室を後にした。


「えー……走りたくないな……」


 俺は教室で文句を垂れたが、それに答えてくれる人は誰もいない。



 ☆



 週末。俺はタンスの底に沈んでいたスポーツウエアを取り出して、渋々皇居に繰り出した。


 絶対、こんな舐めた調子で挑むのは俺だけだろう。それもあって、荷が重かった。


 しかし、周りを見渡すとエンジョイライト勢が思いのほか多い。大学生のサークル集団、のんびり走る女性二人組、ウォーキングをする老夫婦。


(俺、意外と場違いじゃないかも……)


 すると、背後から気配を感じる。俺は反射的に後ろを振り向く。


「クソ……バレたか……」


「なんで悪役風味なの」


 背後にいたのはもちろん伊月さんだった。


 伊月さんは俺を驚かそうとしていたのか、じりじりと距離を詰めていたようだ。


「お。ハルノくん、ちゃんとジャージで来たんだね」


 伊月さんは俺のことを上から下まで往復して見てあと、今度は俺が伊月さんのことを上から下まで見る。


「伊月さんもジャージなんだ。ていうか、首から下げてるメガホンは何に使うの?」


 伊月さんに関しては、ジャージよりも首から下げてる真っ赤なメガホンが目を引いた。


 すると伊月さんは軽く首を傾げて、なんでそんなことを聞くんだ、と言いたげな顔をする。


「メガホンといったら応援だよ。一体何年人間やってるのさ」


「用途はわかった上で聞いてるんだよ」


「ハルノくんをひとりで走らせるのは、私としても気の毒だからね。並走して応援することにした」


「ほお」


 伊月さんはメガホンを片手に持って、空いている方の腕にメガホンをリズミカルにあてる。メガホンが肌に触れる度、ポコポコと気の抜けた音がなった。


「それじゃあ行くよ」


 伊月さんは俺の返事を待たずに、位置についてのポーズをとった。


 そしてスタートの定型句「よーい、どん」の号令とともに、俺のランニングは始まってしまう。



 ☆

 


「ひい……ひい……」


「頑張れ頑張れ、まだいけるぞ!」


「なんで熱血教師なの……」


 しばらく走った俺たち。


 俺はすっかり脇腹を痛め、足も悲鳴をあげていた。そして驚いたことに、腕も痺れ初めて来たのだ。脇腹と足が苦しくなるのは想定の範囲内だが、まさか腕まで痛むとは。


 少しでも腕を楽にしようと、くの字から腕をだらんと落として走ってみたが、結局くの字が一番楽だった。


 愚行の一部始終を見ていた伊月さんは走りながら口を開く。


「アレンジはルールに沿ってできる人だけができる特権なんだよ」


「しょうがないじゃん。少しでも楽にできるものならしたかったんだもん!」


「ショートカットも初心者がやっちゃあダメでしょ」


「待って、今何の話してる?」


「料理人の心得じゃないの?」


「ランニングの心得かと思った……」


 全く、良くないな。


 やましいことがあると、人の視線が悪意あるものに感じてしまう。


 反省して、俺は再度真面目に走った。


 数分後、もう限界だ、というところで俺は足を止める。


 中腰になって、ぜいぜいと情けない呼吸を鳴らした。


 そこで、俺は気づいてしまう。伊月さんに比べて、俺の方が圧倒的に疲労が現れているということを。


「伊月さん……つらくないの……?」


 俺は息も絶え絶えに聞いた。すると伊月さんは間髪入れずに答える。


「全然」


「すごいね」


「つらいよ」


「つらいんだ」


俺たちは徐々にペースを落として、ゆっくり歩く。

 

 伊月さんはスマホを開いて、走っている最中撮影していたであろうランニングシーンを見返しながら口を開いた。


「それ以上に良い動画が撮りたいからね」


「でも走るシーンなんてほんの数秒じゃん。こんなに本腰入れて走る必要ある?」


「見聞きするのは簡単だけど、結局自分でやってみないとわからないことってあるからね」


「プロ意識高……」


「まぁそれだけじゃないんだけど」


 伊月さんはスマホをスリープモードにする。


「ハルノくんには健康的でいてほしいからね。絶対に長生きしてよ。私のために」


 伊月さんは歌うように話した。


「こんなに大食いはハルノくんしかいないからね」


「……いつも美味しいご飯をありがとう」


 本当に感謝はしているが、大食いの俺を求められているのがほんの少し、ほんのほんの少しだけ、モヤモヤしている。


もしも、俺が大食いじゃなかったら、それでも伊月さんは俺と一緒にいてくれるのだろうか。


「どうしたの、そんなに苦虫美味しい?」


「美味しくないからこういう顔してるんだよ」


「じゃあお口直しが必要だね」


 伊月さんは辺りを見渡して、見つけたベンチを指さす。


「ちょっとあそこで待ってて」


 俺がうんともすんとも言わない間に、伊月さんはロッカーに向かって歩き出した。


 そして少しも経たないうちに、伊月さんは戻ってくる。手にはいつものお弁当袋が握られていた。


「じゃあ、食べますか」


 伊月さんは俺の隣に座って、袋を開ける。中から弁当箱を取り出し、パカ、とお楽しみを顕にした。


「! THEお弁当だ!」


 おにぎり、卵焼き、唐揚げ、プチトマト、ブロッコリー、たこさんウィンナー。


 お弁当のレシピ本の表紙になっていそうな、AIに日本のお弁当の具材を聞いたらいの一番に答えられそうな、はたまた、どんなお弁当を作ろうが少なくともどれか1品はどの家庭のお弁当には在中していそうな、手本のようなお弁当だった。


 しかし、ひとつだけ気がかりなことを発見する。


「このおにぎりの具材、なに?」


 俺はおにぎりの上に乗っている黄色いやわな球体に視線を向けた。


「それは黄身だよ」


「黄身って、卵の?」


 俺はもう一度黄色いやわな球体を見た。確かに、黄身と言われれば黄身だ。しかし間違いなく普通の黄身ではなかった。箸でつついてみる。黄身はつつかれた跡を残すだけで、割れる様子は一切ない。


「いただきます」


 今度はしっかり黄身を崩した。先程と同様、黄身は破れることなく、形を残したまま真っ二つに割れ、その一片と白米を同時に食べてみる。


 俺は目を見開いた。


 ——食べたことないむにゅじょっぱ感……! 新しさを感じさせつつ、味はしっかり知ってる味だ……!?


 長い付き合いの彼女がイメチェンしてやってきた感じ。目新しくて初めて出会った時のようなドキドキ。しかし、話してみるといつもの彼女で安心する。


「それは黄身を醤油につけて冷凍したものだよ。食感、変わるでしょ」


 俺は大きく頷いた。なるほど、この塩味は醤油か。通りで舌馴染みがあると思った。


「ちなみに、ウインナーと合わせて食べると絶品だよ」


 ご達しがあったので、俺は早速ウインナーと合わせて食べてみる。


 ——んんーッ! 加工肉の油でコーティングされた米が卵醤油と異常に合う! これだけで一国を築ける……築けるぞ……!


 やわい黄身とパリッとしたウインナーが合うこと合うこと。黄身と白米だけで食べてた時と違い、歯ごたえが加わったのが、飽きを来させない工夫を感じさせる。


 そしていつの間にか米粒一粒すら食べつくしてしまい、お弁当は儚いな、と思い両手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


 俺はお腹を摩る。エネルギー(カロリー)とはすごいもので、お弁当を食べる前と今だと疲労感が抜けていっている気がする。


「伊月さん、ランニング誘ってくれてありがとう」


 眠気が襲ってきて、まどろみながら口を開く。


 公園は相変わらずいろんな人がランニングなりウォーキングなりを楽しんでいた。


「私こそ、今日も食べてくれてありがとう」


 伊月さんは空になった弁当箱を片しながら言った。


「伊月さん……俺……ねむ……」


 こくりこくり、と首が揺れる。目の前で歩いたり走ったりしている人たちが、妙に遠くに感じた。


「ハルノくん。私の肩はなで肩なんだよ」


 そう言って、伊月さんは自身の肩をとんとん、と叩いた。


「え、でも……」


 枕にして良いよ、という合図であることはなんとなく伝わったが、いいのだろうかと俺は少しためらう。




 ☆




 ハルノくんの寝息が聞こえてきたころ、私はスマホを開いて電卓アプリをタップする。


「……たまごは一個でだいたい70カロリー(おにぎりで使った量は4つ、卵焼きで2つ。合計420カロリー) 唐揚げ3つで300カロリー、プチトマト3つで8カロリー、ブロッコリー3つで15カロリー、たこさんウィンナー5つで350カロリー、おにぎりが1000カロリー(惜しみないウインナー入り)……」


 今日の具材を思いだながら、カロリーを概算していく。


「合計約2000カロリーか。しめしめ」


 高校生男子の1日に必要なカロリーは、約2500カロリー〜約3000カロリー。1食で2000カロリーは、いくら成長期の男子とはいえ随分高カロリーだろう。


「今回のお弁当箱は底が深い野球部弁当……実はおにぎりは爆弾サイズ……おかずはウインナーだけでもヘビーなのに揚げ物(唐揚げ)を入れることによってカロリーをかさ増し……」


 頭の中でそろばんを弾く度に、嬉しい気持ちになっていく。


「むにゃむにゃ」


 ハルノくんは気持ち良さそうに昼寝をしている。運動して、カロリーが燃やせたと思いながら寝ているのだろうか。私は「ふふ……」と思わず笑みをこぼす。


「これぐらいじゃあカロリー相殺できないよ。するには山手線一周しないと(山手線一周約40キロ)」


 私はハルノくんの寝顔を見る。私の肩ですやすやと眠るハルノくんが大変愛おしい。


「絶対にダイエットなんてさせないもん」


 そうはいっても、私の計らいで野菜も入っているのはありがたがって欲しいものだ。野菜なんて入れたら健康になってしまう。本当はそのスペースにもっと高カロリー食材を入れたいが、そしたら栄養価が目も当てられないことになってしまう(高カロリー飯ということは棚に上げる)。


「健康ではいてほしいから。たまにはまた一緒に走ろうね」


 私は皇居の周りを囲う川の水面を眺めた。心地の良い風を受けながら、肩の熱を感じ、贅沢な気分になる。




 今回の摂取カロリー、約2000カロリー。

 まめ吉のフォロワー、約5760フォロワー(前話比+100)。

 

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